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池田瑞仙(初代) いけだ ずいせん

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

池田瑞仙(初代) いけだ-ずいせん

池田独美(いけだ-どくび)

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

池田瑞仙(初代)

没年:文化13.9.6(1816.10.26)
生年:享保20.5.22(1735.7.12)
江戸中期の医者。周防国(山口県)玖珂郡通津村生まれ。名は独美,字は善卿,錦橋と号した。曾祖父池田正直は岩国に滞在した明人戴曼公(独立)より治痘法を学んだ。瑞仙は早くに父を失い,母に育てられて成長し,父の弟の槙本坊詮応に句読を受け,岩国藩医桑原玄忠に医学特に痘科を学んだ。しかるに岩国藩は痘瘡への禁制が厳重で,罹患者は郊外に隔離する風習があって患者が多発せず,かえってその医術を実地に試みることが困難であった。宝暦12(1762)年母と共に移った安芸国厳島で痘瘡が流行,その法を施して大いに効があった。のち大坂,京都で名声を得て,寛政9(1797)年1月江戸幕府に出仕。幕府は医学館に痘科を新設し,瑞仙を医官に任じて書を講じさせた。酒を好み,晩年は蟾翁と号し,好んでガマの自画像を描いた。正妻には子がなく,養子の霧渓が業を継いで瑞仙を襲名,幕府医官となった。また妾腹に1男2女があり,そのうちの瑞英は別家を立て,諸国を遊歴して治痘に努めた。<著作>『痘疹戒草』『新刊痘科鍵』『痘科鍵冊正補注』<参考文献>田中助一『防長医学史』,富士川游『日本医学史』

(田中助一)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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