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本田技研工業[株] ほんだぎけんこうぎょう

百科事典マイペディアの解説

本田技研工業[株]【ほんだぎけんこうぎょう】

1946年,本田宗一郎本田技術研究所として創業。1948年本田技研工業設立。二輪車では世界首位に急成長し,1963年四輪車にも進出。海外進出にも先鞭をつけ,1982年に米国オハイオ州の自動車工場が操業を開始。四輪車では国内最後発だが,独自のコンセプトで次々と新車を開発。その技術力の評価も高く,世界に先駆け排ガス規制対応のCVCCエンジンを開発したことでも知られている。最大の市場は米国で常に輸入車部門の上位に位置している。国内市場でもRV車などの健闘で3位を占めている。2001年1月より通称ホンダとなる。ハイブリッド・カーや燃料電池車などの環境対応技術で先行する。2009年3月期販売台数は四輪車351万台,二輪車1011万台。本社東京,工場和光,狭山,鈴鹿など。2011年3月期売上高8兆9368億円,当期純益5340億円。資本金860億円(2011)。売上構成(%)は,二輪事業14,四輪事業76,金融サービス事業6,汎用事業他3。海外売上比率83%。
→関連項目自動車工業

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世界大百科事典 第2版の解説

ほんだぎけんこうぎょう【本田技研工業[株]】

二輪車のトップ・メーカーで,四輪車の生産でも有数の会社。1946年に本田宗一郎(1906‐91)が浜松で個人創業した,内燃機関,車両の研究,製造を目的とする本田技術研究所が前身である。通称〈バタバタ〉という,自転車に旧軍隊の小型エンジンをつけたものを発売,大好評を博した。48年,本田技研工業(株)を設立,二輪車の製造を始め,10月には最初のホンダモーターA型を発売,その後ドリーム号E型(1951),ベンリイ号(1953)と新製品をつぎつぎに発売した。

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世界大百科事典内の本田技研工業[株]の言及

【オートバイ】より

…このころから,日本製オートバイがヨーロッパの国際レースで優勝するようになり,性能のよさが世界に認められるようになった。日本のメーカーは,72年以降,シェア順に本田技研工業,ヤマハ発動機(ヤマハの直系子会社),スズキ,川崎重工業の4社であるが,本田,ヤマハ,スズキの大手3社で90%余のシェアをもつ。また世界のオートバイ生産の過半を占め,2位,3位のイタリア,台湾を大きく引き離している。…

※「本田技研工業[株]」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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