田岡 嶺雲(読み)タオカ レイウン

20世紀日本人名事典の解説

田岡 嶺雲
タオカ レイウン

明治期の文芸評論家,社会運動家,中国文学者,俳人



生年
明治3年11月28日(1871年)

没年
大正1(1912)年9月7日

出生地
土佐国土佐郡井口村(現・高知県高知市)

本名
田岡 佐代治(タオカ サヨジ)

別名
筆名=栩々生(ククセイ),爛腸,夜鬼窟主,金馬門人

学歴〔年〕
帝大文科大学(現・東京大学文学部)漢学科選科〔明治27年〕卒

経歴
土佐藩士の家に生まれ、小学校を中退し、民権結社のメンバーになる。明治16年大阪官立中学(三高の前身)に入学したが、軍国主義化に抗して退学。東大文科に入学、在学中に「ハインリヒ・ハイネ」や「蘇東坡」論を発表。27年山県五十雄と共に文学雑誌「青年文」を創刊。のち中学校教師、「万朝報」「いばらぎ新聞」の記者などをし、34年「中国民報」主筆、38年「天鼓」を創刊。俳句は子規の新俳句運動に共鳴し、「日本」「俳諧」に投句。筑波会会員として句作に励み作品は「帝国文学」に発表された。社会評論にも力を注ぎ自由民権運動家として、近代資本主義の暗黒面を摘発。著作に「嶺雲揺曳」「壺中観」「明治叛臣伝」、自伝「数奇伝」のほか、「田岡嶺雲全集」(全8巻 法政大学出版局)がある。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

367日誕生日大事典の解説

田岡 嶺雲 (たおか れいうん)

生年月日:1871年11月28日
明治時代の文芸評論家;中国文学者。「中国民報」主筆
1912年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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