新城(市)(読み)しんしろ

日本大百科全書(ニッポニカ) 「新城(市)」の意味・わかりやすい解説

新城(市)
しんしろ

愛知県の東部にある市。1958年(昭和33)市制施行。2005年(平成17)鳳来町(ほうらいちょう)、作手村(つくでむら)と合併。豊川(とよがわ)の中流域を占め、JR飯田線(いいだせん)、新東名高速道路、三遠南信自動車道(国道474号)、国道151号、257号、301号が通じる。東に八名山地(やなさんち)、西に三河高原(みかわこうげん)を控え、豊川流域の段丘地以外はすべて山林である。1648年(慶安1)以来菅沼(すがぬま)氏7000石11代、223年間の城下町。1532年(天文元)菅沼氏が大谷(おおや)城(上平井)に対して、豊川右岸段丘上に新城を築き居城したことから、この城を新城(しんじょう)とよぶようになった。現在の東入船(ひがしいりふね)の城跡は長篠(ながしの)の戦いのあと奥平信昌(おくだいらのぶまさ)が1575年(天正3)に築城したもので、菅沼氏の新城と区別するために新城(しんしろ)とよばれ、これが市名の由来となった。新城は伊那(いな)街道の宿場町、豊川舟運の河湊で水陸交通の中継地。町民のなかには俳人太田白雪(はくせつ)(1661―1735)のような文化人も輩出し、芭蕉(ばしょう)も白雪を訪ねている。

 旧跡・文化財も多く、設楽原(したらがはら)は長篠の戦いの決戦場として知られ、設楽原歴史資料館がある。宇利(うり)城跡、野田城跡は中世の山城(やまじろ)。民俗文化財では信玄原(しんげんばら)の火おんどり(怨霊(おんりょう)供養、県指定無形民俗文化財)や、大海(おおみ)の放下(ほうか)(盆供養の念仏踊、県指定無形民俗文化財)があり、黒田の望月家住宅(もちづきけじゅうたく)、林光寺の薬師如来坐像(やくしにょらいざぞう)は国指定重要文化財である。サクラの名所桜淵(さくらぶち)は県立自然公園である。また、大海に県営の新城総合公園がつくられている。第二次世界大戦後の近代工業化(ゴム、電機など)は著しく、市内には工業団地が多い。1993年(平成5)東三河地方拠点都市地域に指定された。面積499.23平方キロメートル、人口4万4355(2020)。

[伊藤郷平]

『『新城市誌』(1963・新城市)』『『わたしたちの新城』(1964・新城市)』『『新城市三十年誌』(1990・新城市)』


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