横川 毅一郎(読み)ヨコカワ キイチロウ

20世紀日本人名事典 「横川 毅一郎」の解説

横川 毅一郎
ヨコカワ キイチロウ

大正・昭和期の美術評論家 新京芸術学院教授。



生年
明治28(1895)年2月28日

没年
昭和48(1973)年5月20日

出生地
長野県諏訪郡四賀村(現・諏訪市)

別名
筆名=三果

学歴〔年〕
東京美術学校図画師範科〔大正6年〕中退

経歴
早くから絵画に興味を持ち、上京して東京美術学校図画師範科に入学するが、大正6年に中退。「やまと新聞」「国民新聞」記者として活動したのち、14年「中央美術」編集長に就任し、雑誌の経営に当たるとともに東洋美術や日本画に関する論説を数多く発表。昭和4年の同誌休刊後も美術評論を続け、新古美術院東京研究所の講師や新京美術学校教授などを務めた。また、昭和5年には日本画家の中村蓬春や洋画家の中川紀元福田平八郎ら超党派の美術関係者による六潮会の結成に参加。第二次大戦中は時局と美術の関係を論じ、日本画を称揚した。戦後は評論活動から離れ、嘱託として東京タワーに勤務。その傍ら、日本画家川端龍子の研究を進め、「画家龍子」を著した。その他の著書に「支那画人伝」「福田平八郎」「現代美術を清算する」などがある。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

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