旭堂 南陵(2代目)(読み)キョクドウ ナンリョウ

20世紀日本人名事典の解説

旭堂 南陵(2代目)
キョクドウ ナンリョウ

明治〜昭和期の講談師



生年
明治10(1877)年9月15日

没年
昭和40(1965)年11月19日

出生地
大阪府大阪市

本名
浅井 鶴造

別名
前名=旭堂 南花,旭堂 小南陵

主な受賞名〔年〕
大阪市民文化賞〔昭和26年〕,NHK放送文化賞〔昭和30年〕,紫綬褒章〔昭和37年〕

経歴
18歳で東京の正流斎南窓(松本鉄之助)の弟子となり鶴窓と名乗り、その後初代南陵に師事して南花。20歳で上京し、神田伯龍(松村伝吉)の下で修業、帰阪後、小南陵から明治42年2代目南陵を襲名、人気を得た。東京で修業したので純粋の上方系ではないが、昭和以降の衰微した大阪の講談を継承、大長編「太閤記」など多数の演題と取り組み、豊かな声量で聴衆を魅了した。平成8年上方演芸に貢献した人を顕彰する“上方演芸の殿堂”に入る。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

新撰 芸能人物事典 明治~平成の解説

旭堂 南陵(2代目)
キョクドウ ナンリョウ


職業
講談師

本名
浅井 鶴造

別名
前名=旭堂 南花,旭堂 小南陵

生年月日
明治10年 9月15日

出生地
大阪府 大阪市

経歴
18歳で東京の正流斎南窓(松本鉄之助)の弟子となり鶴窓と名乗り、その後初代南陵に師事して南花。20歳で上京し、神田伯龍(松村伝吉)の下で修業、帰阪後、小南陵から明治42年2代目南陵を襲名、人気を得た。東京で修業したので純粋の上方系ではないが、昭和以降の衰微した大阪の講談を継承、大長編「太閤記」など多数の演題と取り組み、豊かな声量で聴衆を魅了した。平成8年上方演芸に貢献した人を顕彰する“上方演芸の殿堂”に入る。

受賞
紫綬褒章〔昭和37年〕 大阪市民文化賞〔昭和26年〕,NHK放送文化賞〔昭和30年〕

没年月日
昭和40年 11月19日 (1965年)

家族
長男=旭堂 南陵(3代目)

伝記
けったいな人びと―ホンマモンの芸と人 棚橋 昭夫 著(発行元 図書出版浪速社 ’00発行)

出典 日外アソシエーツ「新撰 芸能人物事典 明治~平成」(2010年刊)新撰 芸能人物事典 明治~平成について 情報

367日誕生日大事典の解説

旭堂 南陵(2代目) (きょくどう なんりょう)

生年月日:1877年9月15日
明治時代-昭和時代の講談師
1965年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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