清元延寿太夫(初代)(読み)きよもと えんじゅだゆう

  • 清元延寿太夫(初代) きよもと-えんじゅだゆう

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

1777-1825 江戸時代後期の浄瑠璃(じょうるり)太夫。
安永6年生まれ。初代富本斎宮(いつき)太夫に師事し,2代目をつぐ。富本をはなれ,文化11年清元延寿太夫と名のり,清元節を創始。文政7年延寿斎とあらためる。生来美声庶民の好みにあった曲節で清元節の基礎をかためたが,文政8年5月26日暗殺された。49歳。江戸出身。岡村。通称は吉五郎。前名は豊後路清海(ぶんごじ-きよみ)太夫。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

朝日日本歴史人物事典の解説

没年:文政8.5.26(1825.7.11)
生年:安永6(1777)
江戸後期の清元節の初代家元。江戸横山町の茶油商に生まれる。本名岡村吉五郎。初代富本斎宮太夫(のち延寿斎)の高弟で2代目斎宮太夫を襲名。2代目富本豊前太夫と不和になり,文化9(1812)年富本を退き豊後路清海太夫の名で一派を樹立,11年清元延寿太夫と改名して清元節を創設した。「保名」(1818)の成功に際し「都座に過ぎたるものが二つあり延寿太夫に鶴屋南北」と落首によまれる。ほかに「須磨」「累」「山姥」などを好演。生来の美音に加え,庶民の好みや時代の要求を取り入れ清元節隆盛の基礎をおく。半面,浄瑠璃を語りくずして下品にしたともいわれた。文政7(1824)年剃髪して清元延寿斎と号した。翌年劇場からの帰途刺殺される。富本方に嫌疑がかかったが,犯人は不明。妻のお悦も清元節の名手。<参考文献>忍頂寺務『清元研究』,竹内道敬「初世清元延寿太夫の謎」(『近世芸能史の研究』)

(竹内有一)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

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