浮・泛(読み)うかぶ

精選版 日本国語大辞典 「浮・泛」の意味・読み・例文・類語

うか・ぶ【浮・泛】

[1] 〘自バ五(四)〙
[一] 物事が底・基盤についていない状態、ふらふらと漂っているような状態になることをいう。うかむ。浮く。⇔沈む
① 物が液体の表面にある。また、水底地面などから離れて水中空中にある。船に乗って動くことにもいう。
万葉(8C後)一一・二七三四「潮満てば水沫(みなわ)に浮(うかぶ)細砂(まなご)にも吾はなりしか恋ひは死なずて」
② ある物事に動いて定まらない状態が現われる。多く助動詞「たる(たり)」を伴って用いる。
(イ) 気持などが落ち着かず、不安定な状態の場合。
源氏(1001‐14頃)帚木「女の宿世(すくせ)はいとうかびたるなんあはれに侍る」
(ロ) 浮わついて気持が他にひかれる状態の場合。
※源氏(1001‐14頃)夕顔「うかびたる心のすさびに、人をいたづらになしつるかごと負ひぬべきが、いとからきなり」
(ハ) 根拠がなくいい加減である状態の場合。
※源氏(1001‐14頃)東屋「ようも案内(あない)せでうかびたることを伝へけるとのたまふに」
③ 陽気になる。多く「浮かばない」の形でいう。→うかぬ(浮)
赤痢(1909)〈石川啄木〉「心配気な、浮ばない顔色をして」
[二] 物事が奥底から表面に出てくる。また、ある基準より上の状態にいく。うかむ。浮く。
① 水中から水面の方へ出てくる。浮き上がる。
※兼好法師集(1349頃か)「ふねしあればちびきのいしもうかぶてふちかひのうみに浪たつなゆめ
② 物事が表面に現われる。見えなかったものがはっきり見えるようになる。
(イ) 物事が外面に現われる。外から見えるようになる。
蜻蛉(974頃)下「あやしうも心ぼそう、涙うかぶ日なり」
(ロ) 意識に出てくる。心に思い起こされる。思いつかれる。
更級日記(1059頃)「これを見るよりほかの事なければ、おのづからなどは、空におぼえうかぶを、いみじきことに思ふに」
※人情本・恩愛二葉草(1834)三「ふっと浮(ウカ)びし悪心より」
(ハ) まわりのものから区別されて、物がよく見えるようになる。また、証拠などで物事がはっきりしてくる。「容疑者が浮かぶ」
※三嶋千句(1471)一〇「おぼろなる鐘や月をもをくるらん ふもとの雨にうかふ山の端」
③ (現在では、多く可能を表わす「れる」を伴って、「うかばれる」の形でいう。→うかばれる) 良い状況になる。
(イ) 苦しい境遇から抜け出る。運が開ける。また、立身出世する。
躬恒集(924頃)「いづみにてしづみはてぬとおもひしを今日ぞあふみにうかぶべらなる」
※源氏(1001‐14頃)澪標「御子どもなどしづむやうにものし給へるを、みなうかび給ふ」
(ロ) 死者の霊が迷いから抜け出てやすらかになる。成仏する。
※兼澄集(1012頃)「なきたまははちすのうへにうかばなむなみだのつゆもゆきやかよふと」
(ハ) 迷っている人が救われる。解脱する。
※梁塵秘抄(1179頃)二「阿彌陀仏と申さぬ人は淵の石、劫は経れどもうかぶ世ぞなき」
[2] 〘他バ下二〙 ⇒うかべる(浮)
[語誌]類義語として「うく」があり、ともに上代から用例があるが、訓点資料では「うく」は用いられないようである。ともに自動詞として四段、他動詞として下二段に活用するが、下二段の「うく」は例が多くはなく、他動詞としては今日の「うかべる」につながる下二段の「うかぶ」が有力であった。

うか・べる【浮・泛】

〘他バ下一〙 うか・ぶ 〘他バ下二〙 ⇔沈める
① ものを、水面や空中に浮かぶようにする。浮かばせる。また、比喩的に、ふわふわと落ち着かない状態にする。
※万葉(8C後)五・八四〇「春柳かづらに折りし梅の花誰か有可倍(ウカベ)しさかづきの上(へ)に」
② 物事を表面に表わす。
(イ) 外面に表わす。「えみを浮かべる」
※観智院本三宝絵(984)下「ただ大ならむ鏡を仏の前にかけて影をうつしてをがみ給へ〈略〉影を浮ふるは法身なり」
※十訓抄(1252)七「人々目をすまし哀をうかべたるに」
(ロ) 意識にのぼせる。思い起こす。思いつく。
※琴のそら音(1905)〈夏目漱石〉「今、眼の前に露子の姿を浮べて見ると」
③ 暗記する。暗唱する。
※宇津保(970‐999頃)楼上上「千字文習はし奉り給しかば、やがて一日に聞きうかべ給ふ」
④ 十分に知る。熟知する。また、芸事などに熟達する。〔日葡辞書(1603‐04)〕
⑤ 良い状況にさせる。
(イ) 苦しい境遇から助け出す。また、立身出世させる。浮かばせる。
※元真集(966頃か)「きみをだにうかべてしがななみだがはしづむなかにもふちせありやと」
(ロ) 死者の霊が迷いから抜け出て安らかになるようにする。成仏させる。浮かばせる。
(ハ) 迷っている人を救う。救済する。済度する。
※発心和歌集(1012)「かくばかりそこゐもしらぬ我やみに沈ん人を浮へてしかな」

出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報

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