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水戸・佐倉道 みとさくらどう

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世界大百科事典 第2版の解説

みとさくらどう【水戸・佐倉道】

江戸時代の街道。日光道中の千住宿で分岐し,さらに新宿(にいじゆく)で水戸道と佐倉道に分かれる。日光道中に付属し,水戸道は松戸宿,佐倉道は八幡宿まで道中奉行支配。水戸道は金町・松戸関,藤代,土浦などを経て水戸に至る。コースは慶長末年に画定し,組織も参勤交代制と平行して確立したと考えられている。街道は草原が多かったため,徳川光圀が貞享年中(1684‐88)に数ヵ所に並木を設け旅行の便を図っている。水戸藩など諸大名の参勤交代路として利用されたほか,小金牧における将軍の鹿狩路としても利用された。

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All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

世界大百科事典内の水戸・佐倉道の言及

【街道】より

…道中奉行の管理下にあったのは,東海道(品川~京都・大坂),中山道(板橋~守山,次の草津で東海道となる),日光道中(千住~日光),奥州道中(宇都宮~白河),甲州道中(内藤新宿~上諏訪,次の下諏訪で中山道に結ぶ)の五街道のほか,東海道と中山道を結ぶ美濃路(熱田~垂井),東海道の脇街道というべき佐屋路(熱田~桑名),本坂通(浜松~御油または吉田),山崎通(伏見~山陽道の西宮),中山道と日光道中を結ぶ例幣使道(倉賀野~壬生(みぶ)通の楡木へ),日光道中の脇街道というべき日光御成道(岩淵~岩槻を経て日光道中の幸手へ),壬生(みぶ)通(日光道中の小山から分かれ,飯塚,壬生等を経て日光道中の今市へ)がある。また千住から新宿(にいじゆく)・八幡(やわた)・松戸を経る水戸佐倉道はこの3宿だけが道中奉行の管轄であった。五街道およびそれに付属した道中奉行管轄の街道は,宿駅,道路,一里塚,渡船(渡し),並木等も整備され,宿駅には常備の人馬や旅籠(はたご)屋,茶店などがあって休泊の便を図った。…

※「水戸・佐倉道」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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