統領政府(読み)とうりょうせいふ(英語表記)Consulat フランス語

精選版 日本国語大辞典 「統領政府」の意味・読み・例文・類語

とうりょう‐せいふ トウリャウ‥【統領政府】

フランス革命期、総裁政府が一七九九年ブリュメール一八日のクーデターで倒れてから、一八〇四年ナポレオンによる第一帝政樹立までのフランスの政体。執政政府

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デジタル大辞泉 「統領政府」の意味・読み・例文・類語

とうりょう‐せいふ〔トウリヤウ‐〕【統領政府】

1799年11月9日(ブリュメール18日)、クーデターによって総裁政府を倒して成立したフランスの政府。任期10年の3人の統領を置いたが、ナポレオンが第一統領となり、1802年に終身統領となる。1804年、第一帝政樹立のため廃止。執政政府。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「統領政府」の意味・わかりやすい解説

統領政府
とうりょうせいふ
Consulat フランス語

執政政府ともいう。フランスの総裁政府(1795~99)に次ぐ5年間の政府(1799~1804)。1799年11月9日(ブリュメール〈霧月〉18日)、ナポレオンを中心にクーデターが起こされ、反対議員を圧倒して、ナポレオン、シエイエス、デュコスPierre Roger Ducos(1774―1816)を統領とする臨時政府を形成した。臨時政府は同年12月に、共和暦8年の憲法により正式に承認された。政府の指導力は革命以来の老練なシエイエスにあるとみられたが、実権はたちまちナポレオンに握られ、軍事独裁機関の様相を帯びる。統領政府の基礎は、フランス革命の創出したブルジョア体制と自営農民層の活力に置かれた。政府では第一統領が行政、統帥外交および宣戦、講和権を執行する。ナポレオンがこれにあたった。第二統領にはカンバセレスJean-Jacques Cambacérès(1753―1824)、第三統領にはルブランCharles-François Lebrun(1739―1824)が就任。任期はともに10年であった。立法部は元老院立法院参議院、法制審議院からなり、選挙間接選挙で、最後に5000人が名士名簿に載せられ、そのなかから議員と官吏が選出される仕組みであった。1802年8月ナポレオンは終身統領に推され、2年後帝位について帝制を樹立する。

[金澤 誠]

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山川 世界史小辞典 改訂新版 「統領政府」の解説

統領政府(とうりょうせいふ)
Consulat

総裁政府が,1799年ブリュメール18日ナポレオンのクーデタで倒れてから,1804年5月に彼が皇帝となって,第一帝政になるまでのフランスの政体。政治の大綱は1799年12月(共和暦8年)の憲法で定められ,立法機関は4院制で権限は小さく,行政権は3人の統領が行使するが,実権はすべて第一統領ナポレオンの手中にあった。1802年に彼を終身統領とする憲法改正が行われて独裁が強化された。

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旺文社世界史事典 三訂版 「統領政府」の解説

統領政府
とうりょうせいふ
Consulat

総裁政府につぎ,1799年11月から1804年まで続いた,フランス第一共和政末期の政府。執政政府ともいう
1799年11月,ナポレオン=ボナパルトがブリュメール18日のクーデタで総裁政府を倒したのち成立。四院制の立法機関は弱体で,行政権は3人の統領に委ねられたが,ナポレオンが第一統領として大きな権限をもち,事実上の軍事的独裁を行った。1802年アミアンの和約締結の功から,ナポレオンが国民投票によって終身統領となり独裁がさらに強化された。1804年,第一帝政の開始で終結。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「統領政府」の意味・わかりやすい解説

統領政府
とうりょうせいふ

執政政府」のページをご覧ください。

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