橋下徹(読み)ハシモトトオル

デジタル大辞泉 「橋下徹」の意味・読み・例文・類語

はしもと‐とおる〔‐とほる〕【橋下徹】

[1969~ ]政治家。東京の生まれ。早稲田大学卒業後、弁護士となる。その後、タレントとしてテレビ・ラジオなどに多く出演した。平成20年(2008)、大阪府と大阪市の二重行政を批判して府知事選に立候補当選行政の大胆なリストラを推し進め府議会と対立したが、平成22年(2010)に大阪維新の会結成し、翌平成23年(2011)の府議選・大阪市議選・市議選に勝利した。同年、府知事を辞任し大阪市長選に立候補、当選。

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百科事典マイペディア 「橋下徹」の意味・わかりやすい解説

橋下徹【はしもととおる】

政治家,弁護士。大阪市長。東京都渋谷区出身,大阪で育つ。大阪府立北野高校,早稲田大学政治経済学部卒業。1994年司法試験合格。1997年弁護士登録(大阪弁護士会)。TVのワイドショーなどに数多く出演,知名度をあげ,インターネット上でも人気を集めた。2008年1月大阪府知事選挙に出馬自由民主党推薦,公明党支持(いずれも府連レベル)もあって当選を果たし,大阪府知事に就任(1期)。財政非常事態宣言を出し,職員人件費削減,文化関連事業や私学助成カットなど歳出の徹底削減を実行する一方,全国学力テストで大阪府が2年連続して下位に低迷したことをとりあげて,〈教育非常事態宣言〉を出し,知事の教育行政への関与を明確化し徹底した教員管理を軸とした〈大阪府教育基本条例〉を提案した。さらに2010年〈大阪都構想〉を打ち出し,地域政党大阪維新の会をたちあげ代表に就任した。〈大阪都構想〉,〈教育基本条例〉などを争点として,2011年10月,大阪市長の任期満了に伴う市長選挙に出馬するために知事を辞任。同年11月のダブル選挙で,知事選では大阪維新の会幹事長松井一郎,市長選では自らが当選を果たした。〈国旗国家条例〉,〈教育管理〉などウルトラ右翼的政策と財政削減などの〈改革・革新的〉政策を,ポピュリズム的政治手法を駆使して打ち出す姿勢は,既成政党にあきたらず現状打破を求める大衆の気持ちを巧みに取りこむ効果をあげた。この勢いをかって,2012年9月,橋下は国政政党日本維新の会〉を,自民党民主党,みんなの党などからの離党議員を加えて結成。維新八策という政策基本方針を掲げ,統治機構,財政・行政・政治改革,教育改革などを唱え,設立後,太陽の党(旧たちあがれ日本),日本創新党が解党して合流した。当初は橋下が代表を務めたが,太陽の党合流に際して,石原慎太郎が代表に就任(橋下は代表代行)。2012年12月の衆議院選挙では石原・橋下の過激な政治批判・現状批判で有権者の気持ちを掴み,54議席を獲得,一躍国政第3党となった。2013年1月,石原・橋下の共同代表体制となった。2013年3月に発表した日本維新の会綱領(こうりょう)では,日本国憲法を〈日本を孤立と軽蔑の対象に貶め,絶対平和という非現実的な共同幻想を押し付けた元凶〉ときめつけて自主憲法制定を第一に掲げ,タカ派的姿勢を鮮明にした。橋下は5月13日,記者会見で,従軍慰安婦問題に関連して戦時には従軍慰安婦制度が必要だったという認識を示し,日本の従軍慰安婦問題だけが非難されるべきではないと発言,さらに沖縄駐留の米国海兵隊司令官に,兵士の性的エネルギーの発散場所として,米軍としての風俗業の活用を進言した,と述べた。この発言はただちに国際的に報道され,韓国,中国をはじめ米国政府からも厳しい非難と抗議を浴びた。橋下は米国政府および米国民に対しては,〈風俗業の活用〉発言を撤回・謝罪したが,従軍慰安婦についての発言は撤回も謝罪もせず,メディアによる誤報に責任転嫁する姿勢を取り続けた。この影響で日本維新の会の支持率は急落し7月の参院選挙では8議席にとどまった。橋下と維新の会の看板政策といえる〈大阪都構想〉についても,頼みの公明党が反対姿勢に転じたために頓挫,橋下は民意を問うとして2014年3月大阪市長の出直し選挙を敢行した。大阪市議会の過半数を占める公明・自民・民主・共産は選挙に大義はないとして対立候補を立てず,結果的に過去最低の投票率23.59%で橋下は再選されたが,〈大阪都構想〉の是非を問う選挙とはいいがたいものとなった。2014年1月から日本維新の会は江田憲司の結いの党と政策協議を開始,同年7月に日本維新の会を解党し結いの党と合併して維新の党を結成,江田とともに共同代表となった。2014年12月の衆議院選挙では,事前の敗北予想にもかかわらず,それまでの両党合計の42議席から1議席減の41議席にとどめ,国会で勢力を維持した。選挙後,橋下は〈大阪都構想〉実現に専念するため共同代表を辞任した。2015年5月17日,〈大阪都構想〉の賛否を問う住民投票が実施された。開票の結果,僅差で反対が賛成を上回り,大阪市の存続が決まった。5年余にわたって続いた都構想の議論は終結し,橋下は政界から引退する考えを示した。
→関連項目維新の党嘉田由紀子河野談話村山談話

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「橋下徹」の解説

橋下徹 はしもと-とおる

1969- 平成時代の弁護士,政治家。
昭和44年6月29日生まれ。北野高校時代ラグビー部に所属して全国高校ラグビー全国大会に出場,昭和63年には高校日本代表候補となる。平成9年大阪弁護士会に弁護士登録。10年橋下綜合法律事務所を設立。15年「行列のできる法律相談所」のレギュラーになるなど多くのTV番組に出演し人気となる。大阪府知事選へ自民党府連推薦・公明党府本部支持で立候補,20年第52代大阪府知事に就任。23年大阪市長。24年日本維新の会を立ち上げ代表,のち石原慎太郎平沼赳夫の太陽の党と合流して代表代行となる。26年大阪都構想をめぐって大阪市長を辞職し,市長選に再出馬して再選。同年石原慎太郎・平沼赳夫グループとは袂を分かち,結(ゆ)いの党と合併し,江田憲司とともに「維新の党」の共同代表となる。27年「大阪都構想」の賛否を問う住民投票に破れ,大阪市長満期をもって政界を引退すると発表。同年維新の党を離党し,「関西維新の会」を立ち上げる。東京都出身。早大卒。

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