杉原 千畝(読み)スギハラ チウネ

20世紀日本人名事典 「杉原 千畝」の解説

杉原 千畝
スギハラ チウネ

昭和期の外交官 元・リトアニア共和国カウナス領事館副領事。



生年
明治33(1900)年

没年
昭和61(1986)年7月31日

出生地
岐阜県加茂郡八百津町

学歴〔年〕
早大高等師範部英語科

主な受賞名〔年〕
勲五等瑞宝章〔昭和19年〕,イスラエル政府表彰〔昭和47年〕,ヤド・バジェム賞〔昭和60年〕,カレッジ・トゥ・ケア賞〔平成1年〕,長崎県被爆者手帳友の会平和賞〔平成3年〕,ポーランド政府功労勲章〔平成8年〕,ラウル・ワレンバーグ賞〔平成10年〕

経歴
大正8年外務省の官費留学試験に合格。ハルビンでロシア語を3年間学び、昭和14年在リトアニア・カウナス領事館副領事、15年在プラハ総領事館副領事、16年在ルーマニア公使館一等通訳官、18年同三等書記官を歴任。14〜15年のリトアニア副領事官時代、本省命令を無視して、約6500人のユダヤ人難民にビザを発給し続けた。戦後シベリアに抑留され、24年帰国するが、訓令無視により外務省をやめさせられ、さまざまな職に就く。国際交易株式会社取締役・モスクワ事務所長として15年勤めた後、帰国。44年イスラエルに招待され、多くのユダヤ人の生命恩人として勲章を授与された。また没後の平成3年外務省により44年ぶりに名誉回復され、アメリカに逃れたユダヤ人グループから感謝状を贈られた他、リトアニアにはスギハラ通りが設けられた。10年には肖像画がユダヤ人救済に功績のあった各国の外交官ら4人とともにイスラエルの切手図柄となり、発行された。同年米国・ロサンゼルスのサイモン・ウィーゼンタール・センターのホロコースト博物館に陶板肖像画が永久保存されることになる。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

367日誕生日大事典 「杉原 千畝」の解説

杉原 千畝 (すぎはら ちうね)

生年月日:1900年1月1日
昭和時代の外交官
1986年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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