(読み)くるう

精選版 日本国語大辞典 「狂」の意味・読み・例文・類語

くる・う くるふ【狂】

〘自ワ五(ハ四)〙 精神、動作、状態などが正常、通常と違うようになる。
① 神霊や物の怪(け)がとりつく。神がかりする。また、そのために精神や動作が正常でなくなる。
※霊異記(810‐824)下「卜者(かみなぎ)に託(クルヒ)て言はく『其の産める二つの石は、是れ我が子なり』といふ」
読本春雨物語(1808)死首のゑがほ「おのれ等狐のつきて狂ふか」
精神状態が正常でなくなる。
※書紀(720)垂仁五年一〇月(北野本訓)「若し狂(クルヘ)る婦(めのこ)有りて、兄の志を成すものならば」
智恵子抄(1941)〈高村光太郎〉風にのる智恵子「狂った智恵子は口をきかない」
③ 常軌を逸して激しく動く。
(イ) 舞や芸事などを演じて、激しく動く。激しい踊をする。転じて、単に舞踊をする意にも用いる。
風姿花伝(1400‐02頃)二「いかにも物おもふけしきを本意にあてて、くるふ所を花にあてて、心を入てくるへば」
(ロ) あばれる。あばれまわる。
※大慈恩寺三蔵法師伝永久四年点(1116)四「溷(かはや)の中之(の)(クル)へる豕の譬(こと)し」
平家(13C前)四「たのむところは腰刀、ひとへに死なんとぞくるいける」
④ 我を忘れて、ある物事に熱中する。
(イ) 夢中になる。一途に、ある物事にふける。
※薩摩入来院家文書‐建長二年(1250)一〇月二〇日・渋谷定心置文案「なをそのこころありて、くるう事あらは」
(ロ) とくに、色事に熱中する。密通・姦通をする。
※浮世草子・世間娘容気(1717)六「中間の角平と狂(クル)はれ、夜ぬけにして二人づれで所を立のかれしが」
⑤ じゃれつく。ふざける。たわむれかかる。
随筆戴恩記(1644頃)上「あまたの小姓衆いかほどくるへども少もしかりたまはず」
⑥ 物事が、正常、通常の状態や予定などと違った状態になる。
(イ) 正常な状態と違うようになる。乱れる。
日葡辞書(1603‐04)「クニガ curù(クルウ)
当世書生気質(1885‐86)〈坪内逍遙〉三「リイゾン 道理を弁別する力 もよっぽど狂(クル)って居るヨ」
(ロ) 予定や見込みなどが違ったものになる。はずれる。ずれる。
※狂歌・徳和歌後万載集(1785)三「おかしげにくるへる菊の花見んとたちよれる人の腹や把ゑん」
道草(1915)〈夏目漱石〉八〇「日取りが狂(クル)って予期より早く産気づいた細君は」
[補注]②も、古くは、①のような原因、理由を意識していたものと思われる。また、③(イ) も、歌舞の呪術的性格から、同様に考えられる。なお、語源は、神がかりして激しく旋回運動をする動作から、回転するさまをいう「くるるに」と同じか。

くるい くるひ【狂】

[1] 〘名〙 (動詞「くるう(狂)」の連用形の名詞化)
① 精神、考え、動作などが正常でなくなること。また、正常とは思えない考えや動作をすること。
※書紀(720)斉明三年九月(北野本訓)「有間皇子、性(ひととなり)(さとり)て、陽(うほい)(クルヒ)すと」
② (狂ったように動く意から) たわむれること。たわむれ。遊び。
※信長公記(1598)一二「四月八日、御鷹野へ御出(おんいで)、古池田東の野にて御狂(クルイ)これあり」
③ 物事が正常、通常の状態や予定、見込みなどと違うようになること。
(イ) 状態、調子などが正常でなくなること。正確でなくなること。
和英語林集成(初版)(1867)「コノ ハシラ ハ kurui(クルイ)ガ デタ」
(ロ) 予定、見込み、あてなどがはずれること。
多聞院日記‐天正一〇年(1582)七月七日「以上如此雖相定、欲まきれ又種々可之。子息達大勢在之。何も詮に不之、くるい可出来歟」
④ 能で、ものに憑かれたように激しく舞い、苦しみや悲しみを表現すること。また、その舞。
※風姿花伝(1400‐02頃)二「これ体なる修羅のくるひ、ややもすれば、鬼の振舞になる也」
[2] 〘接尾〙 (多く「ぐるい」の形で) 名詞について、そのことに夢中になり、狂ったような状態になるさまを表わす。
※玉塵抄(1563)一二「幽王褒姒と云美人ぐるいに政をたやいてせられぬ天がにくんで日月の吉凶もみだれたぞ」

きょう キャウ【狂】

〘名〙
① くるうこと。気がちがうこと。常軌を逸すること。また、その人。
※大観本謡曲・賀茂物狂(室町末)「これも狂もよく念へば聖といへり」
※当世書生気質(1885‐86)〈坪内逍遙〉六「我輩夙にここに見あり、狂(キャウ)と呼び痴と喚ぶ。敢て管せず」 〔書経‐多方〕
② 志が大きくて、細事をかえりみないこと。〔論語‐子路〕
③ 「きょうげん(狂言)」の略。
※糺河原勧進猿楽日記(1464)「初日。〈四日〉相生〈狂。三の丸長者〉八嶋〈さるひき〉」
④ (名詞のあとに付けて) 一事にひどく熱中すること。また、その人。マニア。「野球狂」「映画狂」など。
若い人(1933‐37)〈石坂洋次郎〉上「サイン狂の一生徒が間崎にみせた署名帳には」

くるおし・い くるほしい【狂】

〘形口〙 くるほし 〘形シク〙 (動詞「くるう」の形容詞化したもの) 今にも気が狂ってしまいそうである。また、常軌を逸していてまともでない。くるわしい。多く、「ものぐるおし」の形で用いられる。
金光明最勝王経音義(1079)「狂 久留保之」
※邪宗門(1909)〈北原白秋〉朱の伴奏・狂人の音楽「狂ほしきオラの唸」
くるおし‐げ
〘形動〙
くるおし‐さ
〘名〙

くるわ・す くるはす【狂】

[1] 〘他サ五(四)〙
※改正増補和英語林集成(1886)「Kuruwashi, su クルワス」
※東大寺本大般涅槃経平安後期点(1050頃)二二「但だ是れ虚炎の人の眼目を誑(クルハス)なり」
[2] 〘他サ下二〙 ⇒くるわせる(狂)

くるわし・い くるはしい【狂】

〘形口〙 くるはし 〘形シク〙 精神に異常をきたしたように見える。正気でなくなってしまいそうなさまである。正常でない。くるおしい。
※家族会議(1935)〈横光利一〉「狂はしい過渡期の変転を切り抜けようとしてゐるかのやうであった」
[補注]古くは、多く「ものぐるはし」の形で用いられる。
くるわし‐げ
〘形動〙
くるわし‐さ
〘名〙

くるわ‐・せる くるは‥【狂】

〘他サ下一〙 くるは・す 〘他サ下二〙 「くるう」の他動詞形。
① 考えや気持を正常でないようにする。〔和英語林集成(初版)(1867)〕
② 精神に異常をきたしたような激しい動作をさせる。激しく舞わせる。くるわす。
※大観本謡曲・桜川(1430頃)「桜川に花の散ると申し候へば狂ひ候程に、狂はせて御目にかけうずるにて候」
③ 一般的に、正常な状態でなくする。乱す。合わないようにする。また、予定や見込み、ねらいなどをはずれさせる。くるわす。「足並みを狂わせる」「時計を狂わせる」
※青年(1910‐11)〈森鴎外〉一〇「併しその予算を狂はせれば、貸されない事はない」

きょう‐・する キャウ‥【狂】

〘自サ変〙 きゃう・す 〘自サ変〙 (「きょうずる」とも)
① 精神状態が尋常でなくなる。正気を失う。逆上する。
※観智院本三宝絵(984)上「心は酔へる象の如し。狂してつなぎ難し」
② 狂ったように秩序なくはげしく動きまわる。常軌を逸して夢中になる。
※謡曲・班女(1435頃)「風狂じたる秋の葉の、心もともに乱れ恋の」

ふ・れる【狂】

〘自ラ下一〙 ふ・る 〘自ラ下二〙
① ものごとが常軌を逸する。普通でなくなる。
※幸若・夜討曾我(室町末‐近世初)「三日三夜の酒宴は殊ふれたる遊哉」
② (「気がふれる」の形で) 頭が正常でなくなる。気がくるう。
※少年行(1907)〈中村星湖〉一五「お前気でも狂(フ)れはしなんだかい?」

くるお・す くるほす【狂】

〘他サ四〙 (「くるう(狂)」の他動詞形) 正常でなくならせる。気が狂ったようなふるまいをさせる。
※古事記(712)中・歌謡「酒(くし)の司(かみ) 常世にいます 石(いは)立たす 少名御神の 神寿(ほ)き 寿き 玖流本斯(クルホシ)

たぶ・る【狂】

〘自ラ下二〙 気がおかしくなる。正気でなくなる。
※万葉(8C後)一七・四〇一一「多夫礼(タブレ)たる 醜(しこ)つ翁の 言だにも 吾には告げず」

きょう‐・す キャウ‥【狂】

〘自サ変〙 ⇒きょうする(狂)

くるおくるほし【狂】

〘形シク〙 ⇒くるおしい(狂)

くるわくるはし【狂】

〘形シク〙 ⇒くるわしい(狂)

ふ・る【狂】

〘自ラ下二〙 ⇒ふれる(狂)

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デジタル大辞泉 「狂」の意味・読み・例文・類語

きょう〔キヤウ〕【狂】

くるうこと。気がちがうこと。
「―と呼び、痴とぶ。敢て管せず」〈逍遥当世書生気質
名詞の下に付いて、その事に熱中する人の意を表す。マニア。「競馬
[類語]物好き酔狂好事家こうずかおたく狂い気違いディレッタントマニアマニアック病的クレージーいかれる神経質凝り性モノマニアモノマニアック偏執狂執念深いアブノーマル異常異様狂的つうこだわりこだわる道楽れ者凝り屋執拗しつようしつこいサブカルチャー

きょう【狂】[漢字項目]

常用漢字] [音]キョウ(キャウ)(漢) [訓]くるう くるおしい
気がくるう。「狂気狂人狂乱発狂
行為などが正常の域を外れる。正気とは思えないさまである。「狂喜狂信狂騒狂態狂奔酔狂熱狂
こっけいな。「狂歌狂句狂言狂詩
激しくひどい。荒れくるう。「狂風狂瀾きょうらん

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世界大百科事典(旧版)内のの言及

【精神病】より

…精神の異常ないし病的状態は人類の歴史とともに古い。古代ギリシア・ローマの時代にはすでに,〈神聖病〉と呼ばれた癲癇(てんかん),黒胆汁の過剰によると説明されたメランコリア,狂乱状態を示すマニア,子宮(ヒュステラ)が体内で動き回る婦人病としてのヒステリーなどが知られていた。これらが〈精神病〉という総称のもとに体系化されるのは,精神医学がやっと自立の活動をみせる19世紀になってからで,〈精神病Psychose〉の語も1845年にウィーン大学のフォイヒタースレーベンE.von Feuchterslebenがその著《心の医学の教科書》で初めて使ったとされる。…

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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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