栃錦 清隆(読み)トチニシキ キヨタカ

20世紀日本人名事典 「栃錦 清隆」の解説

栃錦 清隆
トチニシキ キヨタカ

昭和期の力士(第44代横綱) 春日野部屋親方;元・日本相撲協会理事長。



生年
大正14(1925)年2月20日

没年
平成2(1990)年1月10日

出生地
東京都南葛飾郡小岩村下小岩(現・江戸川区南小岩)

本名
中田 清

旧姓(旧名)
大塚

別名
年寄名=春日野 清隆(カスガノ キヨタカ)

学歴〔年〕
小卒

主な受賞名〔年〕
藍綬褒章〔昭和57年〕,都民文化栄誉章〔昭和60年〕,NHK放送文化賞〔昭和60年〕

経歴
昭和13年春日野部屋に入門。19年十両となり、栃錦と改名。22年新入幕。29年10月第44代横綱となる。小柄ながら、人一倍の闘志と研究で名人横綱といわれ、先代若乃花と黄金時代を築いた。35年在位28場所で引退。この間優勝10回、殊勲賞1回、技能賞9回受賞。37年日本相撲協会理事、49年理事長に就任。「相撲の美と充実」を提唱して、59年の9月場所では立合いの正常化を実現。また、両国に新国技館を完成させるなど、大相撲の隆盛に大きく貢献し、63年1月勇退。平成元年11月脳こうそくで倒れ、翌2年死去。自伝「栃錦一代」がある。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

367日誕生日大事典 「栃錦 清隆」の解説

栃錦 清隆 (とちにしき きよたか)

生年月日:1925年2月20日
昭和時代の力士(第44代横綱)
1990年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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