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桜川(市) さくらがわ

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

桜川(市)
さくらがわ

茨城県中西部に位置する市。2005年(平成17)、西茨城郡岩瀬(いわせ)町、真壁(まかべ)郡真壁町、大和(やまと)村が合併して市制施行、桜川市となった。南境にそびえる筑波(つくば)山と北方に連なる鶏足(とりあし)山地の間に開けた盆地を占める。北東端部の鏡ヶ池(かがみがいけ)に発する桜川が、ほぼ南西方に向かって市域を貫流し、東部は山地の山腹斜面、西部は桜川の低地と真壁台地からなる。北部をJR水戸線、国道50号、北関東自動車道が横断し、桜川筑西(ちくせい)インターチェンジがある。中心部は県道7号、41号などによってつくば市、筑西市と結ばれる。JR水戸線岩瀬駅と土浦を結んでいた筑波鉄道は1987年(昭和62)3月末で廃止された。桜川は古来桜の名所として知られ、磯部(いそべ)付近の桜川は謡曲『桜川』の舞台にもなった。現在、磯部稲村(いそべいなむら)神社参道一帯の桜(シロヤマザクラが中心)は国の名勝・天然記念物。市名もこの川名に由る。
 真壁町古城(ふるしろ)の真壁城は1172年(承安2)に築かれたといい、その後真壁氏一族の本拠地となった。1602年(慶長7)真壁氏は主家佐竹氏に従って出羽秋田に移り、1606年浅野氏が真壁城主となる。しかし、浅野氏は1622年(元和8)笠間(かさま)城(笠間市)に移り、真壁城は廃城となった(城跡は国指定史跡)。以降市域は笠間藩領などで推移。真壁城下(真壁町)は町屋村と古城村に分けられ、町屋村には笠間藩の陣屋が置かれた。また周辺農村の商品流通の拠点として市も開かれ、市街を形成。明治時代、東隣石岡(いしおか)市との境にそびえる加波山(かばさん)は自由民権運動の加波山事件の舞台となった。
 主産業は農業で、米、トマト、キュウリ、カボチャ、ユズなどを栽培。加波山からは良質の御影(みかげ)石が切り出され、灯籠(とうろう)、石碑などの石材品を生産する花崗岩(かこうがん)石材業が盛ん。電気、機械などの工場もある。筑波山、加波山は水郷筑波国定公園の一部。月山(がっさん)寺の網代笈(弁慶所持といわれる)、岩瀬町富谷(とみや)にある小山(おやま)寺(富谷観音)の三重塔はともに国指定重要文化財。面積179.78平方キロメートル、人口4万5673(2010)。[編集部]
〔東日本大震災の被害状況〕2011年(平成23)の東日本大震災での当市の被害状況は死者0名・行方不明者0名・重軽傷者8名・浸水面積0平方キロメートル・全壊住家数15棟・半壊住家数203棟・一部破損家数1901棟(浸水面積は国土地理院2011年4月18日公表のデータ、ほかは消防庁災害対策本部発表2011年11月11日17時現在のデータ)。

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