綽(渾)名(読み)あだな

改訂新版 世界大百科事典 「綽(渾)名」の意味・わかりやすい解説

綽(渾)名 (あだな)

他人特定の人に対して,その顔だち・体つき性質・行動・経歴などによって,実名のほかにつけて呼ぶ名前。親愛の情をあらわしたものや嘲笑(ちようしよう)の意を含んだものがある。〈あだ〉は〈他〉の意味で,徒名(あだな)(仇名)とは違い,(あざな)と歴史的に結びつく側面があり,むしろ,字があだ名となってきたといえる。字は実名のほかに原則として自称する名前で,名(実名)は君・父に対してのものであり,他人に向かっては字をいうのである。中国では,男性は20歳になると,親などのつけた名のほかに字を自称した。名を敬う意識からである。こうした風習は,日本でも8世紀から一部の知識層にみられたが,11世紀になると,字が後のあだ名の意味にも使われるようになり,字は本来の字とあだ名との二つの意味をもってきた。あだ名が全般的にみられるようになったのは17世紀あたりからのことのようである。集団生活のなかで,親愛あるいは嘲笑の意味で命名され,あだ名をつけられた本人もそれを承認するようにもなる。近代からの学校や職場では盛んにみられるところで,悪意のあるあだ名がときに集団生活の障害になることもあるが,そうでない場合には多くそれを円滑にする役割さえもつものである。あだ名の発生は実名を呼ぶことを避ける慣習というより,むしろ集団生活の推進という社会的な背景を考えるべきであろう。実名に対する愛称略称であるニックネームnick-nameとは多少のちがいがある。また,あだ名は呼名(よびな)の一つでもあった。呼名はその人の実名以外に他人がつけた名で,諱(いみな)・諡(おくりな)・源氏名醜名(しこな)とともにあだ名があったわけである。
執筆者: 戸籍など公的な書類に届け出された本名に対して,あだ名は私的な交際の相手が名付けた呼名である。実名とも呼ばれる本名が法的・形式的なものであるため,かえって人格の実態から遠いむなしいものに思えるときがあるのに対して,親愛であれ軽侮であれ感性にささえられるあだ名は端的に人柄を表現するところに特性がある。実名のほうが働きとしては虚であって,虚名であるはずのあだ名こそが実として機能するというところに,社会的動物としての人間の特性があらわれる。また名付けは,本人の成育後に他人がこれを評して行うときにも,当人の一面あるいは一点をとらえて風姿や人格の全面を表現する象徴の行為である。身体特性の一部をあだ名にする卑しさもそこから生まれる。夏目漱石の《坊っちゃん》に登場する〈赤シャツ〉〈山嵐〉のように,品性や性癖を端的につかみだすあだ名は,鮮やかなイメージを呼びおこして,氏名とは格段にちがう働きをする。子の出生直後の名付けが親の願望表明であるのにたいして,あだ名付けは人間把握の水準を表明している。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

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