現代外国人名録2016 「李 鵬」の解説
李 鵬
リ・ホウ
Li Peng
- 職業・肩書
- 政治家 元中国全国人民代表大会常務委員長,元中国首相,元中国共産党政治局常務委員
- 国籍
- 中国
- 生年月日
- 1928年10月20日
- 出生地
- 上海
- 学歴
- 延安自然学院,張家口工業専門学校,モスクワ動力学院水力発電科〔1954年〕卒
- 経歴
- 革命烈士・李碩勲の子。1939年以来、周恩来夫妻に育てられる。代表的なエリート技術者出身。1945年中国共産党入党。張家口工業専門学校などで学び、’46年以後ハルビン油脂公司副支配人、党支部書記など務める。’48年モスクワ動力学院に留学、中国在ソ留学生総会会長。’55年豊満水力発電所副所長、’66年北京電力管理局長を経て、’79年国務院電力工業省次官、’81年3月電力工業相、’82年水利省との合併で水利電力第1次官。同年9月党中央委員。’83年6月副首相。’84年来日。’85年6月〜87年国家教育委員会主任兼任。’85年9月党政治局員・中央書記局書記、’87年11月政治局常務委員、首相代行。’88年4月首相に就任。国家経済体制改革委主任兼任(’90年まで)。’89年4月来日。同年春の民主化運動の際は楊尚昆国家主席とともに強硬派路線を主張。5月19日座り込み学生排除のため軍隊を動員、20日戒厳令を発令、6月の天安門事件では武力で弾圧した。’92年10月党政治局常務委員再選。’93年3月首相再任。’97年11月来日。’98年3月第9期全人代で首相退任、常務委員長に選出される。また中国の対外政策の方向づけを行う党中央外事指導小組組長も務めた。2002年4月来日。同年11月党政治局常務委員を退任。2003年3月第10期全人代を最後に引退。1996年現役指導者としては初めて伝記が出版される。
出典 日外アソシエーツ「現代外国人名録2016」現代外国人名録2016について 情報