松島 善海(読み)マツシマ ゼンカイ

20世紀日本人名事典 「松島 善海」の解説

松島 善海
マツシマ ゼンカイ

明治・大正期の僧侶 本願寺執行長;照雲寺第12世住職。



生年
安政2年6月2日(1855年)

没年
大正12(1923)年3月23日

出生地
豊前国蠣瀬村(大分県中津市)

経歴
備前蛎瀬村の浄土宗本願寺派照雲寺の第11世住職・松島善譲の子に生まれ、元治元年(1864年)得度し、明治10年同寺第12世住職となる。幼時、中津の手島物斎、築上郡恒遠精斎・戸早春村らについて漢学を修め、父・善譲にも学び、宗乗を研究した。16年助教となり、同年〜22年生家・照雲寺の学寮・信昌閣で教えた。のち補教、司教を経て、36年49歳で最高職の勧学となる。37年軍隊布教師として別府に派遣され、38年仏教大学講師となり、39年生前に院号・無辺院を授かる。大正3年本願寺顧問を務め、4年辞して帰郷し信昌閣で宗学を教える。10年本願寺執行長となり本山講総務を取り扱い、11年立教7百年記念慶鑽事務理事長に特命され、同年龍谷大学財団理事長に就任。大谷光瑞法主の信任を受ける。詩歌・文章・書画に堪能で著書も多数ある。12年広島県宇品に没したが、生前の功労により本山葬となった。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

今日のキーワード

焦土作戦

敵対的買収に対する防衛策のひとつ。買収対象となった企業が、重要な資産や事業部門を手放し、買収者にとっての成果を事前に減じ、魅力を失わせる方法である。侵入してきた外敵に武器や食料を与えないように、事前に...

焦土作戦の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android