私立大学の財政・財務(読み)しりつだいがくのざいせい・ざいむ

大学事典 「私立大学の財政・財務」の解説

私立大学の財政・財務
しりつだいがくのざいせい・ざいむ

日本私立学校振興・共済事業団『今日の私学財政―大学・短期大学編』によれば,2010年(平成22)に医歯系法人を除く492大学法人の消費収支状況において,収入構成は学生納付金73%,手数料3%,寄付金3%,補助金12%,事業収入3%,その他4%である。支出については人件費53%,教育研究経費31%,管理経費9%,資産処分差額3%,その他1%である。

 私立大学(財政)における財務構造の特徴の一つは,収入において学生納付金依存度が高いことである。これは日本の私立大学が設立された明治時代から概ね変わってはいない。帝国大学や官立大学の補完機能を果たすべく設立された私立大学は,法律学,経済学,商学といった社会科学教育を中心として,法律専門職,役人,ホワイトカラーの養成を行ってきた。教育コストが高価で,実験演習施設が必要な自然科学,医学,工学系と異なって,社会科学では講義室さえあれば,少ない教員により大量の学生の教育が可能であった。そして,そこでは授業料収入のみでも経営が成立していた。

 私立大学の設置が法的に定められるのは,1918年(大正7)大学令であり,当時の設置主体は財団法人である。これは政府が,学生の授業料収入だけでは大学の運営にさまざまな支障をきたすことを危惧し,財政的基礎を重視したためである。そこでの経営理念は,基本財産の供託を行い,そこから生ずる利子収入によって大学の経費を賄うというものであった。もちろんそれを実現することができた私立大学はほとんどなかった。

 国立大学や公立大学の授業料収入は全体の12~13%であるので,私立大学の学生納付金依存度はすこぶる大きいと判断できる。このため日本の私立大学の財政状況は不安定であり,第2次世界大戦後,私学経営の危機が幾度か表面化した。最初の危機は1960年代終わり,大学教育需要が急拡大していたころに訪れた。高度経済成長によって,労働市場では大学卒業者の需要が増加し,また国民所得の向上によって大学進学希望者も増加した。私立大学は大学教育拡大の担い手となり,全国で私学の新設拡張が行われた。多くのキャンパス建築が進められたが,基本財産を持たない私学の多くは金融機関からの借入れにより建築費を賄った。

 当時のインフレ経済下,返済額の増大と教職員人件費の高騰により,経営が困難になった学校法人も出てきた。大学によっては授業料値上げを値上げし,定員以上の学生を在籍させ,収入を増加しようと試みた。しかし全国で学生運動が勃発し,そのターゲットは授業料値上げと,質の低いマスプロ教育に対する反対であった。授業料値上げは困難となり,授業も開講されない大学も出てきた。そこで政府は,私学団体の強い要求もあって,1970年(昭和45)から私学補助を本格化させた。私学補助が開始されたころ,大学の大都市抑制策もとられることになった。これによって大学の量的拡大が抑制された。大学教育供給は制限され,売り手市場となり,学生運動の鎮静化もあって私学の授業料が値上げされた。私学助成と授業料値上げで私学教育の質は高まり,その結果,私学経営は持ち直す。

 私学経営の危機は,18歳人口(私学財政)の減少が顕著となった2000年代からも顕在化する。18歳人口は1992年の205万人から,2010年の122万人と4割近く減少した。大学教育需要の減少により,定員割れ大学は4割にも達する。『今日の私学財政―大学・短期大学編』によれば,私学の財政状況を総合的に表す帰属収支差額比率(私学財政)は,1995年に15%を超えていたが,2010年には6.5%に低下する。消費支出が帰属収入を超える赤字の学校法人は4割近くある。財政状況は立地,規模によっても異なり,都市部にある大規模法人は経営が比較的安定しており,地方の小規模法人は経営が厳しいといえる(両角,2012)

 18歳人口減少に比べて,これまで閉校する大学が少ないのは,学校法人の保有する資産ストックと大学進学率の上昇が背後にある。進学率上昇は,大卒労働需要の増加ではなく,高卒労働需要が減少したため,大学進学を選択せざるを得ない若者が増えたことによると推測される。また大学側の改革も見逃せない。短期大学から4年制大学への転換,都心へのキャンパス移転,共学化,そしてIT,国際,ビジネス,教員養成,介護福祉,薬剤師養成,看護師養成など労働需要のある分野への改組等,大学の経営努力がなされている。

 日本の私学のストック形成に寄与してきた制度の一つは,1971年に導入された学校法人会計基準である。これは私学を運営する学校法人のみに適用され,ほかの会計基準にはない基本金組入れ制度がある。これは私学の基本金(私学助成)を拡大させ,経営を安定させるよう設計されたと解釈されている。基本金には4種類あり,第1号基本金は法人がすでに取得した教育用の固定資産である。第2号は将来取得するための教育用固定資産に充てられる。第3号は奨学金や研究のための資金,第4号は当座の経営資金である。私学は収支決算の前に収入の一部を基本金に繰り入れる。移転額は私学の裁量により,1980年には25%程度であり,近年は15%以下である。これによって基本金を増加させた私学法人がある。寄付によって設立されたアメリカ合衆国の私学には,基本財産から経常費への資金移転(私学財政)があるが,日本の私学はこの基本金組入れ制度によって,経常費から基本金への移転が生じることになる。経常収支の赤字は,このストックにも徐々に影響を与え始めている(両角,2012)
著者: 丸山文裕

参考文献: 両角亜希子「私立大学の財政―現状と課題」,日本高等教育学会編『高等教育研究』第15集,2012.

出典 平凡社「大学事典」大学事典について 情報

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