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日本映画史(年表) にほんえいがしねんぴょう

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

日本映画史(年表)
にほんえいがしねんぴょう

明治


1896キネトスコープ、神戸で輸入公開。「活動写真」の呼び名できる
1897シネマトグラフ、バイタスコープ、大阪で公開。日本で最初の映画『祇園芸妓の手踊り』撮影
1898高橋弥吉、国産映写機第一号機完成
18999世市川団十郎・5世尾上菊五郎の『紅葉狩』撮影(公開は1902年)
1900実写『義和団事件活動大写真』。吉沢商店輸入の『ブーア戦争』公開(ドキュメンタリー映画)
1901輸入公開『仏国巴里活動写真』
1903初の映画常設館、浅草電気館
1904吉沢商店、日本最初の映画スタジオを東京・目黒の行人坂に設立。日露戦争の記録映画が各地でヒット
1905欧米各社の日露戦争記録映画公開
1906『宗教裁判』(フランス)、残酷描写で上映禁止
1909牧野省三、尾上松之助第1回出演作『碁盤忠信』を製作
1911『ジゴマ』(フランス)公開

大正


1912実写映画『白瀬矗中尉の南極探検』公開。吉沢商店・横田商会・Mパテー・福宝堂の4社合併し、 日活誕生
1913初のキネマカラー『日光の風景』
1914天然色活動写真(天活)設立。細山喜代松『カチューシャ』(日活)大ヒット。 早川雪洲、アメリカ映画デビュー
1915ニュース映画『大正天皇御大典』上映
1916ユニバーサル日本支社。映画輸入業務開始
1917井上正夫『大尉の娘』(小林商会)
1918帰山教正『生の輝き』『深山の乙女』(映画芸術協会)、映画芸術運動起こる
1919国際活映(国活)設立、天活を買収。『キネマ旬報』創刊
1920松竹、映画界に進出。大正活動(大活)、帝国キネマ演芸(帝キネ)設立
1921小山内薫総指揮『路上の霊魂』(松竹キネマ)
1922アメリカ映画の支社設立盛ん
1923関東大震災で各撮影所被害。マキノ映画創立。映画における女方が完全に消滅
1924『籠の鳥』(帝キネ)など小唄映画全盛
1925牧野省三、マキノ・プロダクション創立。阪東妻三郎、阪妻プロを創立
1926新感覚派映画、衣笠貞之助『狂った一頁』

昭和元年~19年


1927モダニズム映画と並行して、プロレタリア映画運動始まる。フィルム式トーキー『黎明』製作
1928嵐寛寿郎、片岡千恵蔵、中根竜太郎ら独立プロダクション興す
1929内田吐夢『生ける人形』(日活)など、社会問題をテーマにした「傾向映画」全盛。プロレタリア映画同盟(プロキノ)創立
1930この年、東亜争議、マキノ争議
1931国産初の完全トーキー、五所平之助『マダムと女房』(松竹)。『モロッコ』(アメリカ)、初の字幕スーパーインポーズ公開。新興キネマ設立
1932チャップリン来日。洋画はほとんどトーキー化し、活弁のストライキ発生
1933映画国策に関する決議案、衆議院可決。溝口健二『滝の白糸』(新興)
1934富士写真フイルム創立。日本劇場完成
1935最初のニュース映画館、日本劇場地下に開館
1936日本映画監督協会、日本映画技術協会設立。伊丹万作『赤西蛎太』(日活/千恵プロ)
1937東宝映画設立。国策会社、満州映画協会(満映)発足。 山中貞雄『人情紙風船』(東宝)
1938岡田嘉子、杉本良吉、ソビエトに亡命。外国映画の輸入制限実施。野村浩将『愛染かつら』(松竹)ヒット
1939映画法施行され、統制始まる。記録映画、亀井文夫『戦ふ兵隊』(東宝文化映画部)上映禁止
1940朝日、大毎、東日、同盟、読売のニュース映画統合、日本ニュース映画社設立
1941内務省による業界統合が進む。アメリカ系資産凍結で映画メジャー支社閉鎖
1942業界統合で、劇映画社は松竹、東宝、大映(日活、新興、大都など合併)の3社に。映画雑誌も統合し3誌に
1943稲垣浩『無法松の一生』(大映)
1944大劇場の閉鎖命令。全国の映画館もプリント配給停止で営業中止相次ぐ

昭和20~63年


1945連合国最高司令官総司令部(GHQ)、映画製作方針指示。時代劇など製作中止。映画会社で続々組合結成
1946アメリカ映画配給の出先機関「セントラル・モーション・ピクチュア」開設。日本映画演劇労働組合結成(日映演)。黒澤明『わが青春に悔なし』(東宝)
1947東宝、日映演脱退者を中心に新東宝映画製作所設立。第一次G項公職追放該当者29人
1948『我等の生涯の最良の年』(アメリカ)、ロングラン。第三次 東宝争議(4~10月)。撮影所明け渡しで武装警官、アメリカ占領軍出動
1949GHQの要請で映画倫理規程管理委員会(映倫)発足。黒澤明『野良犬』(映画芸術協会/新東宝)、『静かなる決闘』(映画芸術協会/大映)
1950黒澤明『羅生門』(映画芸術協会/大映)。近代映画協会設立(吉村公三郎、新藤兼人ら)。日本でもレッド・パージ、追放者出る。公職追放者映画界復帰
1951国産カラーフィルムで初の色彩映画、木下恵介『カルメン故郷に帰る』(松竹)。ベネチア国際映画祭で『羅生門』がグランプリ。東映発足
1952『羅生門』アカデミー外国語映画賞。溝口健二『西鶴一代女』(新東宝)、ベネチア国際映画祭銀獅子賞。映画保存のフィルム・アーカイブ(フィルムセンター)を併設した東京国立近代美術館開館
1953大庭秀雄『君の名は』(松竹)空前のヒット。溝口健二『雨月物語』(大映)、ベネチア国際映画祭銀獅子賞。テレビ本放送開始
1954衣笠貞之助『地獄門』(大映)、カンヌ国際映画祭グランプリ。黒澤明『七人の侍』(東宝)、溝口健二『山椒大夫』(大映)、ベネチア国際映画祭銀獅子賞。日活『国定忠治』で製作再開
1955『暴力教室』日本でも上映禁止運動。『地獄門』アカデミー外国語映画賞
1956古川卓巳『太陽の季節』(日活)、「太陽族」映画ヒット。今井正『真昼の暗黒』(現代プロ)、カルロビ・バリ国際映画祭で入賞
1957日本映画、ワイド時代。渡辺邦男『明治天皇と日露戦争』(新東宝)ヒット。日活が加わり、俳優引き抜きなどを防止する6社協定に(東宝、松竹、大映、東映、新東宝、日活)
1958観客年間動員数11億を超え、この年を最後に減少をたどる。石原裕次郎主演『嵐を呼ぶ男』大ヒット。稲垣浩『無法松の一生』(東宝)、ベネチア国際映画祭グランプリ
1959黒澤明『隠し砦の三悪人』(1958年東宝)、ベルリン国際映画祭監督賞
1960松竹ヌーベル・バーグ、大島渚、篠田正浩、吉田喜重ら若手台頭。大島渚『日本の夜と霧』(松竹)、上映4日で打ち切り
1961『ウェスト・サイド物語』日本でも大ヒット。新藤兼人『裸の島』(近代映協)、モスクワ国際映画祭グランプリ
1962日本アートシアター・ギルド(ATG)設立。観客動員、ピークの1958年の半分まで落ち込む
1963沢島忠『飛車角』(東映)ヒットしてやくざ映画流行。今井正『武士道残酷物語』(東映)、ベルリン国際映画祭大賞。浦山桐郎『非行少女』(日活)、モスクワ国際映画祭金賞
1964斉藤武市『愛と死を見つめて』(日活)、吉永小百合主演で大ヒット。今村昌平『赤い殺意』(日活)。小林正樹『怪談』(にんじんくらぶ)
1965市川崑『東京オリンピック』公開。小林正樹『怪談』、カンヌ国際映画祭審査員特別賞。石井輝男『網走番外地』(東映)
1966松竹、希望退職者募集。日活18億円の赤字決算。鈴木清順『けんかえれじい』(日活)
1967アメリカ軍に没収されていた戦時中の劇映画、ニュース映画など1385本返還される。武智鉄二の『黒い雪』猥褻罪、無罪判決。今村昌平『人間蒸発』(今村プロ/ATG)
1968ATGと独立プロ提携作品続々登場、大島渚『絞死刑』(創造社)、羽仁進『初恋・地獄篇』(羽仁プロ)、岡本喜八『肉弾』(『肉弾』をつくる会)
1969山田洋次『男はつらいよ』(松竹)第一作。この年、映画人口3億人を割り込む
1970吉田喜重『エロス+虐殺』(現代映画社)、神近市子よりプライバシー侵害と名誉毀損で訴えられる
1971日活、ロマン・ポルノ路線に転向。藤田敏八『八月の濡れた砂』(日活)。大映倒産
1972警視庁、上映中の日活ロマン・ポルノ『恋の狩人』『牝猫の匂い』など押収。文化庁優秀映画奨励金1億円交付制度
1973第1回優秀映画奨励金交付10本に各1000万円。深作欣二『仁義なき戦い』(東映)、シリーズ化
1974森谷司郎『日本沈没』ヒット。エキプ・ド・シネマ、岩波ホールで始まる。寺山修司『田園に死す』(人力飛行機舎/ATG)
1975配給収入で洋画優位時代に入る。東映京都太秦に「映画村」誕生。浦山桐郎『青春の門』(東宝)
1976市川崑『犬神家の一族』、角川書店製作、出版界の映画製作進出に先鞭。黒澤明『デルス・ウザーラ』(ソ連)、アカデミー外国語映画賞
1977角川映画第2弾、佐藤純弥『人間の証明』大宣伝。田中絹代、城戸四郎死去
1978東映12年ぶりの時代劇、深作欣二『柳生一族の陰謀』ヒット。『さらば宇宙戦艦ヤマト』でアニメーション映画ブーム起こる
1979テレビ局映画製作に積極参加。山本薩夫『あゝ野麦峠』(新日本映画)ヒット。今村昌平『復讐するは我にあり』(今村プロ/松竹)で8年ぶり劇映画監督
1980黒澤明『影武者』(黒澤プロ/東宝映画)、カンヌ国際映画祭グランプリ。『クレイマー、クレイマー』ヒット
1981小栗康平『泥の河』(木村プロ)、根岸吉太郎『遠雷』(にっかつ/NCP/ATG)、井筒和幸『ガキ帝国』(プレイガイド・ジャーナル社/ATG)など、新人監督台頭の兆し
1982村野鉄太郎『遠野物語』(岩手放送/俳優座/麻布企画/鉄プロ)、サレルノ国際映画祭グランプリ。小川紳介『ニッポン国・古屋敷村』(小川プロ)
1983『E.T.』史上最高の配給収入。今村昌平『楢山節考』(今村プロ/東映)、カンヌ国際映画祭グランプリ。大島渚『戦場のメリー・クリスマス』(シネ・ベンチャー・プロ/大島プロほか)
1984国立近代美術館フィルムセンターで火災。西武流通グループ(後のセゾングループ)、「シネセゾン」発足。和田誠『麻雀放浪記』(角川春樹事務所/東映)
1985第1回東京国際映画祭。ヤングシネマ85部門で相米慎二『台風クラブ』(ディレクターズ・カンパニー)グランプリ
1986黒澤明『乱』でワダ・エミがアカデミー衣装デザイン賞。滝田洋二郎『コミック雑誌なんかいらない!』(NCP)
1987記録映画、原一男『ゆきゆきて神軍』(疾走プロ)、ユーロスペースでロングラン。熊井啓『海と毒薬』(同製作委員会)、ベルリン国際映画祭審査員特別大賞
1988宮崎駿『となりのトトロ』(徳間書店)ヒット。商社、大手企業の映画製作投資機運。にっかつ、ロマン・ポルノ路線に終止符

平成


1989ソニー、コロンビアを買収。北野武『その男、凶暴につき』(松竹富士)、阪本順治『どついたるねん』(荒戸プロ)。第1回山形国際ドキュメンタリー映画祭
1990小栗康平『死の棘』(松竹)、カンヌ国際映画祭グランプリ。黒澤明、アカデミー特別名誉賞
1991ソニー・ピクチャーズ・エンタテインメント発足。東京国際映画祭で『美しき諍い女』(フランス)ヘア論争
1992映倫管理委員会が「性器、恥毛は描写しない」の審査基準に見直し見解。『ミンボーの女』(東宝/イタミ・フィルム)を監督した伊丹十三、暴力団に襲われる
1993にっかつ、事実上の倒産。名画紹介に貢献した川喜多和子死去。笠智衆死去。日本初のシネマ・コンプレックス設立
1994シネマ・コンプレックス型の劇場とミニシアターが相次いで新設。この年、日本映画配給収入のうち、アニメ映画が50%を超える
1995国立フィルムセンター、1984年の火災より11年ぶりに京橋に開設。群馬県が出資した、小栗康平『眠る男』(同製作委員会)群馬県で先行公開
1996渥美清死去で『男はつらいよ』48作で幕。映倫新審査基準でアントニオーニ、ベンダース『愛のめぐりあい』ヘア修正なしの完全上映。にっかつ、「日活」として再スタート
1997宮崎駿『もののけ姫』(徳間書店/日本テレビ放送網/電通/スタジオジブリ)配収100億超え日本最高。今村昌平『うなぎ』カンヌ国際映画祭パルムドール賞。北野武『HANA-BI』(バンダイビジュアル/テレビ東京/TOKYO FM/オフィス北野)ベネチア国際映画祭グランプリ。河瀬直美『萌の朱雀』(WOWOW/バンダイビジュアル)カンヌ国際映画祭カメラドール(新人監督賞)
1998黒澤明、木下恵介、淀川長治死去。岩波映画倒産。映倫が12歳未満の児童は保護者同伴が望ましいとする新基準「PG―12」を制定。大林宣彦『SADA』(松竹)ベルリン国際映画祭国際批評家連盟賞。三谷幸喜『ラヂオの時間』(フジテレビジョン/東宝/プルミエ・インターナショナル)ベルリン国際映画祭国際映画団体連盟ドン・キホーテ賞
1999『ポケットモンスター/ミュウツーの逆襲』(ピカチュウプロジェクト1998)が日本映画初の全米第1位を記録。『鉄道員(ぽっぽや)』(同製作委員会)主演の高倉建、モントリオール国際映画祭主演男優賞。諏訪正彦『M/OTHER』(WOWOW/バンダイビジュアル)カンヌ国際映画祭国際批評家連盟賞。デジタル音響の新システムSRD-EXが登場
2000松竹大船撮影所閉鎖。市川崑『どら平太』(同製作委員会)ベルリン国際映画祭特別功労賞。緒方明『独立少年合唱団』(WOWOW/バンダイビジュアル)ベルリン国際映画祭新人監督賞。青山真治『EUREKA』(電通/IMAGICA/サンセントシネマワークス/東京テアトル)カンヌ国際映画祭国際批評家連盟賞。深作欣二『バトル・ロワイアル』(同製作委員会)論争起こる
2001宮崎駿『千と千尋の神隠し』(徳間書店/日本テレビ放送網/電通/スタジオジブリ他)興行収入・動員ともに日本新記録樹立。黒沢清『回路』(大映/日本テレビ放送網/博報堂/IMAGICA)カンヌ国際映画祭国際批評家連盟賞。熊井啓『日本の黒い夏・冤罪』(日活)ベルリン国際映画祭特別功労賞。大阪に映画のテーマパーク「ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)」開館。相米慎二死去
2002宮崎駿『千と千尋の神隠し』ベルリン国際映画祭金熊賞
2003深作欣二死去。宮崎駿『千と千尋の神隠し』アカデミー長編アニメーション映画賞。北野武『座頭市』(バンダイビジュアル/TOKYO FM/電通/テレビ朝日/齋藤エンターテインメント/オフィス北野)ベネチア国際映画祭監督賞
2004是枝裕和『誰も知らない』(同製作委員会)主演の柳楽優弥がカンヌ国際映画祭主演男優賞(史上最年少)。宮崎駿『ハウルの動く城』(同製作委員会)ベネチア国際映画祭技術貢献賞。市川準『トニー滝谷』(ウィルコ)ロカルノ国際映画祭(スイス)で審査員特別賞、国際批評家連盟賞等
2005クロード・ガニオン『KAMATAKI(窯焚)』(カナダ/日本)モントリオール国際映画祭国際批評家連盟賞、最優秀監督賞等。諏訪敦彦『UN couple parfait(パーフェクト・カップル)』(Comme des Cinema/ビターズ・エンド)ロカルノ国際映画祭審査員特別賞、国際芸術映画評論連盟賞。松竹の「シネマ歌舞伎」、東宝の「ゲキ×シネ」(演劇×映画)など舞台作品を映像化したデジタルシネマの上映が始まる。野村芳太郎死去
2006奥田瑛二『長い散歩』(ゼロ・ピクチュアズ/大喜/朝日放送)モントリオール国際映画祭グランプリ、国際批評家連盟賞等。今村昌平死去
2007河瀬直美『殯(もがり)の森』(組画/celluloid dreams productions/ビジュアルアーツ専門学校大阪)カンヌ国際映画祭グランプリ(審査員特別大賞)受賞。熊井啓死去
2008市川崑死去

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について | 情報 凡例

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