精神薬理学(読み)せいしんやくりがく(英語表記)psychopharmacology

改訂新版 世界大百科事典 「精神薬理学」の意味・わかりやすい解説

精神薬理学 (せいしんやくりがく)
psychopharmacology

一次的に精神状態に影響する薬を向精神薬と呼び,それに関する薬理学が精神薬理学である。つまり,心を動かす薬の,生理的影響,吸収,代謝排出,治療への応用,などを調べる学問である。行動への影響に重点をおくときは行動薬理学behavioral pharmacologyと呼ぶ。薬理学が生理学や生化学の方法を使うのに対して,精神薬理学はそれらのほかに心理学,精神医学,行動学などの方法を使う点に特色がある。

 精神薬理学は非臨床的(前臨床的とも呼ぶ)精神薬理学と臨床的精神薬理学とに二大別される。前者は動物を対象とし,後者人間を対象とする。実際には,前者によって新薬スクリーニング(効きそうな薬のふるい分け)を,後者によって特定の病気に対する薬効判定と薬物療法の確立とを目的にすることが多いが,人間精神のからくりを明らかにすることもこれらの究極的目標である。

 向精神薬は古くから使われており,アルコール,アヘン大麻アトロピン,ペヨーテ(有効成分はメスカリン)その他が知られていた。T.ド・クインシーの《アヘン常用者の告白》(1821)やC.P.ボードレールの《人工楽園》(1860)はそれらの影響を述べた文学作品である。フランスのモロー・ド・トゥールJ.J.Moreau de Tours(1804-84)が《ハシーシュと精神病》(1845)を著して大麻の精神作用を検討したが,これが向精神薬を科学的に扱った最初である。ドイツのE.クレペリンは1883年に薬で精神病を起こそうと考え,9年後に薬物の心理的影響を観察した論文を発表した。その後,メスカリンの研究などが続いたが,1943年に(50/100万)gという微量で精神異常を誘発するLSD-25が,また52年に抗精神病薬のレセルピンとクロルプロマジンが発見され,これらの作用の本体は脳内セロトニンであるという仮説がブロディB.B.Brodieらによって提案されたときに,科学としての精神薬理学が確立されたとみるべきである。
向精神薬
執筆者:

出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ) 「精神薬理学」の意味・わかりやすい解説

精神薬理学
せいしんやくりがく
psychopharmacology

精神機能に影響を与えることをおもな作用とする薬物(抗精神病薬、抗うつ薬、抗不安薬、精神異常発現薬など)を向精神薬とよぶが、この向精神薬を対象として、その作用機序や医療への応用などを研究する学問を精神薬理学という。動物の行動や人間の精神現象を取り扱うため、心理学や行動学、精神科学などの方法論を用いる点が、一般の薬理学と異なる特徴である。なお、一部は神経薬理学の領域と重なるところから、両者をあわせて神経精神薬理学ともいう。

[幸保文治]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

百科事典マイペディア 「精神薬理学」の意味・わかりやすい解説

精神薬理学【せいしんやくりがく】

薬物が人間の神経,身体機能を変化させ精神機能に影響を与える場合,そのメカニズムを精神医学的立場から研究し,人間と薬物との関連を明らかにする学問。具体的には,おもに向精神薬の薬理作用を研究する。
→関連項目薬理学

出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報

世界大百科事典(旧版)内の精神薬理学の言及

【薬理学】より

…薬物の安全性や有効性に関し,動物試験成績のヒトへの外挿法やヒトにおける科学的・倫理的試験法の確立,あるいは健康人における薬理効果や体内動態,安全性などの究明,患者における有効性や有害効果(副作用)などの評価,さらに実際の治療の場における適正な薬物療法のためのサービスなどが含まれ,また,より有効安全な治療薬の剤形や用法の研究なども含まれる。(3)精神薬理学psychopharmacology 薬物の作用として生体の身体機能だけでなく精神機能も対象とし,動物およびヒトとくに精神病患者を対象とした薬理学。近年,精神病治療薬と薬物療法の目覚ましい進歩に伴って急速に発達した。…

【向精神薬】より

…これら3種の薬の発見が引金となって,現在までに約200種の精神治療薬が市販されるにいたった。他方,1943年のLSD‐25発見がきわめて微量で精神状態を激変させることを明らかにしたので,精神病も実は類似の毒素が体内で発生すると起きるのではないかという推論が有力になり,精神病の成因や化学療法をめぐって精神化学と精神薬理学が急速に発展することになった。現代精神医学の父と呼ばれるE.クレペリンも実は1892年に薬物が精神作業に及ぼす影響を研究していたし,モロー・ド・ツールJ.J.Moreau de Tours(1804‐84)は大麻による精神異常を観察して《ハシーシュと精神病》(1845)という400ページの本を書いていた。…

【薬理学】より

…薬物の安全性や有効性に関し,動物試験成績のヒトへの外挿法やヒトにおける科学的・倫理的試験法の確立,あるいは健康人における薬理効果や体内動態,安全性などの究明,患者における有効性や有害効果(副作用)などの評価,さらに実際の治療の場における適正な薬物療法のためのサービスなどが含まれ,また,より有効安全な治療薬の剤形や用法の研究なども含まれる。(3)精神薬理学psychopharmacology 薬物の作用として生体の身体機能だけでなく精神機能も対象とし,動物およびヒトとくに精神病患者を対象とした薬理学。近年,精神病治療薬と薬物療法の目覚ましい進歩に伴って急速に発達した。…

※「精神薬理学」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

今日のキーワード

焦土作戦

敵対的買収に対する防衛策のひとつ。買収対象となった企業が、重要な資産や事業部門を手放し、買収者にとっての成果を事前に減じ、魅力を失わせる方法である。侵入してきた外敵に武器や食料を与えないように、事前に...

焦土作戦の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android