永地 秀太(読み)ナガチ ヒデタ

20世紀日本人名事典 「永地 秀太」の解説

永地 秀太
ナガチ ヒデタ

明治〜昭和期の洋画家



生年
明治6年7月15日(1873年)

没年
昭和17(1942)年12月14日

出生地
山口県下松市

学歴〔年〕
徳山中卒,明治美術会付属教場絵画科〔明治27年〕卒

主な受賞名〔年〕
レジオン・ド・ヌール勲章〔大正12年〕

経歴
本多錦吉郎の彰技堂に学んだのち、明治23年松岡寿に師事。35年中村不折らと太平洋画会を設立、同展に出品すると共に文展にも出品し、第3回文展に「静物」で褒状、第7回文展に「しぼり」で3等賞となる。この間、31年より陸軍中央幼年学校で教え、大正8年教授、9年退官し、9〜11年文部省在外研究員として渡欧。帰国後東京高芸教授に就任。また11年フランスのサロンへ日本美術品を出品するに際しその事務を嘱託され、翌12年同展の準備委員となる。13年下関市の依嘱で「日清講和談判図」を制作。第5回帝展から数回審査員を務めた。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

今日のキーワード

焦土作戦

敵対的買収に対する防衛策のひとつ。買収対象となった企業が、重要な資産や事業部門を手放し、買収者にとっての成果を事前に減じ、魅力を失わせる方法である。侵入してきた外敵に武器や食料を与えないように、事前に...

焦土作戦の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android