浜田 国松(読み)ハマダ クニマツ

新訂 政治家人名事典 明治~昭和 「浜田 国松」の解説

浜田 国松
ハマダ クニマツ


肩書
衆院議長,政友会総務

別名
号=孤松

生年月日
慶応4年3月10日(1868年)

出生地
伊勢国宇治山田(現・三重県伊勢市)

学歴
東京法学院(現・中央大学)〔明治24年〕卒

経歴
弁護士から政界に入り、明治37年以来衆院議員に当選12回。立憲国民党革新倶楽部立憲政友会に所属。この間、大正6年衆院副議長、14年政友会総務、昭和2年田中義一内閣の司法政務次官、9〜11年衆院議長をつとめた。同じ三重2区の“憲政神様尾崎行雄とともに、清廉な政治家として憲政の擁護尽力。自由主義的雄弁家として知られ、12年第70議会で寺内寿一陸相に腹切りを賭けて発言の誠実さを問うた、“腹切り問答”で一躍有名になった。

没年月日
昭和14年9月6日

出典 日外アソシエーツ「新訂 政治家人名事典 明治~昭和」(2003年刊)新訂 政治家人名事典 明治~昭和について 情報

20世紀日本人名事典 「浜田 国松」の解説

浜田 国松
ハマダ クニマツ

明治〜昭和期の政治家 衆院議長;政友会総務。



生年
慶応4年3月10日(1868年)

没年
昭和14(1939)年9月6日

出生地
伊勢国宇治山田(現・三重県伊勢市)

別名
号=孤松

学歴〔年〕
東京法学院(現・中央大学)〔明治24年〕卒

経歴
弁護士から政界に入り、明治37年以来衆院議員に当選12回。立憲国民党、革新倶楽部、立憲政友会に所属。この間、大正6年衆院副議長、14年政友会総務、昭和2年田中義一内閣の司法政務次官、9〜11年衆院議長を務めた。同じ三重2区の“憲政の神様”尾崎行雄とともに、清廉な政治家として憲政の擁護に尽力。自由主義的雄弁家として知られ、12年第70議会で寺内寿一陸相に腹切りを賭けて発言の誠実さを問うた、“腹切り問答”で一躍有名になった。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

367日誕生日大事典 「浜田 国松」の解説

浜田 国松 (はまだ くにまつ)

生年月日:1868年3月10日
明治時代-昭和時代の弁護士;政治家。衆議院議員・議長
1939年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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