わいせつ罪(読み)わいせつざい

日本大百科全書(ニッポニカ) 「わいせつ罪」の意味・わかりやすい解説

わいせつ罪
わいせつざい

猥褻(わいせつ)な行為を行い性的自由または性道徳を害する罪。

本罪の本質

刑法第二編第22章の「わいせつ、強制性交等及び重婚の罪」の章は以下のような猥褻行為に関する罪を設けている。公然わいせつ罪(174条)、わいせつ物頒布等罪(175条)、強制わいせつ罪(176条)、強制性交等罪(177条)、準強制わいせつ及び準強制性交等罪(178条)、監護者わいせつ及び監護者性交等罪(179条)、第176条~179条の罪の未遂罪(180条)、強制わいせつ等致死傷罪(181条)、淫行勧誘罪(182条)、重婚罪(184条)がそれである。刑法は、これらの罪が性にかかわる罪であり、社会法益としての健全な性道徳または性風俗を害する点で共通性があるものという考え方にたっている。しかし、今日の学説では、このうち、強制わいせつ罪、強制性交等罪は個人の性的自由を侵害する点に本質があるし、淫行勧誘罪もこれに重点があるものと理解する考え方が支配的である。また、重婚罪は、一夫一婦制を基本とする婚姻制度の保護を目的とする罪と考える見解が支配的である。なお、公然わいせつ罪とわいせつ物頒布等罪についても、通説、判例のように健全な性道徳・性風俗に対する罪と理解するのではなく、むしろ公衆の性的感情に対する罪と解する見解が有力である。

[名和鐵郎 2018年1月19日]

現行法の規定と解釈

公然わいせつ罪、わいせつ物頒布等罪に関する規定は次のようである。公然わいせつ罪とは、「公然とわいせつな行為をする罪」であり、6月以下の懲役もしくは30万円以下の罰金または拘留もしくは科料に処せられる(刑法174条)。わいせつ物頒布等罪は、「わいせつな文書、図画、電磁的記録に係る記録媒体その他の物を頒布し、または公然と陳列」する罪であり、2年以下の懲役または250万円以下の罰金もしくは科料に処せられ、または懲役および罰金を併科される。電気通信の送信によりわいせつな電磁的記録その他の記録を頒布した者も、同様である(同法175条)。また、有償で頒布する目的で、前記の物を所持し、または前記の電磁的記録を保管した者も、同様に処罰される(同法175条2項)。

 まず、これらの罪では、「わいせつ」の概念が共通の問題となる。判例は、「徒(いたず)らに性欲を興奮又は刺激せしめ且つ普通人の正常な性的羞恥(しゅうち)心を害し善良な性的道義観念に反する」ことと定義しており、学説もこれを支持する人が多い。この猥褻性は一般社会人を前提とする社会通念により判断される。ただ、何が猥褻にあたるかは相対的であり、不明確すぎるという批判もある。そのため、とくに猥褻性と芸術性との関係につきしばしば争われる。すなわち、エロ・ショーなどの公演が公然わいせつ罪にあたるか、また、性に関する書物、映画、写真などがわいせつ物頒布等罪にあたるか、が文芸裁判として争われている。たとえば、小説ではローレンスの『チャタレイ夫人の恋人』(猥褻文書販売。1957年有罪判決)やサドの『悪徳栄え』(猥褻文書販売、同所持。1969年有罪判決)など、映画では『黒い雪』(猥褻図画公然陳列被告事件。1969年無罪判決)などがそれである。

[名和鐵郎 2018年1月19日]

猥褻性と芸術性

文芸作品はかりに猥褻な表現がその一部に含まれていても、その文学性や芸術性のゆえに刑法上のわいせつ罪の適用を免れうるか。この点につき、判例や多くの学説は両者が次元を異にするという理由から、猥褻な表現が一部であれ含まれている以上、いかに芸術性が高くてもわいせつ罪の適用を免れないと解している。これに対して、学説のなかには、憲法の保障する表現の自由などを根拠に、両者は同次元の問題であり、全体的考察が必要であるとして、芸術性が高ければ高いほど猥褻性は減殺されるから、本罪の成立は否定されるべきである、とする見解もある。

[名和鐵郎 2018年1月19日]

『奥平康弘・環昌一・吉行淳之介著『性表現の自由』(1986・有斐閣)』『中山研一著『刑事法研究第5巻 わいせつ罪の可罰性』(1994・成文堂)』『伊藤整著『裁判』上・下巻(1997・晶文社)』

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改訂新版 世界大百科事典 「わいせつ罪」の意味・わかりやすい解説

わいせつ罪 (わいせつざい)

猥褻(わいせつ)〉に関わる犯罪の総称で,犯罪学上性犯罪といわれる一群の犯罪にほぼ相当する。それは,以下のように大別できる(なお,1995年刑法の表記現代化にともない,従来の〈猥褻罪〉を〈わいせつ罪〉と改めた)。(1)公然わいせつ罪 公然とわいせつな行為を行う罪で,刑は6ヵ月以下の懲役もしくは30万円以下の罰金または拘留もしくは科料(刑法174条)。(2)わいせつ物頒布罪等 わいせつな文書,図画その他の物を頒布,販売,公然陳列または販売目的で所持する罪で,刑は2年以下の懲役または250万円以下の罰金もしくは科料(175条)。(3)強制わいせつ罪および強姦罪 前者は強制してわいせつな行為を行う罪であり(176条。くわしくは〈強制わいせつ罪〉の項参照),後者は強制的に姦淫する罪である(177条。くわしくは〈強姦〉の項参照)。両者とも親告罪である。(4)そのほか,各種の法律(風俗営業法,売春防止法,軽犯罪法など)や条例(青少年保護条例,屋外広告物条例,めいわく防止条例など)でも罰則が設けられている。

 強制わいせつと強姦の罪は個人の性的自由と尊厳を保護することを目的とし,間接に社会の性的秩序の保護を図っているのに対して,公然わいせつとわいせつ物頒布等の罪は,社会の性的道徳秩序の維持を直接の目的とするから,ときには,関係者の意思に反した規制を強いることとなり,逆に,これらの罪が犯された場合には関係者は自分の意思でこれに加わっており,被害感情を持った個人がとくにいないという意味で,被害者なき犯罪とも呼ばれる。

 社会の性的な道義観念を維持する法律には,単なる刑罰の威嚇だけでなく,検閲や,各種の禁止などの行政処分を定めたものも少なくない。とくに戦前の日本では,わいせつ物等に対する取締りは行政警察権限の行使が主であって,刑事罰はそれの背景となっていた。第2次大戦後には,検閲が禁止され,警察組織が分解され,行政警察から司法警察への転換が計画されたので,刑事罰が前面に出ている。また,戦前の各種の個別的な刑罰法規も数多く廃止されたので,刑法が適用される事例が多い。最高裁判所は《チャタレー夫人の恋人》事件判決中で,特別法である旧出版法,新聞紙法が廃止されたので,その部分は一般法である刑法175条を適用すると述べて,適用領域の拡大を支持した。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

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