梅沢 浜夫(読み)ウメザワ ハマオ

20世紀日本人名事典 「梅沢 浜夫」の解説

梅沢 浜夫
ウメザワ ハマオ

昭和期の細菌学者,生化学者 東京大学名誉教授;微生物化学研究所長。



生年
大正3(1914)年10月1日

没年
昭和61(1986)年12月25日

出生地
福井県小浜市

学歴〔年〕
東京帝国大学医学部医学科〔昭和12年〕卒業

学位〔年〕
医学博士(東京帝国大学)〔昭和20年〕

主な受賞名〔年〕
朝日賞(昭33年度)〔昭和34年〕,科学技術庁長官賞科学技術功労者表彰〔昭和34年〕,文化勲章〔昭和37年〕,日本学士院賞〔昭和37年〕,藤原賞〔昭和46年〕,高松宮妃癌研究基金学術賞〔昭和51年〕,パウル・エーリッヒ賞〔昭和55年〕,グリッフェル賞〔昭和56年〕,勲一等瑞宝章〔昭和61年〕

経歴
昭和19年東京帝国大学助教授、東京帝国大学伝染病研究所所員、22年国立予防衛生研究所抗生物質部長、29年東京大学応用微生物研究所教授兼任、37年微生物化学研究所所長を歴任。戦争末期、わずかな外国文献を頼りにペニシリン分離に成功。戦後は日本の抗生物質研究を世界的水準に高めた貢献者。32年カナマイシンを発見。抗生物質研究の方法論を確立、制ガン剤開発への方向づけなど、その独創性は高く評価された。37年文化勲章受章。著書に「抗生物質の話」など。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

367日誕生日大事典 「梅沢 浜夫」の解説

梅沢 浜夫 (うめざわ はまお)

生年月日:1914年10月1日
昭和時代の細菌学者;生化学者。東京大学教授;微生物化学研究所長
1986年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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