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日本科学史(年表) にほんかがくしねんぴょう

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

日本科学史(年表)
にほんかがくしねんぴょう

607(推古15)法隆寺建立
646(大化2)大化改新。土地制度改革
702(大宝2)大宝律令。天文・暦・医術などの職制・教育定む
747(天平19)東大寺大仏鋳造。天平建築進む
918(延喜18)深根輔仁、『本草和名』を著わす
1397(応永4)鹿苑寺(金閣寺)建立。室町建築・城堡建築始まる
1542(天文11)生野鉱山開かれる。17世紀初頭にかけて鉱山の開発が著しい(石見銀山、甲斐・佐渡金山など)
1543(天文12)鉄砲伝来。種子島時堯、漂着ポルトガル船より鉄砲購入(西洋文明移入の始まり)
1549(天文18)宣教師ザビエル来朝、西洋暦法など伝える
1576(天正4)安土城完成。建築・築城技術の進歩(1583年大坂城、1587年聚楽第、1594年伏見城など)
1598(慶長3)太閤検地完了。検地・刀狩などにより封建的身分秩序が確立、小農民の自立、農業生産力の発展促される

江戸時代


1600(慶長5)イギリス人アダムズ(三浦按針)来朝、造船・航海術など伝える
1607(慶長12)『本草綱目』伝来
1630(寛永7)禁書令(キリスト教関係書の輸入禁止)
1672(寛文12)貝原益軒、校訂『校正本草綱目』
1674(延宝2)関孝和、『発微算法』を刊行
1684(貞享1)渋川春海、『貞享暦』を編纂
1697(元禄10)宮崎安貞、『農業全書』を刊行
1720(享保5)禁書令緩和、実学奨励。蘭学勃興の契機
1722(享保7)建部賢弘、『綴術算経』を著わす
1774(安永3)前野良沢・杉田玄白ら、『解体新書』を刊行
1776(安永5)平賀源内、エレキテル完成
1783(天明3)大槻玄沢、『蘭学階梯』を完成
1800(寛政12)伊能忠敬、日本全土の測量開始
1821(文政4)『大日本沿海輿地全図』完成
1823(文政6)ドイツ人医師シーボルト長崎に来航、翌年、鳴滝塾を開く
1825(文政8)青地林宗、『気海観瀾』を訳述
1828(文政11)シーボルト事件
1834(天保5)宇田川榕菴、『植物啓源』を著わす
1837(天保8)宇田川榕菴、『舎密開宗』の刊行開始
1838(天保9)緒方洪庵、蘭学塾(適々斎塾)を開く
1839(天保10)蛮社の獄(渡辺崋山・高野長英投獄)
1848(嘉永1)箕作阮甫、『水蒸船説略』
1851(嘉永4)川本幸民、『気海観瀾広義』を翻訳刊行
1852(嘉永5)佐賀藩で反射炉完成。以後、薩摩・韮山・水戸・長州で鉄製砲鋳造を目的とする反射炉築造が進む。広瀬元恭、『理学提要』を翻訳
1853(嘉永6)アメリカの遣日国使ペリーが浦賀に来航
1855(安政2)幕府、長崎に海軍伝習所設立。洋学所設立
1856(安政3)洋学所を蕃書調所と改称
1857(安政4)大島高任、釜石に洋式高炉建造、翌年より銑鉄製造(木炭製鉄)を開始(釜石製鉄所)
1861(文久1)長崎製鉄所完成(近代的重工業施設の最初。1871年工部省長崎造船所となり、1887年三菱に払下げ)。長崎に養生所設立(最初の洋式病院、長崎海軍伝習所教官として招かれたオランダ人ポンペの指導)。種痘所(1858年江戸に設立)を西洋医学所と改称
1862(文久2)幕府、蕃書調所に数学科を設置。蕃書調所を洋書調所と改称。さらに1863年開成所と改称、名実ともに洋学の教育研究機関とする
1865(慶応1)幕府建設の横浜製鉄所竣工、横須賀製鉄所起工。森有礼ら19人ひそかにイギリス留学。1866年、幕府派遣の外山正一、菊池大麓らイギリス留学
1867(慶応3)鹿児島藩、鹿児島紡績所(磯之浜)設立、機械紡績工業の始め。福沢諭吉、『西洋事情』を著わす

明治時代


1868(明治1)戊辰戦争。明治政権成立。新政府、旧幕府の医学所・学問所(昌平学校)・開成所(開成学校)を復興。福沢諭吉、英語塾を慶応義塾と名づける(慶応義塾大学)
1869(明治2)政府、大学校を設立(昌平学校を中心に、開成・医学両学校を大学校分局とする)、高等教育と教育行政の2機能をもたせる。以後、開成学校は大学南校(1870)→南校(1871)→第一大学区第一番中学(1872)→開成学校(1873)→東京開成学校(1874)と名を変え、医学校は大学東校と改称
1870(明治3)工部省設置。東京―横浜間に電信開通
1871(明治4)ドイツ人軍医ミュラー、ホフマンを大学東校に招き、医学教育体制が整備される(ドイツ医学の移入)。文部省創設
1872(明治5)学制制定。新橋―横浜間鉄道開通。官営富岡製糸場開業。造兵寮で鉛室硫酸製造
1873(明治6)工部省工学寮工学校設立(1877年工部大学校と改称、1886年帝国大学工科大学となる)。地租改正。この年、各地の外国語学校91校中、82校は英語学校
1875(明治8)松本良順ら、東京医学会社(学会)設立。東京気象台設立。新島襄、同志社創立。福沢諭吉『文明論之概略』。全国の小学校数24000校以上
1876(明治9)アメリカ人地質学者ライマン、『日本蝦夷地質要略之図』を著わす(初の地質図)。札幌学校、札幌農学校と改称し、わが国最初の高等農業教育機関となる
1877(明治10)法・理・文・医の4学部からなる東京大学開設。東京数学会社設立、創立時会員117名
1878(明治11)化学会設立、創立時会員24名。東京大学生物学会第1回例会開催(1885年東京動物学会と改称)。工部省電信中央局開業(全国主要都市間電信網整備)。東海道大井川架橋(主要街道に架橋進む)
1879(明治12)東京地学協会設立
1880(明治13)日本地震学会創立。釜石鉱山製鉄所(工部省)25トン高炉火入れ(木炭製鉄)。村田経芳、13年式村田銃の発明。薬学会創立
1881(明治14)東京職工学校設立(1890年東京工業学校と改称、後の東京工業大学)
1882(明治15)東京植物学会創立。東京気象学会創立。釜石鉱山製鉄所、パドル法による錬鉄生産開始。地質調査所設置
1883(明治16)モース述・石川千代松筆記、『動物進化論』を翻訳。東京気象台、天気図の作成配布開始。大阪紡績会社、ミュール紡績機操業開始(紡績工業)
1884(明治17)アダム・スミス著、石川暎作訳『国富論』刊行開始。全国天気予報開始
1885(明治18)政府、メートル条約に加入(1891年尺貫法にメートル法を併用した度量衡法公布、1893年施行)。長井長義、塩酸エフェドリンを発見
1886(明治19)帝国大学令公布、東京大学を法・文・理・医・工の各分科大学よりなる帝国大学に改組。師範学校令、小学校令、中学校令公布(以後約60年に及ぶ学校制度の基礎となる)。藤沢利喜太郎、「熱伝導方程式論に現れる超越方程式の根による無限級数」。東京電燈会社開業
1887(明治20)ノット・田中館愛橘、全国地磁気測定を開始。北尾次郎、「大気の運動および台風颶風の理論」を連載。文部省、仙台、金沢、熊本に高等中学校を設置。東京電燈、火力発電を建設(三吉電機が国産発電機第1号製作)
1888(明治21)長岡半太郎、ニッケルの磁気歪の研究。牧野富太郎、『日本植物志図篇』を創刊。電気学会創立。下瀬雅允、下瀬火薬の創製。東京天文台(麻布)開設
1889(明治22)北里柴三郎、コッホの下で破傷風の純粋培養に成功。原田豊吉、『日本地質構造論』を著わす。東海道本線、新橋―神戸間全通。この年鉄道総キロ数1730キロメートルを超える。日本初の経済恐慌の始まり
1890(明治23)東京農林学校、帝国大学農科大学となる。東京―横浜電話交換開始
1891(明治24)上野―青森間鉄道全通。電気試験所設置。石川千代松、『進化新論』を著わす
1892(明治25)田中館愛橘・長岡半太郎、「濃尾地震に伴う等磁力線の変位」。桜井錠二、「溶質の分子量決定のためのベックマンの沸点上昇法の改良」。京都市営蹴上発電所開業(最初の公共用水力発電所、80キロワット発電機2基)
1893(明治26)中村精男、日本気象に関する本をシカゴ万博に出品(1897年『大日本風土篇』として出版)。東京地質学会設立。御木本幸吉、半円真珠に成功
1894(明治27)高峰譲吉、タカジアスターゼ発見。北里柴三郎、ペスト菌を発見。日清戦争。釜石鉱山の田中製鉄所、旧工部省25トン高炉のコークス製鉄に成功(国内での近代製鉄技術の誕生)
1896(明治29)藤沢利喜太郎、『算術教科書』。東京電燈、浅草集中火力発電所(発電機4基、うち2基はドイツAEG社製、50サイクル発電機、関東地域50サイクルシステム。一方、大阪電燈は、アメリカゼネラル・エレクトリック社製60サイクル発電機を輸入して、1897年に発電所建設、関西地域60サイクルシステム)。豊田佐吉、動力織機を発明。
1897(明治30)京都帝国大学(京都大学)設立。志賀潔、赤痢菌の発見。機械学会設立。宮原二郎、宮原式水管ボイラーの発明
1898(明治31)工業化学会設立。三菱造船所、貨客船常陸丸を完成(日本最初の大型汽船)
1899(明治32)大森房吉、「地震の初期微動の研究」(大森公式)。小川琢治、「日本群島地質構造論」。神保小虎、『日本鉱物略記』を著わす。日本電気設立(米国ウェスタン・エレクトリック社と資本提携)
1900(明治33)平山信、東京天文台で2個の小惑星を発見(日本人の発見した最初の天体)。工業試験所設置
1901(明治34)大幸勇吉、ブドウ糖の倍旋光についての反応速度論的研究。高峰譲吉、アドレナリン発見(結晶単離)。官営八幡製鉄所、第一高炉火入れ(翌年吹止め、1904年第3次火入れで成功)
1902(明治35)木村栄、緯度変化のz項を発見。長岡半太郎・本多光太郎、「鋼・Ni・Co・Ni鋼の磁歪」を発表。東京専門学校、早稲田大学と改称
1903(明治36)専門学校令公布。高木貞治、有理数体に(-1)を添加した体上の虚数乗法論。吉江琢児、変分法の偏微分方程式への応用。長岡半太郎「スペクトル線と放射能做(現象)を説明し得る原子内の運動について」(長岡の土星原子模型)。浅野セメント、ロータリー・キルン(アメリカ製)によるセメント製造。この前後医学諸分野別学会相次いで設立
1904(明治37)丘浅次郎、『進化論講話』を著わす。桂田富士郎、日本住血吸虫発見
1905(明治38)井口在屋、渦巻ポンプの理論。池貝鉄工所、旋盤2台の製作に成功
1906(明治39)外山亀太郎、カイコの遺伝研究。鉄道国有法公布(鉄道総キロ数7269キロメートル)。この前後、鐘淵紡績・富士紡績・大阪紡績・三重紡績など紡績大企業への合併・吸収が進む。医師法公布
1907(明治40)東北帝国大学(東北大学)設立。東京電燈駒橋水力発電所、東京への高圧送電開始
1908(明治41)池田菊苗、うま味成分がグルタミン酸ナトリウムであることを解明。三菱長崎造船所、タービン船天洋丸を完成。日本窒素肥料(チッソ)水俣工場、石灰窒素製造開始
1909(明治42)田原良純、フグ毒を抽出、テトロドトキシンと命名。高峰譲吉、タカジアスターゼで特許取得
1910(明治43)秦佐八郎、エールリヒとともにサルバルサンを発表。九州帝国大学(九州大学)新設。岡田武松、「梅雨の説」
1911(明治44)林鶴一、『東北数学雑誌』発刊。藤原咲平、音波の異常伝播についての研究。鈴木梅太郎ら、オリザニンの発見を発表。野口英世、スピロヘータ・パリダの純粋培養に成功

大正時代


1912(大正1)真島利行、ウルシオールの構造決定
1913(大正2)寺田寅彦、X線回折の研究
1914(大正3)西川正治、X線回折によるスピネル群結晶の構造解析。柴田雄次、「金属錯塩の分光化学的研究」。日本鋼管マンネスマン式継目なし鋼管を製作
1915(大正4)石原純、作用量子化の条件および相対性理論に関する研究。猪苗代水力電気会社、東京への225キロメートル、11.5万ボルトの送電線完成(当時世界で3番目の長距離送電)。片山正夫、表面張力に関する理論式
1916(大正5)東北帝大臨時理化学研究所第二部(主任本多光太郎)設置、鉄鋼に関する研究を開始。山極勝三郎・市川厚一、タールによる癌(タール癌)の人工発生の研究。工場法施行。本多光太郎・高木弘、KS鋼の発明
1917(大正6)財団法人理化学研究所設立。化学工業協会設立。旭硝子戸畑工場、アンモニアソーダ法によるソーダの生産開始。電気化学大牟田工場、変成硫安の製造開始
1918(大正7)北海道帝国大学(北海道大学)新設。大学令公布(公私立大学・単科大学の新設を認める、分科大学制から学部制への変更など)。臨時窒素研究所設置、アンモニア合成の研究開始。東京帝大航空研究所設立
1919(大正8)東北帝大鉄鋼研究所設立(1922年金属材料研究所と改称)
1920(大正9)高木貞治、「相対アーベル類体の理論」(高木類体論)発表。日立製作所設立。日本遺伝学会設立
1921(大正10)石原純、『相対性原理』。柴田雄次・木村健二郎、「東洋産含希元素鉱石の化学的研究(其1)」。三菱電機創立
1922(大正11)柴田勝太郎、アンモニア合成触媒の製造法(東京工業試験所法)。『アインシュタイン全集』(全4巻・改造社)
1923(大正12)日本窒素肥料延岡工場でカザレー法による合成アンモニア製造開始(アンモニア工業)
1924(大正13)京城帝国大学設立。小倉金之助、『数学教育の根本問題』を著わす。日本農芸化学会設立
1925(大正14)小沢儀明、秋吉台の大規模反転構造、備中大賀のフラスト構造を発見。東京帝大地震研究所設立。日本生化学会設立。住友肥料製造所設立。東京放送局(NHKの前身)ラジオ放送開始
1926(大正15・昭和1)八木秀次・宇田新太郎、八木‐宇田アンテナの発明。南雲道夫「一階常微分方程式の解の単独性」(南雲の単独性条件)。竹内端三『函数論』。本多光太郎・茅誠司、鉄の単結晶の磁性の研究。辻二郎、光弾性の研究。仁田勇、ペンタエリスリトールの結晶構造(X線回折)。水島三一郎、有極性液体の電波の異常分散と吸収。真島利行・星野敏雄、インドール誘導体の研究。坪井誠太郎、斜長石の分光学的研究

昭和時代


1927(昭和2)和達清夫、深発地震の存在の確認。岡部金治郎、分割陽極磁電管による電気振動の発見
1932(昭和7)正田建次郎、『抽象代数学』。佐々木隆興・吉田富三、アゾ色素による肝臓癌の人工発生に成功。古賀逸策、Rカット水晶振動子の発明
1933(昭和8)本多光太郎・増本量・白川勇記、新KS磁石鋼の発明。山岡孫吉、小型模型4サイクル・ディーゼル機関を完成
1934(昭和9)日本製鉄設立(製鉄大合同)。丹那トンネル開通。癌研究会癌研究所(現、がん研究会がん研究所)開所
1935(昭和10)湯川秀樹、「素粒子の相互作用」発表。仁科芳雄・朝永振一郎・小林稔、電子対生成の理論。理化学研究所、サイクロトロン研究を開始。三菱重工業、九六式艦上戦闘機・陸上攻撃機の試験飛行
1936(昭和11)岡潔、複素多変数解析関数論第一論文発表(1953年にかけて9編)。ディラック著、仁科芳雄他訳『量子力学』
1937(昭和12)大阪帝大、理化学研究所にサイクロトロン完成。日本金属学会設立。機械試験所設立。日鉄八幡製鉄所、1000トン高炉火入れ。朝鮮窒素肥料長津江第一発電所完成(総出力40万キロワット)。トヨタ自動車工業設立
1938(昭和13)高木貞治、『解析概論』を著わす。『岩波講座・物理学』(全22巻)刊。中谷宇吉郎ら、雪の人工結晶成功
1939(昭和14)名古屋帝国大学(名古屋大学)設立。この年から44年にかけて各官立大に附置研究所が相次いで設置される。清水トンネルで宇宙線連続観測開始。桜田一郎・矢沢将英ら、それぞれポリビニルアルコール系合成繊維発表。 東洋レーヨン、ナイロンを合成。東京芝浦電気設立(東京電気と芝浦製作所の対等合併)
1941(昭和16)日本海洋学会、日本合成繊維研究協会、日本癌学会、日本科学史学会など設立。野副鉄男、ヒノキチオールの研究。小林貞一、「日本列島の起源に関する佐川造山輪廻」。日本窒素肥料水俣工場、塩化ビニル生産開始。鴨緑江水力発電水豊発電所、送電開始
1942(昭和17)坂田昌一・谷川安孝・井上健、中村誠太郎、二中間子理論。銑鉄生産422.5万トン(戦前最高)
1943(昭和18)朝永振一郎、「場の量子論の相対律的な定式化について」(超多時間理論)。大阪帝大物理教室の永宮健夫らが中心となって『物性論研究』刊。理化学研究所200トンの大サイクロトロン組立て完了(未実験で敗戦、占領軍が破壊)
1946(昭和21)日本数学物理学会、日本物理学会と日本数学会とに分離。GHQ、アメリカ教育使節団報告書発表。理化学研究所解体指令。農地改革・財閥解体など進む
1947(昭和22)日本国憲法施行。教育基本法・学校教育法公布。坂田昌一『物理学と方法』。久保亮五、『ゴム弾性』。地学団体研究会設立
1948(昭和23)日本化学会成立。木庭二郎・朝永振一郎、量子電磁力学のくりこみ理論発表
1949(昭和24)新制大学発足。小平邦彦、リースマン多様体における調和場の理論(小平の複素多様体論の研究に対して1954年フィールズ賞)。岩沢健吉、リー群の研究。湯川秀樹、ノーベル物理学賞受賞。国立遺伝学研究所発足。須藤俊男、主要粘土鉱物の分類
1950(昭和25)湯川秀樹、非局所場理論。素粒子論グループ研究連絡組織結成。赤堀四郎、蛋白質研究会を組織。第1回蛋白質構造討論会。湊正雄、「北上山地における古生代の造構運動」。朝鮮戦争始まる
1951(昭和26)永宮健夫、反強磁性共鳴の理論。高分子学会設立。このころからアメリカからの技術導入進む(東洋レーヨンのナイロン製造技術、富士製鉄のストリップ・ミル薄板圧延技術など)
1952(昭和27)東北大学金属材料研究所、ヘリウム液化装置を設置、極低温研究開始。福井謙一ら、フロンティア電子理論。赤堀四郎らタンパク質、アミノ酸配列決定法研究
1953(昭和28)京大基礎物理研究所発足。東大乗鞍コロナ観測所・応用微生物研究所設立。中野董夫・西島和彦、中野-西島-ゲルマンの法則発見。永田武、岩石の磁気的性質の研究。国際理論物理学会議開催。NHK、テレビ放送開始
1954(昭和29)後藤英一、非線形素子パラメトロン製作。東北大シンクロトロン完成。日本電信電話公社、東京-大阪間マイクロウェーブ完成。日本学術会議、核兵器研究拒否・原子力研究三原則(自主・民主・公開)を声明
1955(昭和30)松原武生、「量子統計力学の新しいアプローチ」(グリーン関数法の先駆)。東大原子核研究所設置。原子力研究所設立(翌年、日本原子力研究所へ改組。2005年より日本原子力研究開発機構)。代数的整数論国際シンポジウム開催。このころから化学工業系各社は石油化学化を開始、1958年より本格的生産を開始
1956(昭和31)坂田昌一、素粒子複合模型(坂田モデル)提起。佐久間ダム完工(総出力35万キロワット)。南極予備観測隊出発(翌年、昭和基地設営)
1957(昭和32)江崎玲於奈、トンネル効果発見。高橋康、量子電磁力学のウォード‐高橋恒等式の厳密な導出。久保亮五、統計力学における線型応答理論。梅沢浜夫ら、カナマイシンの発見。東大物性研究所設置(1960年開所)。八幡製鉄、酸素上吹転炉操業開始。最初のパラメトロン計算機が電気通信研究所で完成
1958(昭和33)高橋秀俊ら、パラメトロン計算機PC-1完成。阪大蛋白質研究所設置。早川幸男ら「宇宙線の起源」
1959(昭和34)福井崇時・宮本重徳、荷電粒子飛跡観測用放電箱発明。勝木保次ら聴覚機構の研究。機械試験所、数値制御ジグ中ぐり盤試作。日本原子力学会設立。八幡製鉄戸畑工場1500トン高炉稼動
1960(昭和35)坂田昌一ら、素粒子複合模型(名古屋モデル)提起。江上不二夫ら、リボヌクレアーゼの研究。日本生物物理学会設立。情報処理学会設立。このころから民間大企業で中央研究所設立ブーム
1961(昭和36)南部陽一郎・イオナラシニオ、「超伝導とのアナロジーによる素粒子の動的模型」。林忠四郎「重力による収縮の初期段階における星の進化」。江橋節郎、筋収縮の制御に関与するカルシウムの役割。名大プラズマ研究所創立。国立がんセンター(現、国立がん研究センター)設置(翌年より診療を開始)
1962(昭和37)東大原子核研究所、人工π中間子を観測。日本電気、国産初の大型電子計算機NEAC2206発表。日本航空機製造、YS-11初飛行。第1回科学者京都会議開催(朝永・湯川・坂田・大仏・谷川ら)。広中平祐、代数多様体の特異点の解消を証明(この業績を主対象に1970年フィールズ賞受賞)
1963(昭和38)大久保進、ハドロン反応の選択則指摘。向山光昭ら、酸化・還元系における脱水縮合反応。東大物性研究所、超高圧高温発生装置運転開始
1964(昭和39)近藤淳、「磁性稀薄合金における電気抵抗極小」(近藤効果)。牧二郎、素粒子四元模型の提起。森野米三ら、SO2マイクロ波スペクトルによる分子内ポテンシャル高次項決定
1965(昭和40)朝永振一郎、ノーベル物理学賞受賞。吉田耕作、『関数解析』。森肇、遥動力の理論。小田稔ら、すだれコリメーターの考案とそれによるX線天文学。殿村雄治ら、筋肉ミオシンATPアーゼ反応機作の研究。東京芝浦電気、44.2万キロワットタービン発電機完成
1966(昭和41)中西襄、電磁場の量子論。川崎恭治ら、臨界現象のモード・カップリング理論。中西香爾ら、昆虫の変態ホルモンの研究。萩原生長ら、細胞膜の興奮におけるカルシウムスパイク説発表。石坂公成ら、免疫グロブリンE(アレルギーの原因)発見。東大に大型計算機センター設置
1967(昭和42)富田恒男ら、色覚機構の研究。IC電卓生産開始
1968(昭和43)彌永昌吉、『幾何学序説』。岡崎令治ら、DNA複製の分子機構の研究。木村資生、分子進化中立説(分子進化学)の提起。政府、熊本・新潟水俣病をいずれも工場排出のメチル水銀による公害病と認定。和田寿郎(札幌医科大学)、日本初の心臓移植手術、是非をめぐって社会問題となる
1969(昭和44)南部陽一郎、「ひも」の端点にクォークのついたハドロンの弦模型。川路紳治、半導体界面現象(MOS反転層の二次元電子系)の研究。古川淳二ら、交互共重合によりモノマーが規則的に並んだ共重合体をつくる方法をみいだす。河合平司、ポリフッ化ビニリデンフィルムの圧電効果発見
1970(昭和45)野村貞康ら、リボゾームの構造と機能の研究(細胞内のタンパク質生合成)。電電公社、電話計算オンライン・リアルタイムシステム開始。筑波研究学園都市建設法公布。関西電力美浜発電所1号炉原子力発電運転開始。八幡製鉄、富士製鉄が合併(新日本製鉄の誕生)。この前後、大企業間の大型合併、業務提携が進む
1971(昭和46)多田富雄ら、免疫応答に関与するサプレッサーT細胞を発見。高エネルギー物理学研究所設置。東京電力福島原子力発電所運転開始
1972(昭和47)富松彰・佐藤文隆、アインシュタイン方程式の厳密解、翌年さらにより一般的な解を求める(ブラック・ホール構造論)
1973(昭和48)小林誠・益川敏英、クォークの数と時間反転不変性の関係。江口吾郎・岡田節人、鶏胚網膜上細胞で分化転換現象発見。江崎玲於奈、ノーベル物理学賞受賞。筑波大学設立。年間粗鋼生産1億トンを超える。オイル・ショック。石油コンビナート爆発事故続出(14件)。 足尾鉱山・生野鉱山・別子銅山が閉山
1974(昭和49)関集三ら、ガラス状態の熱測定研究(水のガラス転移)
1975(昭和50)杉本健三ら、G‐パリティ非保存を発見。分子科学研究所設置。東京女子医大で初めてX線コンピュータ断層撮影(CT)。旭化成工業、イオン交換膜法カセイソーダ工場完成
1976(昭和51)高エネルギー物理学研究所、陽子シンクロトロン8GeV加速成功。超LSI研究技術組合発足
1977(昭和52)利根川進ら、マウス胎児免疫グロブリン可変部の遺伝子の単離に成功。東京工業試験所、α‐オレフィンと一酸化炭素からカルボン酸低圧合成。このころ日本の各メーカー、コンピュータ・ネットワーク・アーキテクチュア発表。また製鉄所での生産管理コンピュータ・システム稼働
1978(昭和53)守谷亨ら、強磁性の統一的描像を提示。吉村太彦、宇宙バリオン数の起源の理論。本庶佑ら、免疫グロブリンH鎖遺伝子の構造変換におけるDNA欠失の機構を解明。電電公社、光ファイバーによる海底ケーブル通信実験。鉄鋼・重機械・造船各大企業、「合理化」案を提示
1979(昭和54)中西重忠・沼正作ら、コルチコトロピン‐β‐リポトロピン前駆体cDNAのヌクレオチド配列決定。第二次石油危機
1980(昭和55)電電公社、高性能光ファイバー開発。日電・東芝・電電公社、256キロビットDRAMを開発。このころ自動車各社(本田技研・日産)アメリカに小型車中心の工場建設計画発表。富士通ファナック、ロボット加工組立セルによるロボット生産開始
1981(昭和56)池原森男・大塚英子ら、転移RNAの人工合成に成功。平田義正ら、イワスナギンチャクの毒素パリトキシン構造決定。福井謙一、ノーベル化学賞受賞。電子技術総合研究所、超伝導素子SSDを開発。日本原子力発電敦賀発電所で高度の放射能漏れ事故発生
1982(昭和57)東京天文台野辺山太陽・宇宙電波観測所開所(口径45メートルのミリ波電波望遠鏡設置)。新世代コンピュータ技術開発機構設置。IBM産業スパイ事件。製鉄各社、高炉休止相次ぐ。北炭夕張炭鉱閉山
1983(昭和58)谷口維昭ら、免疫調節物質インターロイキン‐2の遺伝子構造解明。日本最初の実用通信衛星打上げ。青函トンネル(53.85キロメートル)先進導坑貫通。トヨタ自動車、米国 ゼネラル・モーターズと小型車、合弁生産計画調印。政府、エチレンなど化学工業改善基本計画
1984(昭和59)電電公社、国内の各メーカー、1メガビットDRAM開発。この年世界全体の半導体集積回路(IC)の生産数量は200億個を超え、日本メーカー生産量は金額で3分の1を超える
1985(昭和60)電電公社民営化(日本電信電話)。1985年度原発発電電力量、国内総発電電力量の約4分の1を占める(1993年には30%を上回る)
1987(昭和62)利根川進、「抗体の多様性生成の遺伝的原理」でノーベル医学生理学賞受賞。小柴昌俊ら、カミオカンデ検出器で超新星爆発のニュートリノバースト検出に成功
1988(昭和63)コードレス・テレフォン発売される。日本の半導体メーカーの生産が世界の半導体市場シェア50%を上回る(以後低下し、1995年には40%を下回る)。前田弘ら、国内で最初に高温超伝導体(ビスマス系)を発見。秋光純らもネオジム系超伝導体を発見。十倉好紀などとともに国内で一斉に高温超伝導体の研究が展開される

平成時代


1990(平成2)リニアモーターカー山梨実験着手。ソユーズ(ソ連)で日本人初の宇宙飛行を行う
1991(平成3)美浜原子力発電所事故。小型軽量化した携帯電話器の開発が進展
1992(平成4)日本人宇宙飛行士を乗せたスペースシャトル「エンデバー号」(アメリカ)打上げ。インターネットの商用利用開始
1993(平成5)中村修二、高輝度青色発光ダイオード(青色LED)の世界初の実用製品化に成功
1994(平成6)国産ロケットH‐打上げ。東京電力、福島第一原発2号機でシュラウド(炉心隔壁)のひび割れが発見され、以後同様のケースが相次いで原発の老朽化が問題となる
1995(平成7)北大附属病院でADA欠損症の男児に初の遺伝子治療。高速増殖炉「もんじゅ」でナトリウム漏れ事故
1996(平成8)本田技研工業、人間型ロボットP2開発(翌年、P2を改良したP3を発表)
1997(平成9)トヨタ自動車、モーターと内燃機関を併用したハイブリッド・カー「プリウス」を発表
1998(平成10)日本各地で体細胞クローン牛が誕生。H‐ロケット5号機、静止軌道投入失敗
1999(平成11)茨城県東海村の民間ウラン加工施設ジェー・シー・オー(JCO)で国内初の臨界事故発生(東海村臨界事故)。青色半導体レーザー実用化。NTT(日本電信電話)、iモードのサービス開始。ソニー、イヌ型ロボット「AIBO(アイボ)」発売。2000年問題。H‐ロケット8号、打上げ後に制御不能。気象庁、新システム「量的津波予報」導入
2000(平成12)白川英樹、導電性高分子に関する研究でノーベル化学賞受賞。BSデジタル放送開始
2001(平成13)H‐Aロケット1号機(試験機)打上げ成功。野依良治、キラル触媒による不斉水素化反応の研究でノーベル化学賞受賞。東大宇宙線研究所、ニュートリノに質量の確率「97%以上」と発表。理化学研究所、マウスの遺伝子約1万2400個解読終了と発表
2002(平成14)小柴昌俊、超新星爆発のニュートリノバーストの検出成功およびニュートリノ天文学への貢献でノーベル物理学賞受賞。田中耕一、タンパク質分子の質量分析技術の開発に関する研究でノーベル化学賞受賞。H‐Aロケット2、3、4号機打上げ成功。H‐Aロケットの製造、運用、宇宙開発事業団(現宇宙航空研究開発機構)から三菱重工業に移管。インターネット利用者数6900万人超、普及率は50%を突破(総務省調べ)。円周率は1兆2411億桁、世界記録樹立(東京大学情報基盤センター、日立製作所)
2003(平成15)H‐Aロケット5号機打上げ成功(同年打上げの6号機は失敗)。日本鋼管(NKK)と川崎製鉄が統合してJFEホールディングスとなり、国内鉄鋼業は新日本製鉄グループとJFEグループの二大グループ体制へ。ヒトゲノム解析計画、国際協力で進められてきたヒトゲノム解読の完了が宣言される(日本はアメリカ・イギリスに次ぐ貢献をなす)
2004(平成16)理化学研究所、113番元素の発見に成功
2005(平成17)H‐Aロケット7号機打上げ成功。小惑星探査機「はやぶさ」が地球と火星の間の小惑星ITOKAWA(イトカワ)に到達(彗星・小惑星探査機)
2006(平成18)科学技術振興機構の研究チーム、マウス皮膚細胞から、胚性幹細胞に似た性質をもつ万能幹細胞、人工多能性幹細胞(iPS細胞)の作製に成功
2007(平成19)東京大学、科学技術振興機構、産業技術総合研究所などからなる研究チーム、世界で初めて有機分子の化学構造を透過型電子顕微鏡で観察することに成功、時間変化する有機分子の動きを動画撮影。宇宙航空研究開発機構の種子島宇宙センターからH-Aロケット13号機によって月周回衛星「かぐや(SELENE)」打ち上げ成功。京都大学再生医科学研究所の山中伸弥ら、人の皮膚細胞からiPS細胞をつくることに成功

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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