杉田 定一(読み)スギタ テイイチ

20世紀日本人名事典の解説

杉田 定一
スギタ テイイチ

明治〜昭和期の政治家,民権運動家 衆院議長;立憲政友会幹事長。



生年
嘉永4年6月2日(1851年)

没年
昭和4(1929)年3月23日

出生地
越前国坂井郡波寄村(福井県福井市)

別名
号=鶉山

経歴
吉田東篁の塾などに学び、海老原穆の「評論新聞」に入り民権論を提唱、時の政府を攻撃して入獄。明治11年板垣退助らと愛国社を再興、福井県の地租改正再調査運動を指導、筆禍で入獄。14年自由党結成に参加。17年清仏戦争で清国に渡航し、上海に東洋学館を興した。18年欧米漫遊、20年帰国。23年以来衆院議員当選9回、憲政党結成に参加、31年大隈内閣の北海道庁長官。33年立憲政友会創立に参画、36年衆院副議長、38〜41年議長。41年政友会幹事長。45年〜昭和4年勅選貴院議員。大正13年政友本党に属したが、昭和2年政友会に復帰して顧問。著書に「血痕記」「経世新論」「国是策」「東亜管見」などがある。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

新訂 政治家人名事典 明治~昭和の解説

杉田 定一
スギタ テイイチ


肩書
衆院議長,立憲政友会幹事長

別名
号=鶉山

生年月日
嘉永4年6月2日(1851年)

出生地
越前国坂井郡波寄村(福井県福井市)

経歴
吉田東篁の塾などに学び、海老原穆の「評論新聞」に入り民権論を提唱、時の政府を攻撃して入獄。明治11年板垣退助らと愛国社を再興、福井県の地租改正再調査運動を指導、筆禍で入獄。14年自由党結成に参加。17年清仏戦争で清国に渡航し、上海に東洋学館を興した。18年欧米漫遊、20年帰国。23年以来衆院議員当選9回、憲政党結成に参加、31年大隈内閣の北海道庁長官。33年立憲政友会創立に参画、36年衆院副議長、38〜41年議長。41年政友会幹事長。45年〜昭和4年勅選貴院議員。大正13年政友本党に属したが、昭和2年政友会に復帰して顧問。著書に「血痕記」「経世新論」「国是策」「東亜管見」などがある。

没年月日
昭和4年3月23日

出典 日外アソシエーツ「新訂 政治家人名事典 明治~昭和」(2003年刊)新訂 政治家人名事典 明治~昭和について 情報

367日誕生日大事典の解説

杉田 定一 (すぎた ていいち)

生年月日:1851年6月2日
明治時代-昭和時代の政治家。衆議院議員;北海道庁長官
1929年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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