発音(言語)(読み)はつおん

日本大百科全書(ニッポニカ) 「発音(言語)」の意味・わかりやすい解説

発音(言語)
はつおん

生理的側面から言語音の産出過程をみた場合、(1)呼気運動expiratory movement過程、(2)発声phonation過程、(3)調音articulation過程の三大部門が区別される。

 (1)は主として肺臓から送り出されてくる呼気流を、また(2)はこれをエネルギー源として行われる声帯振動をさし、ともに(3)への入力信号を与える基幹的な役割を担っている。(3)は言語音産出上もっとも重要な過程であり、口唇、口腔(こうこう)、鼻腔、咽頭(いんとう)などの音声器官によって、(1)や(2)から送り込まれてきた入力信号を、それぞれの言語体系にとって有意な伝達特性を有する信号に変調する。したがって、たとえば[z]という有声子音は、(1)による呼気と(2)による発声を音源として、これに上下門歯のあたりに著しい狭めを形成するという(3)が加わった結果、成立したものである。

 ところで、前述のうち(1)や(2)を欠いても言語音は産出しうる。たとえば、われわれが残念なときにしばしば行う舌打音(したうちおん)clickアフリカの諸語などに認められる放出音ejective、入破音implosiveなどは、いずれも肺臓からの呼気を用いずにもっぱら喉頭(こうとう)から上だけの音声器官によって気圧変化をおこして調音されており、(1)の段階を欠いている。

 また、[p,t,k,f,s,h,……]などの子音に代表される、いわゆる無声音では、声帯が振動していないので、(2)の段階を欠いていることになる。したがって、たとえば[b]は(1)+(2)+(3)によって成立するが、[p]は(1)+(3)のみによって成立するということになる。要するに、以上あげた三大部門中、言語音産出に不可欠なものは(3)であるとすることができる。

 一般に発音pronunciationというと、たとえば語学教育の場で、「あの人の発音はきれいだ」などのように用いられており、前述の(1)~(3)のすべての段階を漠然とさすことが多い。しかし、「発声と発音」などのようにも用いられるところから、場合によっては(3)のみをさすこともある。そこで、筆者は、前者のような使い方を広義の発音後者のようなものを狭義の発音とよぶことにしておく。

 なお、音声学では、理論的に(1)~(3)の間には、〔イ〕(3)のみ(無声舌打音など)、〔ロ〕(1)+(3)(無声音[f]など)、〔ハ〕(2)+(3)(有声放出音など)、〔ニ〕(1)+(2)+(3)(有声音[a]など)の4種の場合を区別しうるので、発音という不明瞭(ふめいりょう)な名称を避けて、呼気運動、発声、調音の三者を個々に区分するのが望ましい。このような意味合いからは、発音は実用本位の語学教育の場に、一方、調音などは科学としての音声学的立場に、それぞれ対応しているともいえる。

[城生佰太郎]

『柴田武執筆『音声』『調音』(国語学会編『国語学大辞典』所収・1980・東京堂出版)』


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