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杵屋六左衛門(11代) きねや ろくざえもん

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

杵屋六左衛門(11代) きねや-ろくざえもん

1815-1877 江戸後期-明治時代の長唄三味線方。
文化12年生まれ。杵屋宗家10代六左衛門の第1養子。5代三郎助をへて文久元年宗家11代六左衛門をつぐが,慶応4年義弟喜三郎に名義をゆずり,3代勘五郎と改名。居所にちなみ「根岸の勘五郎」とよばれる。「紀州道成寺」「四季の山姥(やまんば)」などおおくの名曲,「大薩摩(おおざつま)・杵屋系譜」などの研究書をのこした。明治10年8月7日死去。63歳。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

杵屋六左衛門(11代)

没年:明治10.8.7(1877)
生年:文化12(1815)
幕末・明治初期の長唄の三味線方,考証家。10代目杵屋六左衛門の妻の兄の子で,10代目の第1養子となる。幼名栄蔵。5代目三郎助を経て,文久1(1861)年に11代目六左衛門を襲名。10代目の没後,歌舞伎囃子頭を継ぐ。慶応4(1868)年8月,義弟の11代目喜三郎(10代目の第2養子)に六左衛門の名義を譲り,3代目勘五郎となる。江戸根岸に移り住んだため,根岸の勘五郎,あるいは単に根岸とも呼ばれている。大薩摩節の家元権を中村八兵衛より正式に譲られたため,大薩摩絃太夫藤原直光浄空とも名乗る。10代目に似て性格が生真面目で誠実。10代目が南部侯御屋敷の演奏を失敗し,それを苦にして蔵屋敷にこもったとき,11代目六左衛門もまた蔵の入り口に座して夜を明かした。また父母に孝養をつくした褒美として,嘉永3(1850)年6月に江戸北町奉行所から鳥目10貫文を与えられたという。10代目に心酔するあまり個性が失われ,その三味線技術はあまり上手ではなかったようだが,作曲面では10代目に劣らず,「四季の山姥」「紀州道成寺」「土蜘」「綱館」「望月」など名曲を残しており,幕末から明治初期にかけての長唄作曲の第一人者である。また,『大薩摩・杵屋系譜』『御屋舗番組控』『大薩摩四十八手図』『芝居囃子日記』(原著は6代目田中伝左衛門)など,長唄に関する記録,文献も数多く残していることは芸界まれにみる存在で,これらは長唄研究の貴重な文献として高く評価されている。没日は5日説もある。<参考文献>町田佳声・植田隆之助『現代・邦楽名鑑 長唄編』,3代目杵屋栄蔵編『長唄根岸集』,町田嘉章『長唄浄観』,3代目杵屋勘五郎(11代目杵屋六左衛門)「大薩摩・杵屋系譜」(『音曲叢書』1編,1973復刻)

(植田隆之助)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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