現状維持(読み)げんじょういじ(英語表記)a policy of the status quo

精選版 日本国語大辞典 「現状維持」の意味・読み・例文・類語

げんじょう‐いじ ゲンジャウヰヂ【現状維持】

〘名〙 現状を変えないでそのまま保つこと。
※吃逆(1912)〈森鴎外〉「過去に拘泥しては駄目だ。現状維持(ゲンジャウヰヂ)では駄目だ」

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改訂新版 世界大百科事典 「現状維持」の意味・わかりやすい解説

現状維持 (げんじょういじ)
a policy of the status quo

現状維持とは,歴史のある特定の時点に存在する状態を維持することをいう。国際法や外交史において厳密に定義されることなしにしばしば使用されてきた概念であり,そのため内容は多岐にわたる。

 〈現状status quo〉という概念は,かつては戦争のもつ法的効力とむすびつけて論じられてきた。その場合論点は,占領軍の撤退後,領土の主権が開戦前の状態status quo ante bellumに復帰されるべきか,それとも戦争が終了した時点での状態を,国際法上の当面の拘束力のあるものとみなすべきかにあった。しかし,やがてより一般的に,特定時点での力の配分状態を意味し,その維持を目的とする政策を指す外交用語となった。その引照基準は,講和条約で規定された戦争終了時点である。講和条約は戦争の勝敗にともなう力の配分の変動を法的に規定したものであるから,現状維持政策とは,しばしば大戦を終了させた講和条約あるいはその保障装置としての国際組織に定められた,ある地域の全体秩序や政治的諸関係の安定,維持,保障として見受けられる。事実,ナポレオン戦争の平和処理後の神聖同盟,第1次大戦後の国際連盟,第2次大戦後の国際連合はその典型例であった。したがってそれは,国際政治の状態に概して満足している国々がそれを守ろうとする政策であり,勢力均衡の破綻など勢力関係の根本的な変動を阻止するというのにとどまる。一般に現状維持の立場は,現状変革のそれとは異なり,それ自体の正統性を示す必要はないが,変革勢力が強くなったときには,自己の正統性と必要性とを宣伝するために平和とか秩序などのイデオロギーを利用する。その意味で内政における保守主義に似ている。

 しかし現状維持政策には根本的な限界がある。第1に,それがなんらかの既得権益を擁護する機能をもつ以上,旧権益の回復や新権益の獲得を目ざす対抗勢力の攻撃目標に容易になりやすいことである。この場合,現状維持勢力が既得権益を脅かされたとして強圧的に対処すれば,国際緊張を高め,結果的に現状の変更につながりかねない。第1次大戦後ドイツの旧権益の回復の試みにたいして,フランスがベルサイユ条約を盾にとって抵抗したこと,また戦間期には,同条約の領土条項および連盟規約第10条にあるその保証をめぐって現状に賛成する側と反対する側との間に闘争がなされたが,結果的には後者のファシズム勢力である日本,ドイツ,イタリアの国際連盟脱退を招き,その激しい現状変革の欲求を助長したのはその一例である。

 第2に,方法としては,勢力均衡の安定化か圧倒的なヘゲモニーの掌握が考えられるが,いずれもそれ自体が変動の可能性を内在させており,目的と手段とが矛盾している。1879年ビスマルクのドイツは,ヨーロッパにおいて新たにかち得た支配的地位を保護するために,オーストリアと相互防衛同盟をむすんだ。フランスとロシアはこれに対抗して,1894年に防衛同盟に入った。現状の変更を意図しているのではないかとの相互の疑惑と恐怖の悪循環が生じ,それが軍拡競争をもたらして,やがて第1次世界大戦勃発の主要な一要因となったのはその一例にすぎない。

 第3に,現状の変更は各国の国内情勢の変化によっても起こりうる。経済発展や革命による体制変化は,国際的勢力分布に大きい影響を与える。とくに革命を阻止しようとすれば,1956年のソ連のハンガリー介入,65年のアメリカのベトナム介入,68年のソ連のチェコスロバキア介入,81年のポーランド自主管理労組〈連帯〉への圧力のように,内政干渉を行わざるをえなくなるが,その効果は限られている。ある時期につくられた現状は変化せざるをえないのである。したがって現状維持政策をとる国の外交にとっての重要な課題は平和的変更である。この意味で,ヘルシンキに会したアルバニアを除く全ヨーロッパおよびアメリカ,カナダの35ヵ国首脳によって調印された1975年のヨーロッパ安全保障会議最終文書(〈ヘルシンキ宣言〉とも呼ばれる)は,興味ぶかい。これは東側の長年主張してきた〈国境不可侵・領土保全〉により西側が東側の版図を承認して,ヨーロッパの現状を固定化すること,他方,〈人間・情報の交流増大,軍事演習の事前通告〉により〈鉄のカーテンに風穴をあける〉という西側の主張を東側が認めることの2点を骨子とし,さらに東西ドイツ統一への道を残した,〈国境の平和的変更の承認〉をも盛り込んだものだったからである。
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四字熟語を知る辞典 「現状維持」の解説

現状維持

現状を変えないでそのまま保つこと。

[活用] ―する。

[使用例] 父の病気は幸い現状維持のままで、少しも悪い方へ進む模様は見えなかった[夏目漱石*こゝろ|1914]

[使用例] 徐々に女をあきらめさせるより方法は無いらしい。むしろさし当たっては、女の誤解を逆用して、現状維持が続いて行くように思わせておきながら、実質的な別れに誘いこんで行けばいいのだ[石川達三*青春の蹉跌|1968]

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