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瀬川如皐(3代) せがわ じょこう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

瀬川如皐(3代) せがわ-じょこう

1806-1881 江戸後期-明治時代の歌舞伎作者。
文化3年生まれ。5代鶴屋南北の門下。嘉永(かえい)3年中絶していた如皐の3代を襲名。嘉永のころが全盛期。明治14年6月28日死去。76歳。江戸出身。通称は吉兵衛。前名は絞(しぼり)吉兵衛,3代姥尉輔(うばじょうすけ),藤本吉兵衛。俳名は斗文,吐蚊(とぶん)。作品に「東山桜荘子」「与話情浮名横櫛(よわなさけうきなのよこぐし)」など。

出典|講談社
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朝日日本歴史人物事典の解説

瀬川如皐(3代)

没年:明治14.6.28(1881)
生年:文化3(1806)
幕末明治初期の歌舞伎狂言作者。本名吉兵衛。俳名斗文,吐蚊。号馬道の狂言堂。自伝によると,幼いころ4代目鶴屋南北(大南北)に出会い,草双紙に親しみ劇場に出入りしていたことから,セリ呉服商の傍ら,5代目鶴屋南北の門に入り,天保8,9(1837,38)年中村座で絞吉平を名乗る。両親の死後,作者に専心し,同13年3代目姥尉輔の名で初出勤。同15年藤本吉兵衛と改め,嘉永1(1848)年立作者となり,同3年瀬川如皐を継いだ。講談や合巻の脚色物を得意とし,4代目市川小団次と提携して「東山桜荘子」(「佐倉義民伝」),「与話情浮名横櫛」(「切られの与三」)などで評判をとり,歌舞伎種の合巻も書いた。晩年はライバル河竹新七(黙阿弥)に押され,明治の新気運にも乗れず,不遇に終わった。4代目は川村太一が明治30(1897)年襲名,5代目は4代目の子川村千臣が名乗って,関西で活躍した。<参考文献>仮名垣魯文編『粋興奇人伝』,関根只誠関根正直『名人忌辰録』,河竹繁俊『歌舞伎作者の研究』,郡司正勝「瀬川如皐の自伝」(『かぶきの発想』)

(安田文吉)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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