総合年表(北・東・東南アジア)(読み)そうごうねんぴょう

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

総合年表(北・東・東南アジア)
そうごうねんぴょう

BC16000ころ 中国、周口店に山頂洞人の存在
BC5000ころ 黄河中流域に彩陶文化(仰韶文化)興る
BC3000ころ 朝鮮半島の櫛目文土器文化興る
BC2000ころ 黄河中・下流域、彩陶文化より黒陶文化(竜山文化)へ移行
BC1300ころ 中国、殷の盤庚が都を現在の河南省小屯村に遷す(殷墟)
BC1070~1060ころ 武王が紂王を討って殷を滅ぼし、周王朝を創始(~前256)
BC1000ころ 朝鮮半島の無文土器文化始まる
BC841 周の厲王が国人に追放され、共和時代始まる
BC827 宣王が即位して周が復興
BC771 犬戎が幽王を殺し西周が滅亡
BC770 平王が洛邑に周を復興(東周)、春秋戦国時代始まる
BC722 この年より『春秋』の記述始まる(~前481)
BC679 晋の分家曲沃の武公が周王に晋侯として認められる
BC651 葵丘の会で斉の桓公の覇業が完成
BC638 楚が宋の襄公を破る〔宋襄の仁〕
BC632 晋の文公が楚を破り覇者となる
BC627 晋の襄公が秦の繆公を破る
BC623 秦が西方で覇を唱える
BC597 楚の荘王が晋を破り覇者となる
BC590 魯で丘甲の制が定められる
BC575 晋が楚を破る
BC556 斉で晏嬰が大夫となる
BC536 鄭で子産が中国最初の成文法を作る
BC496 越王勾践が呉王闔閭を破り、呉越の戦いが始まる
BC494 会稽山で呉王夫差が勾践を破る
BC482 黄池の会で夫差が覇者となる
BC479 孔子没(前552/551―)
BC473 勾践が夫差を破り呉が滅亡
BC453 晋陽の戦いで知伯を滅ぼし、韓、魏、趙が晋を三分、戦国時代が実質的に始まる
BC403 韓・魏・趙が諸侯となり戦国時代始まる
このころ中国で鉄製農具の使用が始まる
BC386 斉で田氏が国を奪う
BC359 秦で商鞅の第一次改革始まる
BC350 秦が咸陽に遷都。商鞅の第二次改革が始まる
BC341 馬陵の戦いで斉が魏に大勝
BC338 商鞅処刑される
BC333 蘇秦の合従策が成功するという
BC328 張儀が秦の相となる
BC307 趙が胡服騎射戦術を採用
BC288 秦が西帝、斉が東帝と称するがまもなく号を廃す
BC284 燕の楽毅が斉に深く侵入
BC278 屈原没(前340?―)
BC260 長平の戦いで秦が趙を大破
BC256 秦が周を滅ぼす
BC247 秦王政(後の始皇帝)の即位
BC237 秦で呂不韋の失脚と李斯の登用
BC230 秦が韓を滅ぼし、以後六国の国々を次々に滅ぼす
BC221 秦が斉を滅ぼして中国統一を完成、最初の帝国を建てる
BC219 秦軍、ベトナムに侵攻
BC214 秦、南越を攻撃
BC214 万里の長城建設開始
BC213 焚書坑儒(~212)
BC210 始皇帝没(前259―)
BC210 陳勝・呉広の乱起こる。劉邦・項羽らの挙兵
BC209 匈奴の冒頓が単于と称する
BC207 子嬰が劉邦に降り、秦滅ぶ
BC207 南越建国し、中国南部とインドシナ東北部を支配
BC202 垓下の戦いに項羽敗北。劉邦が漢王朝創立(~後8)
BC200 高祖(劉邦)匈奴に平城(大同)で敗北
BC195 高祖没(前256/247―)
BC195 漢で、呂后の専制始まる
このころ衛氏朝鮮が成立
BC180 呂后没し、呂氏族誅される〔呂氏の乱〕
BC154 呉楚七国の乱起こり、漢の諸侯支配が強力になる
BC141 武帝即位(~前87)。漢、中央集権体制確立に向かう
BC139 漢の張騫が西域に出発(~前126)
BC136 武帝、五経博士設置
BC133 漢と匈奴との和平関係破れる
BC121 漢の霍去病が河西の匈奴を破り、その地に4郡を置く
BC119 漢で、塩鉄専売の開始
BC119 漢、五銖銭を鋳造
BC119 張騫再び西域に赴く
BC117 司馬相如没(前179―)
BC115 漢で、均輸法の施行
BC111 漢、南越を攻めベトナム直接支配を始める
BC110 漢で、平準法の施行
BC108 漢、衛氏朝鮮を滅ぼし4郡を置く
BC104 漢の李広利の大宛(フェルガナ)遠征(前102に再征)
BC104 漢、太初暦を採用
BC99 漢の李陵、匈奴に降る
BC98 漢で、酒の専売始まる
BC91 巫蠱の乱起こり、戻太子ら殺される
BC91 『史記』成立
BC87 武帝没(前156―)。霍光が昭帝を補佐
このころ司馬遷没(前145/前135―)
BC86 漢で、代田法の施行
BC81 漢、塩鉄専売に関し塩鉄会議開催
BC80 霍光が実権を握る
BC68 霍光没し、前66年霍氏族誅
BC60 漢、西域都護を設置
BC54 匈奴に内紛、東西に対立。呼韓邪単于が漢に入朝
BC51 漢、五経整備のため石渠閣会議を開催
BC40 漢で、郡国制が廃止される
BC37ころ 朝鮮に高句麗が勃興
BC7 漢で、最初の限田法公布
BC2 このころ、中国に仏教が伝わる(中国仏教初伝説の一つによる)
BC1 漢で、王莽が大司馬大将軍となり実権を掌握
9 王莽が漢に代わり新を建国
18 赤眉の乱起こる(~27)
22 劉秀(光武帝)の挙兵
23 王莽(前45―)が敗死し、新が滅びる
25 光武帝が帝位につき(~57)、後漢が成立(~220)
36 光武帝が公孫述を滅ぼして中国を再統一
40 ベトナムでチュン・チャク-チュン・ニー姉妹、漢に対し反乱。一時独立(~42)
48 匈奴が南北に分裂
73 漢の班超が西域に派遣される
74 漢で、西域都護が復活
79 漢で白虎観会議が開かれ、五経の異同を議論
89 漢の竇憲が北匈奴を破る
91 班超が西域都護となる
91 北匈奴が西方に移る
92 竇憲殺され宦官勢力の上昇が始まる
92 班固没(32―)
97 漢の甘英が大秦に向かって出発
97 『論衡』の著者王充没(27―)
1世紀ごろ メコン川下流域に扶南建国
105ころ 漢の蔡倫が紙を発明したとされる
107 漢で、移住羌族の反乱起こる
107 漢、西域都護を廃止
118 羌族の反乱鎮圧されるが、この後も反乱しばしば起こる
121 許慎の『説文解字』完成
148ころ 安息(パルティア)の僧安世高が洛陽に来て仏典翻訳
156ころ 鮮卑の檀石槐がモンゴリアを支配
159 梁冀が自殺し、漢で宦官の権力が強大となる
166 党錮の禁が起き宦官と官僚の争い激化
166 大秦王安敦(マルクス・アウレリウス)の使者が中国に来たとされる
166 儒者馬融没(79―)
169 再び党錮の禁が起こる
178 漢で売官が行われる
184 黄巾の乱起こる
189 袁紹が宦官を殺戮
192ころ 漢中に五斗米道の独立王国成立(~215)
196 曹操が漢の献帝を許に迎え屯田政策を開始
200 官渡の戦いで曹操が袁紹を破る
200 鄭玄没(127―)
2世紀末 中部ベトナムにチャム人のチャンパ建国(~1697)
204 公孫氏政権が朝鮮に帯方郡設置
208 赤壁の戦いで孫権・劉備が曹操を破る
220 曹丕が後漢に代わり魏を建国し三国時代が始まる
220 魏が九品中正を制定
221 劉備が蜀を建国
222 孫権が呉を建国
234 諸葛亮(孔明)没(181―)
238 魏が遼東の公孫氏政権を滅ぼす
244 魏の毌丘倹(かんきゅうけん)が高句麗を攻撃
244 このころ、魏で清談の風潮が盛んとなる
263 蜀が魏に降る
265 司馬炎が魏に代わり晋を建国
268 晋で晋律の制定
280 晋が呉を滅ぼして中国を統一し、占田法・課田法を施行
300 八王の乱が起こり、混乱に乗じて異民族の活動活発化
304 匈奴の劉淵が自立。中国北部に五胡十六国時代始まる
310 仏図澄が洛陽にくる
311 匈奴が洛陽を陥す(永嘉の乱)
313 朝鮮の楽浪郡滅亡
313 朝鮮の帯方郡滅亡
316 匈奴が長安を陥して晋が滅亡
317 司馬睿が江南に晋を再建(東晋、~420)
364 東晋で庚戌の土断法実施
365 王羲之没(307―)
366 敦煌石窟の開掘が始まる
371 このころ朝鮮で百済が漢山を都とし、国家体制を整える
372 仏教が高句麗に伝わる
376 前秦(五胡十六国)が華北を統一
382ころ 新羅の奈勿王、前秦に遣使
383 前秦、東晋に敗れ、華北が再び混乱
386 北魏の建国(~534)
391 高句麗に広開土王即位(~412)
399 法顕がインドに向かって出発(~413)
401 鳩摩羅什が後秦の国師となり訳経に従事
402 柔然の君主が初めてハガンと称し、このころモンゴル高原に覇を唱える
403 東晋で桓玄の簒奪。翌年、劉裕に敗北
420 劉裕が東晋に代わり宋を建国
424 宋の文帝即位(~452)
427 詩人陶潜(陶淵明)没(365?―)
427 高句麗が平壌城(ピョンヤン)に遷都
429 北魏が柔然を攻撃。このころ両者の争いが激化
439 北魏が華北を統一、南北朝時代始まる
445 宋で元嘉暦の採用
446 北魏の太武帝の仏教弾圧
448 道教の大成者寇謙之没(365?―)
450 このころより中央アジアでエフタルが活躍
460 雲崗石窟の開掘始まる
471 北魏孝文帝即位(~499)
479 蕭道成が宋に代わり斉を建国
485 北魏で均田法の施行
486 北魏で三長制の施行
493 北魏が洛陽に遷都、以後漢化政策がとられる
5世紀末 竜門石窟の開掘が始まる
502 蕭衍(武帝~549)が斉に代わり梁を建国(~557)
このころ中国、南朝文化の極盛期
518 北魏の僧、宋雲がインドへ行く(~523)
520 新羅で律令を公布
524 北魏で六鎮の乱(~530)
527 新羅が仏教を公認
534 北魏が東西に分裂
548 梁で侯景の乱(~552)
550 東魏に代わり北斉の建国(~577)
550ころ 西魏で府兵制の原型ができる
550ころ メコン川中流域で、クメール人の真臘独立
552 モンゴル高原で、突厥が柔然を破って独立
557 西魏に代わり北周(~581)、梁に代わり陳(~589)建国
558~561ころ 中央アジアのエフタルが滅ぶ
568 ビザンティン帝国の返使、突厥にくる
574 北周の武帝の仏教弾圧
577 北周が北斉を滅ぼす
581 楊堅(文帝)が北周に代わり隋を建国
581 楊堅、開皇律を公布
583 突厥が東西に分裂
587ころ 隋で、九品中正にかわって科挙が用いられる
589 隋が陳を滅ぼし、魏晋南北朝時代終わる
6世紀後半 スマトラ島にシュリービジャヤ王国興る
607 隋、大業律令公布
610 隋で大運河完成
612 煬帝の高句麗遠征。以後3次にわたるが失敗、反乱を招く
618 煬帝(569―)殺される
618 李淵が唐を建国(〜907)
619 隋滅ぶ
624 李淵、武徳律令を公布
626 玄武門の変。李世民(太宗)即位(〜649)
627/629 唐僧玄奘、インドに出発(〜645/643)
628 唐の全国統一が完成
630 東突厥が唐に降る
637 唐、貞観律令公布
640 唐、高昌を滅ぼし安西都護府設置
640ころ 真臘、扶南を併合
645 唐、高句麗を攻撃(以後六度に及ぶ)
647 唐、燕然(安北)都護府設置
651 唐、永徽律令制定
653 唐で『五経正義』頒布
657 唐、西突厥を討つ
660 唐・新羅が百済を破る
663 百済滅亡
668 唐が新羅と共に高句麗を滅ぼし、安東都護府設置
671 唐僧義浄、インドに出発(〜695)
672 義浄、スマトラ島のシュリービジャヤに滞在
676 安東都護府が遼東に退き、新羅が朝鮮半島をほぼ統一
682 突厥が再興(第二帝国)
685 唐で、垂拱律令の制定
690 唐で、則天武后が帝位につき、周と国号を改める
698 大祚栄が渤海を建国(~926)
7世紀 上ビルマにピュー人の王国、下ビルマにモン人の王国が成立
7~8世紀 タイ中部、チャオプラヤー川流域にモン人のドバーラバティー王国が繁栄
705 則天武后退位、唐王朝が復活
710 韋后が中宗(656―)を殺す
710 李隆基(後の玄宗)が韋后を殺す
710 唐で、最初の節度使がおかれる
710 真臘が、水真臘と陸真臘に分裂
712 唐の玄宗(李隆基)即位(~756)
719 唐で、開元七年律令の制定
721 唐の宇文融が括戸政策による均田体制建て直しを図る
723 唐で、近衛軍に初めて募兵が用いられる
732 中部ジャワにヒンドゥー・マタラム王国興る
737 唐で、開元二五年律令の制定
740 詩人孟浩然没(689―)
744 突厥第二帝国が崩壊、モンゴリア支配権はウイグルに移る
749 唐で、府兵制が廃止される
8世紀中ごろ ジャワにシャイレーンドラ朝興る
751 唐軍、タラス川の戦いでイスラム軍に敗れる。中国人捕虜、製紙法をイスラム世界に伝える
755 安史の乱勃発
755 唐で、節度使の内地設置が始まる
757 朝鮮で、新羅が全国を9州に分け郡県の名称を唐風に変える
761 王維没(699?―)
762 李白没(701―)
763 安史の乱終わる
763 吐蕃が長安に侵入
770 杜甫没(712―)
780 唐、両税法を施行し、土地私有の承認に転じる
781 唐で、河北三鎮などの反乱(~786)
781 唐で、節度使の自立傾向が強まる
785 顔真卿没(709―)
790 吐蕃が安西都護府を攻略
790ころ ジャワのボロブドゥール造営開始(~860ころ)
793 唐で、茶に対する課税が行われる

カンボジア、アンコール時代始まる


802 真臘統一、アンコール時代開始(~1431)
805 憲宗即位(~820)、節度使抑圧策をとる
809 唐で、両税配分上の改革実施
819 唐で、藩鎮の権力が削減される
819 柳宗元没(773―)
821 長安で唐蕃会盟行われる
822 ラサで唐蕃会盟
823 このころより牛李の党争が激化
824 文人韓愈没(768―)
835 唐で、宦官誅殺計画が失敗(甘露の変)、宦官の専権が激化
840 モンゴリアで、ウイグルの支配が崩れ西走する
845 武宗による会昌の廃仏
846 詩人白居易没(772―)

ジャワ、シャイレーンドラ朝繁栄


9世紀半ばごろ 中部ジャワのシャイレーンドラ朝、シュリービジャヤを合邦し繁栄
858 詩人李商隠没(813?―)
859 唐で、裘甫の乱起こる(~860)
868 唐で、龐勛の乱起こる(~869)
874/875 王仙芝が反乱を起こす
875 王仙芝に呼応して黄巣の乱が起こる
880 黄巣が長安に入城、皇帝と称する
880 唐で、藩鎮自立化の動き、全国に起こる
884 黄巣が殺され、乱が終わる
900 朝鮮で、甄萱が後百済王と称する
9世紀 ビルマ人南下、イラワディ川中流域に定着
903 朱全忠が宦官を虐殺
904 朝鮮で、弓裔が後高句麗王と称する(後三国時代)
904 朱全忠が多くの貴族を殺す
907 朱全忠が唐に代わり、後梁(五代十国)を建国

中国、五代十国時代


907 中国に五代十国時代始まる
916 耶律阿保機が帝位につき(~926)、契丹(遼)が成立(~1125)
918 朝鮮で、王建が弓裔を倒して高麗を建国(~1392)
923 李存勗が後梁に代わり、後唐(五代十国)を建国(~936)
926 後唐が均税法を施行
926 契丹が渤海を滅ぼし東丹国をおく
929 ヒンドゥー・マタラム王国の中心、東部ジャワに移る(ケディリ王国)
930 後唐、財政を司る三司使を設置
932 中国で、経書の刊刻が行われ始める
935 新羅が滅亡
936 後晋が後唐に代わり、契丹に燕雲十六州を与える

朝鮮、高麗が半島統一


936 高麗が後百済を滅ぼし朝鮮統一完成
937 雲南に大理成立(~1253)
939 ベトナム、南漢(五代十国)を破り、呉朝成立(~963)
946 契丹が後晋を滅ぼす
947 劉知遠が後漢を建国
950 後漢滅ぶ
951 郭威が後周(五代十国)を建国
955 後周の世宗が仏教弾圧
958 後周で均税法を行う
958 高麗が科挙を採用

中国、北宋成立


960 趙匡胤が後周に代わり宋を建国(~1279)。文官優位の君主独裁制の確立に向かう
966 ベトナムに丁朝成立(~980)
971 宋、広州・杭州に初めて市舶司を置く
971 宋で、大蔵経の刊刻が始まる
973 宋で、初めて殿試が行われ、科挙の三試制が完成
976 高麗で、田柴科の制定
979 宋による中国統一が完成
979 宋が契丹を攻め高梁河で大敗
980 宋で、差役法の成立
981 ベトナムに前黎朝成立(~1009)
983 類書『太平御覧』の成立
986 宋が契丹を攻めるが岐溝関で大敗
992 宋で、常平倉の設置
993 四川で王小波・李順らの均産一揆起こる(~995)
997 宋、全国を十五路に分け、各路に転運使を置く
1004 宋、契丹と澶淵の盟を結び、歳幣を贈って和平を約束
1006 スマトラのシュリービジャヤ、ケディリを攻撃、首都を破壊

ベトナム、李朝成立


1009 ベトナムに李朝成立(~1225)
1010 契丹が高麗に侵入、翌年開京を陥す
1012 宋、江南地方で占城稲を播種させる
1020 高麗蔵の刊行開始
1022 仁宗即位(~63)
1022 宋、限田法を施行し、官戸・形勢戸の土地所有を制限
1023 宋、益州に交子務を置き、官営交子を発行
1030ころ ジャワのケディリ王国再興
1031 契丹版大蔵経の刊行始まる

西夏、中国西北に成立


1032 タングート人の李元昊が西夏を建国(~1227)。以後連年宋の西辺に侵入
1041 宋の畢昇が活字印刷を発明
1044 宋が西夏と和約、李元昊を夏国王とする

ミャンマー、パガン朝成立


1044 ビルマ人のアノーヤター王、ビルマを統一。パガン朝を創始(~1287)
この前後、宋で慶暦の党議が進行
1049 中国嶺南地方で儂智高の乱が起こる
1052 范仲淹没(989―)
1054 ベトナムの李朝、国号を大越とする
1057 ビルマのパガン朝、タトン王国を占領し、モン人の文化、上座部仏教を導入
1058 王安石が「万言書」を奏上
1066 文人蘇洵没(1009―)

中国、王安石の改革


1069 宋で、王安石の改革が始まる
1072 政治家・文人欧陽修没(1007―)
1073 思想家周敦頤没(1017―)
1075 宋、ベトナムの李朝と戦う(~77)
1075 李朝、科挙制度を創始
1075 李朝、宋軍の侵入を撃退(~77)
1076 王安石が失脚
1076 宋、市舶司を広州1か所に統一
1076 高麗、両班田柴科を改定し、官制を改める
1080 宋で、元豊の官制改革
1081 宋、西夏と交戦
1083 文人曽鞏没(1019―)
1084 『資治通鑑』完成
1085 神宗(1048―)が没し新法が廃止される
1086 司馬光が宰相となる
1086 王安石没(1021―)
1086 司馬光没(1019―)
1094 哲宗が旧法党を退け新法復活
1100 哲宗没(1076―)、新旧両党の融和が図られる

カンボジア、スールヤバルマン2世治下で繁栄


12世紀初め カンボジア(古代クメール帝国)、スールヤバルマン2世(在位1113~50ころ)治下で繁栄
12世紀前半 カンボジアで、アンコール・ワット造営
1101 文人蘇軾没(1036―)
1102 蔡京が宰相となり旧法党弾圧
1107 四川で交子に代わり銭引が流通
1107 思想家程頤没(1033―)
1112 限田免役法の施行
1112 文人蘇轍没(1039―)
1113 アクダが完顔部長となる
1114 アクダが猛安・謀克制をつくる

満州、金成立


1115 アクダが金を建国(~1234)
1119 金で女真文字の制定
1120 方臘の乱起こる(~21)
1122 宋軍の遼都燕京(北京)攻撃失敗、金が燕京を陥す
1125 金が遼を滅ぼし宋都開封に迫る
1125 徽宗退位
1127 金が徽宗らを捕え、宋(北宋)を滅ぼす〔靖康の変〕

中国、南宋成立


1127 高宗が江南に宋(南宋)を復活
1128 カンボジア、ベトナムの李朝を攻撃
1129 金軍、杭州を攻略

西遼、中央アジアに成立


1132 耶律大石がカラ・ハン朝を破り、西遼(カラ・キタイ)を建国(~1211)
1136 南宋、岳飛の中原回復建議、不許可
1137 金が華北を直接統治
1138 南宋が臨安(杭州)に遷都
1141 南宋、秦檜が主戦論者岳飛(1103―)を獄死させる
1142 南宋が金と和議を結び金に臣礼をとる
1142 南宋の高宗が経界法施行
1145 カンボジア、チャンパを併合支配(~49)
1149 金で海陵王即位(~61)、中国的国家体制採用に向かう
このころ、中国で火薬が実戦に用いられる
1153 金が燕京(北京)に遷都し女真人が華北に移住
1160 南宋で会子の発行(中国最初の紙幣)
1161 金が南宋に侵入して采石で大敗
1165 金と南宋が叔姪の関係に改まる

朝鮮、武臣政権成立


1170 高麗の鄭仲夫がクーデター、文臣を虐殺。武臣政権が成立
1173 高麗で、文臣が再び虐殺される
1174 朝鮮南部に草賊蜂起し、これ以後約30年間全国で騒擾が相次ぐ
1175 朱熹と陸九淵が鵝湖で討論
1177 チャンパ軍、カンボジアの王都アンコールを攻撃、占領
1180 全真教の開祖王嚞没(1113―)
1181 南宋で、社倉法の施行
1189 モンゴル部のテムジンがハガンを称する
1190 カンボジア、チャンパを攻略
1192 思想家陸九淵没(1139―)
1195 韓侂冑が朱子学派を弾圧〔慶元の党禁〕、専権する
1196 高麗で、崔氏の専権が始まる(~1258)
1200 朱熹没(1130―)
12~13世紀 カンボジアで、アンコール・トム造営
1203 カンボジア、チャンパを支配(~20)

モンゴル、チンギス・ハンが統一


1206 テムジンがモンゴリアを統一して、チンギス・ハンと称する
1208 金と南宋が伯姪の関係となる
1208 南宋で史弥遠が権力をにぎる
1209 モンゴルが西ウイグルを降す
1211 モンゴル、ナイマン部のクチュルクがカラ・キタイの王位を奪う
1214 金が燕京から汴京に遷都
1215 モンゴルが燕京を陥す
1218 モンゴルがクチュルクを倒す

チンギス・ハンの西征始まる


1219 チンギス・ハンの西征が始まる(~25)
1220 モンゴルがホラズムを撃破
1220ころ タイ人のスコータイ朝、カンボジアから独立
1221 モンゴルが北インドに至る
1222 ジャワにシンゴサリ王国成立(~92)。ケディリ王国滅ぶ
1223 モンゴルがハルハ河畔の戦いでロシア諸侯を破る

ベトナム、陳朝成立


1225 ベトナムに陳朝成立(~1400)
1227 モンゴルが西夏を滅ぼす
1227 チンギス・ハン没(1162?―)
1229 オゴタイ・ハン即位(~41)
1231 モンゴルの朝鮮侵入開始(~59)。高麗政府が江華島に避難
1234 モンゴルが金を滅ぼす
1236 モンゴルのバトゥの西征(~42)
1241 モンゴルがレグニーツァにヨーロッパ連合軍を撃破
1243 バトゥがキプチャク・ハン国創設(~1502)
1246 教皇の使節カルピニが、モンゴルのグユク・ハンのもとに来る
1253 フビライ・ハンが大理を滅ぼす

モンゴル、フラグ西征


1253 モンゴルのフラグが西征に出発
1253 フランス王の使者ルブルクがモンゴルのモンケ・ハンの宮廷に来る
1257 ベトナムにモンゴル軍侵入し撃退される
1258 モンケ・ハンの南宋親征
1258 高麗の崔氏政権が滅ぶ
1259 南宋で、賈似道の専制始まる
1259 高麗がモンゴルの属国となる
1260 フビライ・ハン即位(~94)、アリク・ブハとハン位を争う
1260 フビライ、交鈔を発行
1260 パスパ、モンゴルの国師となる
1263 賈似道の公田法実施
1264 アリク・ブハ、フビライに屈服
1264 フビライが大都(北京)に定都
1266 フビライに対抗してハイドゥの乱起こる(~1303)
1268 モンゴル軍、襄陽を包囲(73年陥落)
1269 フビライがパスパ文字を採用
1270 高麗で、三別抄の乱起こる

中国、元成立


1271 フビライが国号を元と称する
1272 ベトナム最初の官撰史書『大越史記』成る
1274ころ マルコ・ポーロがフビライに会見(90年まで中国に滞在)
1276 元軍が臨安を攻略
1277 元軍、ビルマを攻撃〔ニャサウギャンの戦い〕
1279 厓山の戦いで南宋が滅亡
1279 タイのスコータイ朝、ラーマカムヘン王(1279~99)治下で栄える
このころタイに上座部仏教伝わる
このころ元の圧迫でタイ人大量に南下
1281 元、郭守敬の授時暦を施行
1282 文天祥刑死(1236―)
1284 元軍、ベトナムに侵入するが敗退

ミャンマー、パガン朝滅亡


1287 ビルマのパガン朝、元軍侵入により滅亡
1287 下ビルマにペグー朝成立(~1539)
1288 ベトナム軍、元軍を白藤江に破る
1289 元で、会通河(大運河)の開掘始まる
1289 ジャワのシンゴサリ王国、元朝の使者を追放する
1292 シンゴサリ王国滅ぶ
1292 タイで、ラーマカムヘン王の碑文製作される
1293 ビジャヤ、ジャワの元軍を撃退してマジャパヒト朝創建(~1527)
1294 フビライ・ハン没(1215―)
1294 モンテ・コルビノが元の大都に来る

タイ、チエンマイ王国成立


1296 タイにチエンマイ王国(ランナータイ王国)成立
1296 中国人周達観、カンボジアに滞在(~97)、帰国後『真臘風土記』を著す
14世紀前半 スマトラ北部にイスラム教が定着し始める
1303 オゴタイ・ハン国のハイドゥ没
1303 元朝と西方諸ハン国との和解が成立、ハイドゥの乱終わる
1310 チャガタイ・ハン国がオゴタイ・ハン国を滅ぼす
1314 元で科挙が初めて実施される
1316 科学者郭守敬没(1231―)
1321 「元典章」刊行
1322 書家趙孟頫(松雪道人)没(1254―)
1328 元朝に内乱、南北に政権対立し文宗が勝利、エルテムルが権勢をふるう(~33)
1335 元でバヤンが権勢をふるう(~40ころ)
1340ころ チャガタイ・ハン国が東西分裂
1342 教皇の使節マリニョリが大都に至る
1345 イブン・バットゥータが中国に至るという
1348 元で、方国珍の挙兵
1351 元で、韓山童らの紅巾の乱が起こる

タイ、アユタヤ朝成立


1351 タイにアユタヤ朝成立(~1767)
このころから15世紀にわたり、フィリピンにマレー人が移住。ミンダナオ島、スル諸島のイスラム化の基礎となる
1352 元で、郭子興が挙兵、朱元璋がこのころ郭子興軍に投ずる
1353 元で、張士誠が挙兵
このころ高麗への倭寇の侵入が甚しい
1353 ラオスにランサン王国成立
1359 紅巾軍が朝鮮侵入(~60)
1360 東チャガタイ・ハン国が西チャガタイ・ハン国を併合
1363 朱元璋が陳友諒を撃破
1364 朱元璋が呉王となる
1364 シャン人、アバ朝を興し、上ビルマを支配(~1555)
1365 マジャパヒト朝で、ジャワ語史詩『ナーガラクルターガマ』著される
1367 朱元璋が張士誠・方国珍を降す
1367 大明律の制定

中国、明成立


1368 朱元璋(洪武帝 ~98)が明(~1644)を建国
1368 元が漠北に去る(北元)
1368 明、一世一元の制採用
1371 明、倭寇対策で海禁令
1371 アユタヤ朝、スコータイ朝を攻撃
1375 明で、大明宝鈔の発行
1378 アユタヤ朝、スコータイを属領とする
1380 明で、胡惟庸の獄が起こる
1380 明で、中書省が廃され六部が皇帝に直属(三省六部)
1381 明、里甲制を施行、賦役黄冊がつくられる
1382 明で、錦衣衛・殿閣大学士の設置
1383 明で、シャム、チャンパ、真臘との勘合貿易始まる
1388 北元が滅ぶ
1388 高麗で、李成桂が威化島で回軍、クーデターを断行
1390 明で、李善長の獄起こる
1391 チベットで初代ダライ・ラマ即位
1391 高麗で、科田法の公布

朝鮮、李氏朝鮮成立


1392 李成桂が高麗に代わり朝鮮国をたてる(李氏朝鮮 ~1910)
1393 明で、藍玉の獄が起こる
1396 朝鮮、漢城(ソウル)に遷都
1397 改定大明律公布
1397 ティームールが東チャガタイ・ハン国を滅ぼす
1399 明で、燕王が挙兵〔靖難の変〕(~1402)
14世紀後半 マジャパヒト朝、スマトラを攻略(シュリービジャヤ滅亡)、マレー半島に進出
1402 燕王が建文帝を破り即位(永楽帝 ~24)

マラッカ王国、マレー半島に成立


1402 マラッカ王国興る(~1511)
1403 朝鮮、鋳字所を設置、銅活字を造る
1405 明の鄭和の南海遠征が始まる(33年まで7回)
1405 マラッカの使節が中国に至り、中国とマラッカの公式関係始まる
1406 明の永楽帝の命により、張輔がベトナム遠征(~08)
1407 明、交趾布政司を置き、ベトナムを直接支配(~27)
1409 『永楽大典』の成立

中国、永楽帝の漠北親征始まる


1410 永楽帝の漠北親征(24年まで5次にわたる)
1411 明で、会通河が改修され、大運河による輸送が用いられる
1413 明軍、ベトナムを征服(~27)
1413 明の李達らティームール帝国に赴く
1418 ベトナムの黎利が挙兵、明からの独立をはかる
1419 明が倭寇を破り、朝鮮が対馬を攻撃。前期倭寇が衰える
1419 マラッカ王、明にシャムの侵入を訴える
1420 明で、秘密警察東廠の設置
1420 山東に唐賽児の乱起こる
1420 ベトナムの黎利、明軍を破る
1421 明、正式に北京遷都、南京が副都となる
1424 明で、内閣制度始まる
1426 明で、漢王高煦の反乱
1427 明、交趾布政司を廃止

ベトナム、黎朝成立


1428 ベトナムに黎朝成立(~1789)
1431 アユタヤ朝、カンボジアの王都アンコールを占領
1431 カンボジアの首都東遷
1433 江南で金花銀の徴収始まる
1439 エセンが太師淮王となり、オイラートが漠北に強盛となる
1442 明で、宦官王振の専権(~49)
1442 浙江で葉宗留の乱(~50年代)
1443 朝鮮、日本と癸亥約条(嘉吉条約)を結ぶ
1444 明、福建・浙江に銀山を開く
1445ころ マラッカ、イスラム教国家となる。アユタヤ朝、チエンマイを攻めるが失敗。これよりマライ半島のイスラム化進行
1446 浙江で銀山の鉱夫の乱

朝鮮、ハングル頒布


1446 朝鮮で、訓民正音(ハングル)頒布
1446 ベトナムの黎朝、チャンパと戦い国王を捕虜とする
1448 明で、鄧茂七の乱起こる(~49)
1449 エセンが明の正統帝(英宗)を捕える〔土木の変〕
1451 チエンマイ軍、アユタヤ朝を攻撃して失敗
15世紀半ばごろ ジャワ、スマトラにイスラム教広まる
15世紀半ば以降 ジャワのマジャパヒト朝衰退
1453 オイラートのエセンが大元可汗と称する
1453 朝鮮で癸酉靖難起こる。首陽大君(後の世祖)、実権を握る

モンゴル、オイラート衰退


1454 エセン殺され、オイラート衰退に向かう
1455ころ アユタヤ朝軍、マラッカ遠征
1457 明で、英宗(正統帝)が再び帝位につき〔奪門の変〕、于謙処刑される
1457 タタール人が明に入寇
1460 ベトナム、黎朝の聖宗即位(~97)、黎朝最盛期を迎える
1461 チエンマイ軍、スコータイを攻略
1462 アユタヤ軍、スコータイを奪回
1463ころ マラッカに琉球船の来航が始まる
1464 明で農民反乱、荊襄の乱起こる(~66)
1467 明、建州女真を討つ
1467 朝鮮で、李施愛の乱起こる
1470 明で再び荊襄の乱起こる(~71)
1471 黎朝、チャンパの王都ビジャヤを占領
1474 明、万里の長城の構築・補修を始める
1475ころ イスラム教、モルッカ諸島に広まる
1477 明、西廠を設置。宦官汪直が任に当たり専権が始まる(~83)
1479 ベトナム、黎朝の聖宗の命により『大越史記全書』成る
1481 朝鮮で、『東国輿地勝覧』刊行
1485 朝鮮で、『経国大典』施行
1486 中部ビルマにタウングー朝興る(~1599)

モンゴル、ダヤン・ハン即位


1487 モンゴルにダヤン・ハンが立つ(~1524)
1488 明、均徭法を全国に施行
1498 朝鮮で、金宗直らが処刑される〔戊午の士禍〕
1505 明で、宦官劉瑾の専権(~10)
1508 陽明学成立
1509 『大明会典』刊行
1510 明で、劉六・劉七の乱(~12)

ポルトガル、マラッカを征服


1511 ポルトガル、マラッカを征服(~1641)
1513 マラッカのパテ・ケティル反乱失敗
1515 このころ、スマトラ島にアチェー王国独立
1516 ポルトガル人、広東に来る
1519 明で、寧王宸濠がそむく。王守仁が王を捕える
1521 嘉靖帝が即位し大礼の議が起こる(~24)
1521 マジェラン、フィリピン群島に来航
1522 ジャワ島のパジャジャラン王国、ポルトガルと友好条約を結ぶ
1525 アチェー、ポルトガル軍を追放
1526 ベトナムで、莫登庸が黎朝を簒奪
1528 王守仁(陽明)が両江のヤオ族を平定。帰途病没(1472―)
1530 明、北京に天壇を設ける

タウングー朝、ビルマ統一開始


1531 タウングー朝のダビンシュエティー王、ビルマ統一開始
1533 大同で兵卒の乱(~34)
1533 ベトナムで黎朝復興し莫氏と対立
1537 ポルトガル人、マカオに植民
1537 アチェー、マラッカを攻撃(~82)
1537 ベトナムの莫氏に明の干渉始まる
1539 ビルマのペグー朝、タウングー朝に滅ぼされる
1540 明で、一条鞭法の施行始まる
1541 ベトナムの莫登庸、明軍に降伏。明より安南都統使に任命される
1542 タタール人のアルタン・ハン、山西に侵入。このころタタール連年入寇
1542 明で、厳嵩の専権(~62)
1546 タウングー朝、上ビルマを併合
1546 ザビエル、アンボン島、テルナテ島を訪問
1547 タウングー朝、アラカン王国を攻撃

朝鮮、後期倭寇激化


1549 倭寇が浙江に侵入。このころ後期倭寇の活動はなはだしい
1550 アルタン・ハン、北京を包囲
1551 タウングー朝、バインナウン王即位(~81)。同朝最盛期
1552 ザビエル、サンショアン島で没(1506―)
1552 オイラート、アルタン・ハンに敗れモンゴリアから駆逐される
1555 倭寇が南京に侵入
1555 倭寇が朝鮮全羅道に侵入
1556 ビルマのタウングー朝、チエンマイを陥れ、ランナータイ国を滅ぼす

中国、ポルトガルのマカオ居住承認


1557 明、ポルトガルのマカオ居住を承認
1558 ベトナムで、黎派の阮氏がユエに赴く
1559 倭寇の首領王直殺される
1563 戚継光らに敗れ後期倭寇衰退
1565 スペイン人レガスピ、フィリピンに遠征
1567 明で、海禁が緩和される
1569 海瑞が江南の地主を弾圧
1569 イスラム軍、アンボン島のポルトガル人を攻撃
1569 ビルマのタウングー朝、アユタヤを攻略
1569 アルタン・ハン、チベットに遠征
1570 明、アルタン・ハンと和議を結ぶ
1570 イスラム軍、テルナテ島のポルトガル要塞攻撃(~74陥落)

スペイン、マニラ占領


1571 スペイン、マニラを占領
このころスペイン、フィリピンにエンコミエンダ制施行
1573 明で、張居正の改革始まる
1574 ビルマのタウングー朝、ビエンチャンを占領
1575 朝鮮で、東人・西人間の党争が起こる
1578 『本草綱目』成立
1579/81 イェルマークのシベリア遠征(~85)
1582 マテオ・リッチ、マカオに来る
1582 張居正没(1525―)
1582 『万暦大明会典』成立
このころジャワ島にマタラム王国成立(~1755)

満州、ヌルハチが挙兵


1583 ヌルハチが挙兵
1584 タウングー朝、シャムの攻略に失敗(94までに5回)
1586 アチェー、マラッカを包囲するが撃退される

朝鮮、豊臣秀吉による侵略


1592 豊臣秀吉による朝鮮侵略(~98 文禄・慶長の役)
1592 『西遊記』刊行
1592 オルドスでボバイの乱
1592 ベトナムで、鄭氏がハノイの莫氏を追う
1596 オランダ艦隊、ジャワに到着
1597 明で、楊応竜の乱(~1600)
1597 明で、万暦帝による鉱税の禍起こる
1599 満州文字の制定
1601 蘇州に織工暴動(織傭の変)起こる
1602 李贄没(1527―)
1602 『坤輿万国全図』刊行
1604 明で、東林書院復興(東林党活動開始)
1606 マテオ・リッチ訳『幾何原本』刊行
1609 オランダ、ジャワに総督を置く
1609 アチェーのマラッカ攻撃(~36)
1613 ヌルハチが女真を統一
1615 明で、梃撃の案(宮廷内紛)起こる
1616 明で、田税が重くなる(遼餉)

満州、後金成立


1616 ヌルハチが後金を建設
1619 サルフの戦いで後金が明を撃破
1619 オランダ、ジャワにバタビアを建設
1621 オランダ東インド総督クーンの艦隊、バンダ諸島を占領
1623 明で、魏忠賢が東廠を掌握して専権
1623 オランダ人、アンボン島でイギリス人を虐殺
1624 オランダが台湾に根拠地建設
1625 明の宦官魏忠賢が東林党を弾圧
1625 後金が瀋陽に遷都
1626 蘇州で開読の変(民変)起こる
1626 ヌルハチ没(1559―)
1627 魏忠賢自殺する
1627 明末の乱始まる
1627 後金が朝鮮に侵入
1627 ベトナムの阮氏と鄭氏の南北抗争始まる(~73)
1628 マタラム王国軍、バタビアを攻撃するが失敗
1634 『崇禎暦書』成立

ジュンガル国、モンゴルに成立


1634 モンゴルにジュンガル国成立(~1758)
1635 チャハル部を破り後金が内モンゴルを平定
1635 オランダのモルッカ諸島における香料生産統制始まる
1636 後金が清と国号を改める
1636 清、朝鮮に侵入、属国とする
1637 『天工開物』成立
1638 清が六部を設置(三省六部)
1639 『農政全書』刊行
1639 マニラに中国人の騒乱(~40)
1641 オランダ、マラッカを攻略

中国、清による支配始まる


1644 李自成が北京を攻略明滅亡。清、李自成を破り北京に入場。中国支配を開始
1645 李自成敗死(1606―)
1645 清、弁髪令を発布
1650 明の遺臣鄭成功が厦門に拠る
1659 清軍が雲南を占領、桂王がビルマに逃げ、清の統一がほぼ完成する
1659 朝鮮で礼論がおこり宋時烈と尹鐫が争う
1661 康煕帝即位(~1722)
1661 鄭成功がオランダを逐い台湾に拠る
1661 清軍が桂王を捕え、明の遺王が滅ぶ
1662 江南で均田均役法の施行
1662 鄭成功没(1624―)

タイのアユタヤ朝、オランダと通商協定締結


1664 タイのアユタヤ朝、オランダと通商協定を結ぶ
1666 アダム・シャール没(1591―)
1673 呉三桂が清朝にそむき三藩の乱が起こる(~81)
1674 マタラム王国でトゥルナジャヤの反乱起こり、王権弱体化
1677 モンゴル、ジュンガル部のガルダンがハガンと称する
1681 三藩の乱を鎮圧し清朝の支配確立
1682 考証学を開いた顧炎武没(1613―)
1683 鄭氏が清に降り台湾平定
1684 清、遷界令を解除し海禁を解く
1685 清、ロシアとアルバジンで衝突
1685 タイのアユタヤ朝、フランスと通商協定を結ぶ
1687 バンコクにフランス軍駐留(~88)
1688 ガルダンがハルハ部に侵入
1688 イエズス会士フェルビースト没(1623―)

清、ロシアとネルチンスク条約締結


1689 清、ロシアとネルチンスク条約を結ぶ
1689 朝鮮で、宋時烈処刑される
1690 最初の『大清会典』できる
1690 ガルダン再びハルハ部に侵入
1692 思想家王夫之(船山)没(1619―)
1695 思想家黄宗羲没(1610―)
1696 康煕帝がガルダンを親征
1697 ガルダン自殺。モンゴリアのハルハ部が清に属する
1699 清、イギリスの広東貿易を許可
1699 オランダ、ジャワでコーヒー栽培を開始

ジャワ、第一次マタラム継承戦争


1703 第一次マタラム継承戦争起こる
1704 教皇が中国におけるイエズス会布教方法を禁止、典礼問題が起こる
1706 清、典礼否認派宣教師を追放
1708 清、保甲制を全国に施行
1711 清で、戴名世事件〔文字の獄の一つ〕
1712 清のトゥリシェン(図理琛)がボルガ河口のトルグート族に使する
1712 清、朝鮮との国境に長白山定界碑を建てる
1713 ラオス、3王国に分裂、シャムの侵略を招く
1713 清、盛世滋生人丁を施行
1715 『聊斎志異』の作者蒲松齢没(1640―)
1716 清、広東で地丁銀を施行、以後全国に及ぶ
1716 『康煕字典』成立
1717 『皇輿全覧図』完成
1719 第二次マタラム継承戦争起こる(~23)

チベット、清領となる


1720 清がチベットに遠征、宗主権をにぎる
1720 広東に公行の結成(広東十三行)
1721 朝鮮で、辛壬の獄起こる(~22)
1722 康煕帝没(1654―)、雍正帝即位(~35)
1723 清、キリスト教を厳禁、宣教師をマカオに追放
1724 清、青海を平定
1724 清、チベットに駐蔵大臣を置く
1725 雍正帝、円明園の造営に着手
1725 『古今図書集成』完成
1726 清で、査嗣庭事件〔文字の獄の一つ〕

清、ロシアとキャフタ条約締結


1727 清、ロシアとキャフタ条約を結ぶ
1727 ジュンガル部にガルダン・ツェレン立つ(~45)
1728 雍正帝、養廉銀の制を始める
1731 清で、最初の全国的アヘン禁止令
1732ころ 清で、軍機処の設置
1735 雍正帝没(1678―)、乾隆帝即位(~96)
1735 『明史』完成
1740 湖南・広西でミャオ族の反乱が起こる
1740 清、満州への中国人移住を禁止〔封禁令〕
1740 オランダ、バタビアの華僑を大虐殺
1743 『大清一統志』成立
1746 福建でキリスト教弾圧(47年5宣教師を殺す)
1747 清で、金川土司の反乱(~49)
1747 清で、円明園に洋式庭園がつくられる

ジャワ、第三次マタラム継承戦争


1749 第三次マタラム継承戦争起こる(~57)。この結果、マタラムはスラカルタとジョクジャカルタに分割
1750 清、チベットの暴動を平定(チベット保護国化の契機)
18世紀中ごろ フィリピン各地にキリスト教広まる
1752 ビルマにコンバウン朝成立(~1885)
1754 ジュンガル(準部)のアムルサナ、清に亡命
1754 『儒林外史』の作者呉敬梓没(1701―)
1755 清がジュンガルを討つ。アムルサナが清にそむく
1757 清、外国貿易を広東一港に限定
1758 清がジュンガルを平定
1760 清が回部(天山南路)を平定
1762 清、イリ将軍を設置
1763/64 『紅楼夢』の作者曹雪芹没(1715?―)
1764 画家金冬心没(1687―)
1765 画家鄭燮没(1693―)
1766 イタリア人画家カスティリオーネ没(1688―)
1767 清がビルマ遠征(~68)
1767 ビルマ軍、アユタヤ朝を滅ぼす

タイ、トンブリー朝成立


1767 タイで、タークシンがビルマ軍を撃退し、トンブリー朝を興す
1769 グルカ人がネパールを征服
1769 清が再びビルマに遠征
1771 清、第二次金川征討(~76)

ベトナム、タイソン党の乱始まる


1771 ベトナムでタイソン党の乱始まる
1772 清で、『四庫全書』の編纂が始まる(~82)
1773 イギリスの中国へのアヘン密輸が始まる
1774 清で、王倫らの清水教の乱起こる
1776 朝鮮李朝の正祖が、学問文芸振興機関、奎章閣を創設
1777 学者・思想家戴震没(1723―)
1781 甘粛でイスラム教徒蘇四十三の乱起こる〔回民起義〕
1782 『四庫全書』完成

タイ、バンコク朝成立


1782 シャムにバンコク朝成立
1784 甘粛でイスラム教徒田五の乱起こる〔回民起義〕
1784 アメリカ船広東に来航
1785 朝鮮で、天主教(キリスト教)禁止される
1786 台湾で林爽文の乱起こる(~87)
1786 イギリス、ペナンを東南アジア進出の拠点とする
1786 ベトナムのタイソン党、全国を統一
1787 ベトナム阮氏の生き残り阮福映、フランス宣教師ピニョー・ド・ベーヌと結びコンドル諸島、ダナン港をフランスに割譲
1788 清の孫士毅がベトナムの黎朝を救援してハノイに入城
1788 グルカ人がチベットに侵入(~92)
1789 ベトナムの黎朝救援の清派遣軍、タイソン党に大敗。黎朝滅ぶ

ビルマ、清に服属


1790 ビルマが清に服属
1791 朝鮮、キリスト教を禁止し洋書購入を禁止する
1792 清がネパールに出兵してグルカ人を制圧
1792 チベットで高僧転生に関し金瓶製籤制を定める
1793 イギリスの使節マカートニーが清に来て貿易制限撤廃を求める
1795 貴州でミャオ族の反乱(~98)
1796 乾隆帝が嘉慶帝(~1820)に譲位
1796 白蓮教徒の乱起こる(~1805)
1797 清、白蓮教徒の乱平定のため郷勇を募集
1797 考証学者王鳴盛没(1720―)
1799 乾隆帝没(1711―)
1799 オランダ東インド会社解散
1800ころ 蔡牽を中心とする海賊が沿岸を荒す〔艇盗の乱〕
1801 貴州のミャオ族が再び反乱
1801 史学者章学誠没(1738―)
1801 朝鮮で、キリスト教大弾圧〔辛酉の教獄〕

ベトナム、阮朝成立


1802 ベトナムで、阮福映(ザロン)が外人部隊を背景としてタイソン党を破り、阮朝を創始(~1945)
1805 白蓮教徒の乱鎮圧
1805 書家鄧石如没(1743―)
1809 艇盗の乱の中心人物蔡牽敗死
1809 広東の互市章程が定められる
1811 清、西洋人の内地居住、キリスト教伝道を禁止
1811 イギリス、ジャワを占領(~16)

朝鮮、洪景来の乱起こる


1812 朝鮮平安道で洪景来の乱起こる
1812 史学者趙翼没(1727―)
1813 清、アヘン私売を厳禁、吸飲者も処罰
1813 華北で天理教の乱
1814 イギリス副総督ラッフルズ、ジャワで土地改革を行う
1815 清、アヘン輸入を厳禁
1815 段玉裁没(1735―)
1816 イギリス使節アマーストが北京に来るが皇帝に謁見できず退去
1816 オランダ、ジャワを奪回
1818 書家翁方綱没(1733―)

シンガポール、イギリス領となる


1819 イギリス、ジョホール王からシンガポールを買収
1820 嘉慶帝(1760―)没し、道光帝即位(~50)
1820 ベトナム、排外策に転換、フランス人宣教師を迫害
1821 シャムにイギリスのクロファード使節団到着
1822 清、アヘン所持を禁止
1823 清、ケシ栽培、アヘン製造を禁止
1824 イスラム教徒ジャハーンギールが東トルキスタンに侵入

第一次ビルマ戦争起こる


1824 第一次ビルマ戦争起こる(~26)
1824 イギリス、オランダからマラッカを獲得
1825 清、運河に代わり海上輸送を採用
1825 ジャワ戦争始まる(~30)
1826 台湾で黄文淵の乱
1826 ビルマ、イギリスにテナセリム、アラカンを割譲
1827 ジャハーンギール捕われる
1827 シャム、ビエンチャンを征服
1829 ビルマの欽定年代記『マンナン・ヤーザウィン』編纂(~32)
1830 ジャハーンギールの兄ユースフがカシュガルに侵入

ジャワ、オランダによる強制栽培制度実施


1830 オランダ、ジャワに強制栽培制度実施
1831 湖南でヤオ族の反乱(~32)
1832 広州にジャーディン・マジソン会社(怡和洋行)の設立
1832 訓詁学者の王念孫没(1744―)
1834 イギリス、東インド会社の中国貿易独占廃止
1834 イギリス貿易監督官ネーピア着任
1834 マニラ、欧米諸国に正式開港
1836 エリオットが駐中国イギリス領事となる
1836 湖南でヤオ族の反乱
1838 清で、黄爵滋がアヘン厳禁を上奏
1838 林則徐が欽差大臣となる
1839 林則徐が広東で没収アヘンを廃棄
1839 朝鮮でキリスト教の弾圧、フランス人宣教師殺される〔己亥の教獄〕

アヘン戦争始まる


1840 アヘン戦争始まる(~42)
1840 林則徐解任される
1841 広東で平英団事件起こる
1841 川鼻仮条約の締結
1841 イギリス人ブルーク、サラワクを領有
ジャワに大飢饉続発

南京条約締結


1842 清、イギリスに降伏、南京条約を結び5港を開港、香港を割譲
1842 広州でイギリス商館焼き打ち
1843 清、イギリスと虎門寨追加条約を結ぶ
1844 清、アメリカと望廈条約、フランスと黄埔条約を結ぶ
1844 清、キリスト教禁止令を緩和
1845 イギリスが上海に最初の租界を開く
1847 清、スウェーデン及びノルウェーと通商条約を結ぶ
1847 ベトナム各地で宣教師迫害。フランス艦、海岸を威嚇砲撃
1849 フランス、上海に租界を開く
1849 オランダ、バリ島を植民地化する
1850 道光帝(1782―)没し、咸豊帝即位(~61)

中国、太平天国の乱起こる


1850 上帝会が起義を宣言して太平天国の乱起こる(太陽暦では51~64)
1850 林則徐没(1785―)
1851 清、ロシアとイリ通商条約を結ぶ

第二次ビルマ戦争起こる


1852 第二次ビルマ戦争起こる
1852 イギリス、ビルマのペグーを併合
1853 太平天国軍が南京を占領、天朝田畝制度を公布
1853 小刀会が上海占領(~55)
1853 曽国藩が湘軍を組織
1853 清が釐金税を徴収
1855 捻軍が安徽で蜂起(~68)
1855 シャム、イギリスと友好通商条約(ボーリング条約)を結ぶ
1856 太平天国に内紛起こり、韋昌輝が楊秀清を殺す

アロー戦争始まる


1856 アロー号事件起こり、アロー戦争に発展
1856 雲南にイスラム教徒の乱〔~73、パンゼーの乱〕
1856 シャム、アメリカ・フランスと条約締結
1857 トンキンでスペイン人宣教師殺害事件起こる
1858 清、ロシアとアイグン条約締結
1858 清、諸国と天津条約を結ぶ
1858 ベトナムで、フランス・スペイン連合軍がダナンを攻撃、翌年サイゴンを占領
1859 アロー戦争で、清がタークー砲台の砲撃によりイギリス・フランス軍を撃退
1860 太平天国軍、上海に迫る
1860 イギリス・フランス連合軍、北京を占領

北京条約締結


1860 清、イギリス・フランス・ロシアと北京条約調印
1860 朝鮮で、東学創始される
1861 清、総理各国事務衙門を設置
1861 北京に各国公使館開設
1861 曽国藩が安慶軍械所を設立(洋務運動の始まり)
1862 太平天国軍、第二次上海進攻
1862 ウォードが、太平天国軍と戦うために常勝軍を組織
1862 陝西のイスラム教徒の乱起こる〔回民起義〕

ベトナム、第一次サイゴン条約締結


1862 ベトナム、コーチシナ東部三省をフランスに割譲〔第一次サイゴン条約〕
1862 オランダ、ジャワでの強制栽培制度を漸次停止
1863 ゴードン、常勝軍司令官となる
1863 上海に共同租界成立
1863 朝鮮で、大院君の執政始まる
1863 カンボジア、フランスの保護国になる
1864 太平天国の創始者洪秀全病死(1814―)、湘軍が天京〔南京〕を占領
1864 朝鮮で、東学の創始者崔済愚処刑される
1865 捻軍が山東に進出
1865 李鴻章、上海に江南製造総局を置く
1866 捻軍、東西に分裂
1866 カシュガルにヤクブ・ベク自立
1866 朝鮮で、シャーマン号事件起こる
1866 フランス艦隊が朝鮮の江華島に侵攻

マレー半島の海峡植民地、英直轄となる


1867 ペナン、マラッカ、シンガポールがイギリス直轄の海峡植民地となる
1867 ビルマ、イギリスと通商協定を結ぶ
1867 左宗棠、福州船政局を設置
1868 捻軍平定される

タイ、ラーマ5世即位


1868 シャムでラーマ5世(チュラロンコーン)即位(~1910)
1870 天津でキリスト教会焼き打ちされる
1871 アメリカ艦隊が朝鮮の江華島に侵入
1872 フィリピン労働者らのカビテ暴動に大弾圧
1872 清、李鴻章の提議により、招商局設置
1873 陝西、甘粛及び雲南のイスラム教徒の乱鎮圧〔回民起義、パンゼーの乱〕
1873 朝鮮で、大院君失脚し、閔妃一族が政権をとる

(スマトラ)アチェー戦争始まる


1873 オランダ軍、スマトラ島のアチェーに侵攻(~1912。アチェー戦争)
1874 ベトナム南部六省、フランス植民地となる(第二サイゴン条約)
1874 マレー半島のセランゴール、ペラク、イギリス保護領となる
1875 雲南でイギリス人マーガリ殺害事件
1875 光緒帝即位、西太后実権を握る
1876 上海-呉淞間に中国最初の鉄道開通
1876 清、イギリスと芝罘条約を結びマーガリ殺害事件解決
1877 イギリス、マラヤのゴム栽培に成功
1878 新疆のイスラム教徒の乱終結
1878 李鴻章、唐山に開平鉱務局設立

イリ条約締結


1879 清、ロシアと第一次イリ条約を結ぶ
1880 李鴻章、天津電報総局開設
1881 清、ロシアと改訂イリ条約を結ぶ
1881 清で、唐胥鉄道開通
1881 上海-天津間に電信開通
1882 李鴻章、上海機器織布局設置(中国綿紡織業の嚆矢)
1882 上海に電燈ともる
1882 朝鮮で反日運動〔壬午軍乱〕起こる
1882 フィリピンで、タガログ語新聞『タガログ毎日』創刊、以後フィリピンの社会改革を求める宣伝活動盛ん
1884 左宗棠の上奏により、新疆省成立
1884 ベトナムをめぐる清仏戦争起こる
1884 朝鮮で、金玉均派のクーデター失敗〔甲申政変〕

天津条約締結


1885 清、天津条約を結び、フランスのベトナム保護国化を承認
1885 台湾が省となる
1885 イギリスが朝鮮の巨文島を占領(巨文島事件 ~87)
1885 第三次ビルマ戦争起こる
1886 ビルマ、イギリス領インドに併合される
1887 清、ポルトガルにマカオを割譲

フランス領インドシナ連邦成立


1887 フランス領インドシナ連邦成立
1887 マレー半島のネグリ・センビランがイギリス保護領となる
1888 李鴻章、北洋海軍を創立(提督丁汝昌)
1888 マレー半島のパハンとボルネオ島のサバがイギリス保護領となる
1889 光緒帝の親政始まる
1889 朝鮮で、防穀令事件起こる
1890 清、イギリスのシッキム保護権を承認
1890 張之洞、漢陽製鉄局を設立
1891 清で、哥老会蜂起
1891 康有為『新学偽経考』発表
1891 揚子江沿岸に仇教運動(反キリスト教運動)頻発
1892 朝鮮全羅道で東学党徒大会開く
1892 シャムの王族を中心とする行政制度改革本格化
1892 リサール、フィリピン民族同盟を結成、まもなく流刑
1892 マニラでボニファシオが秘密結社カティプーナンを結成
1893 李鴻章が天津医学堂を創設

日清戦争始まる


1894 日清戦争始まる
1894 孫文、ハワイで興中会を組織
1894 朝鮮で、金玉均暗殺される(1851―)
1894 朝鮮で、甲午農民戦争起こる
1894 朝鮮で、金弘集による内政改革行われる〔甲午の改革〕
1895 清、日本と講和。台湾を割譲〔下関条約〕
1895 康有為ら公車上書を行い、強学会を組織
1895 台湾民主国成立宣言。日本が弾圧
1895 孫文らの挙兵発覚〔広州革命〕
1895 イギリス、マラヤ連邦を結成
1896 清、郵政局設置
1896 清、鉄路総公司設置

フィリピン革命始まる


1896 カティプーナンが蜂起、フィリピン革命始まる
1896 リサール処刑される(1861―)
1897 清で、アメリカ、イギリス、ドイツ人経営の紡績工場相次いで操業開始
1897 清、海南島不割譲宣言
1897 ドイツが膠州湾占領
1898 康有為が戊戌の変法を上言
1898 ドイツが膠州湾、ロシアが旅順・大連、イギリスが九竜半島・威海衛を租借
1898 清、雲南、福建などの不割譲を声明
1898 義和団の排外運動始まる
1898 光緒帝、戊戌の変法を推進するが政変で失敗
1898 5 アメリカ艦隊、マニラ湾のスペイン艦隊撃滅。6フィリピン革命政権樹立。12フィリピン、アメリカ領となる〔パリ条約〕
1899 山東で義和団が蜂起
1899 フランス、広州湾租借
1899 フィリピン革命軍、共和国成立宣言、アメリカ軍と全面戦争開始
1899 ラオス、フランス領インドシナに編入される

中国、義和団事件


1900 義和団が北京の各国公使館包囲、列強が北京を攻略〔義和団事件〕
1900 孫文らの挙兵失敗〔恵州事件〕
1901 1-29 西安で光緒帝変法の詔勅が出される
1901 7-24 清、総理各国事務衙門を外務部に改める
1901 9-7 義和団事件最終議定書に調印(北京議定書)
1901 11-7 李鴻章没(1823―)
1902 2-1 清で、満漢の通婚が許され纏足が禁止される
1902 4 蔡元培ら中国教育会を組織
1902 7 アメリカ、フィリピン革命軍を鎮圧
1902 11-16 蔡元培、愛国学社を設立
1903 6-29 蘇報事件。章炳麟投獄され、愛国学社閉鎖
1903 7-1 東清鉄道開通
1903 7-7 イギリス遠征軍、チベットに侵入
1904 2 湖南で華興会結成

イギリス・フランス協商調印


1904 4-8 イギリス・フランス、シャムにおける勢力圏を協定〔イギリス・フランス協商〕
1904 6-24 三合会、広西で蜂起
1904 7-3 武昌に科学補習所設立
1904 9-7 イギリス・チベット間にラサ条約締結
1904 12 清で、最初の利権回収運動起こる
1904 この年、上海で光復会結成
1905 4 ベトナムの革命家ファン・ボイチャウ来日〔東遊運動起こる〕
1905 8-20 東京で中国同盟会結成
1905 9-2 清、科挙を廃止
1905 11-18 清が立憲大綱準備に着手
1906 9-1 清、立憲実施を予告
1906 12-4 江西の萍郷、湖南の醴陵などで革命派が蜂起
1906 12-16 鄭孝胥ら、上海に予備立憲公会を創設

朝鮮、反日義兵闘争


1906 この年、朝鮮で崔益鉉、閔宗植らの抗日挙兵相次ぐ〔義兵闘争〕
1906 この年、ボルネオがイギリスの保護領となる
1907 7-30 フィリピンで最初の議会選挙
1907 8-1 ソウルでの朝鮮軍解散式で、朝鮮軍が日本軍と衝突。以後、反日義兵闘争激化
1907 この年、清で黄岡事件など革命団体の挙兵相次ぐ
1908 3 中部ベトナム各地で農民の抗税運動(~5)
1908 8-27 清、憲政施行の順序を定める
1908 10 ジャワでブディ・ウトモ結成
1908 11-14 光緒帝没(1871―)、翌日西太后没(1835―)
1908 12-2 宣統帝(溥儀)即位
1909 3-10 イギリス、ケダーなどマレー半島4国の宗主権をシャムより移譲される
1909 10-14 清で、各省諮議局開会
1909 12-22 朝鮮首相李完用襲われる
1909 12 上海に国会請願同志会結成
1910 1-26 清で、諮議局代表が国会開設を請願
1910 2 黄興ら、広東の新軍を中心に蜂起するが失敗

朝鮮、日韓併合


1910 8-22 日本による韓国併合
1910 9-30 朝鮮総督府設置
1910 10-3 清で、資政院開院
1910 11-4 清、1913年の国会開設を公示
1911 4-17 朝鮮総督府、土地収用令制定
1911 4-27 広州で黄花岡事件
1911 5-9 清、鉄道国有令公布
1911 10-10 武昌蜂起(辛亥革命始まる)
1911 11-30 モンゴル独立宣言

中華民国成立


1912 1-1 孫文、臨時大総統に就任し、中華民国臨時政府成立
1912 1-1 中華民国、太陽暦を採用
1912 2-12 宣統帝(溥儀)退位、清滅ぶ
1912 3-10 袁世凱が中華民国臨時大総統に就任
1912 3-11 孫文が中華民国臨時約法を公布
1912 9 ジャワでサレカット・イスラム結成される
1913 1-10 チベット独立宣言
1913 4-8 中華民国第一次国会開会
1913 7-12 中国で、反袁世凱の第二革命起こるが敗北
1914 5-1 袁世凱、中華民国約法公布
1914 7-8 孫文、中華革命党結成
1914 7-8 イギリス、マラヤ連邦州以外の5保護領により非連邦州を結成

中国、対華二十一か条要求受諾


1915 5-9 対華二十一か条要求受諾で、中国に日貨排斥起こる
1915 12-12 袁世凱、帝位推戴を受諾
1915 12-25 中国で、第三革命起こる
1915 この年、『新青年』創刊
1916 3-22 袁世凱、帝政を取消す〔6-6病没(1859―)〕
1916 8-29 ジョーンズ法成立。フィリピンの自治拡大
1916 10-16 フィリピンに二院制議会発足
1917 7-22 シャム、ドイツ・オーストリアに対して宣戦
1917 7 張勲の清朝復辟運動失敗
1917 8-14 中国、ドイツ・オーストリアに宣戦
1917 9-10 孫文が広東政府を樹立
1917 この年、胡適ら文学革命を唱導
1918 この年、魯迅『狂人日記』発表

朝鮮、三・一独立運動起こる


1919 3-1 朝鮮で、三・一独立運動起こる
1919 4-10 上海に大韓民国臨時政府樹立。国務総理に李承晩
1919 5-4 中国で、五・四運動起こる
1919 6-28 中国、ベルサイユ条約調印拒否
1919 7 ソビエト連邦政府、中国に対しカラハン宣言を発表
1919 10-10 中華革命党、中国国民党に改組
1920 5-23 東インド共産党(のちのインドネシア共産党)結成
1920 7 中国に安直戦争起こり安徽派敗北
1920 8-28 ビルマに、ラングーン大学発足
1920 10-2 間島事件起こる
1921 5 孫文、第二次広東政府樹立
1921 7-1 中国共産党創立
1921 9-1 シャム、アメリカとの新友好条約批准。これに続く諸条約により西欧諸国との外交関係是正
1921 この年、魯迅、『阿Q正伝』発表

中国に関する九か国条約調印


1922 2-6 中国に関する九か国条約調印
1922 4 孫文、第一次北伐失敗。第一次奉直戦争起こる
1923 1-2 ビルマで両頭制始まる
1923 1-26 孫文・ヨッフェ共同宣言
1923 2-7 中国で、京漢鉄道ストライキを呉佩孚が弾圧
1923 2-21 孫文、第三次広東政府樹立
1924 1 中国で、第一次国共合作成立
1924 8 ビルマ各地で人頭税反対運動
1924 9-18 孫文、第二次北伐開始。第二次奉直戦争起こる
1924 11-26 モンゴル人民共和国成立
1925 3-12 孫文没(1866―)
1925 4 朝鮮共産党結成
1925 5-30 上海で五・三〇事件起こり、反帝運動拡大
1925 6 香港大ストライキ開始(~26)
1925 7-1 広東国民政府成立
1926 3-20 蒋介石、中山艦事件を起す

中国の蒋介石、北伐開始


1926 7-9 蒋介石北伐を開始
1927 4-12 蒋介石が反共クーデター
1927 7-4 インドネシア国民同盟結成
1927 7 第一次国共合作終了
1927 10 毛沢東、井岡山に革命根拠地建設
1927 11 広東省に海陸豊ソビエト樹立(~28)
1927 12-11 広州コミューン樹立
1927 12-25 ベトナム国民党結成
1928 4 蒋介石の第二次北伐開始(5 紅軍第四軍を編成)
1928 5-3 日中両軍間に済南事件起こる
1928 6-9 北伐軍、北京に入城
1928 10-8 蒋介石、国民政府主席に就任
1929 7 張学良、東清鉄道強行回収失敗
1929 11-3 朝鮮で、光州学生運動起こる

ベトナム共産党創設


1930 2-3 ベトナム共産党創設
1930 2-9 ベトナム国民党勢力、反仏武力蜂起〔イェンバイ蜂起〕
1930 7-29 湖南省長沙にソビエト政府樹立。(8-5 崩壊)
1930 12-22 下ビルマでサヤー・サンの乱(~32・3)
1930 12 蒋介石の第一次掃共戦(~31)
1931 1-10 中部ルソンで農民蜂起
1931 7 吉林省長春郊外で万宝山事件
1931 11-27 中華ソビエト共和国臨時政府、瑞金に成立
1932 6-24 シャムに立憲クーデター(12-10 シャム王国憲法発布)
1933 4-10 日本軍、万里の長城以南に侵入開始
1933 10 蒋介石の第五次掃共戦
1933 11-20 福建人民革命政府成立
1933 11-26 シャムで初の民選議員選挙

中国、紅軍の長征始まる


1934 10-15 中国紅軍の長征始まる(~36・10)
1934 11-10 瑞金の中華ソビエト共和国臨時政府陥落
1934 11-10 朝鮮で、人民革命軍創設
1935 1-15 中国共産党遵義会議で毛沢東の指導権確立
1935 5-30 ビルマ(ミャンマー)のインドからの分離確定
1935 8-1 中国共産党が八・一宣言発表
1935 11-3 中国国民政府が幣制改革断行
1935 11-15 アメリカ高等弁務官の監督下にフィリピン共和国成立
1935 11-25 関東軍の策動により、河北省に冀東防共自治委員会成立
1936 10-19 魯迅没(1881―)
1936 12-12 張学良、蒋介石を監禁〔西安事件〕
1937 4-1 ビルマ、イギリス直轄領(準自治州)となる

日中戦争始まる


1937 9-22 第二次国共合作成立
1937 12-13 日本軍、南京を占領、南京大虐殺
1938 5 毛沢東が「持久戦論」発表
1939 2 中国国民党が異党活動制限弁法(反共法)を制定
1939 6-24 シャム、国号をタイに変更
1939 11 インドネシア反帝民族統一戦線結成
1940 1 毛沢東「新民主主義論」発表
1940 3-30 汪兆銘、国民政府の南京遷都を宣言
1940 6-12 タイ、イギリス・フランス・日本と不可侵条約締結
1940 9-23 日本軍、北部仏印進駐
1940 9-27 北部コーチシナのバクソンで反仏・反日闘争起こる
1940 9-29 タイ、フランス・インド軍と国境で衝突
1940 11-23 南部コーチシナのサイゴンで人民蜂起
1941 1-7 中国国民党軍が新四軍を攻撃〔皖南事件〕
1941 5-9 タイ・仏印平和条約調印

ベトミン結成


1941 5-19 ベトミン結成
1942 1-25 タイ、イギリス・アメリカに宣戦布告
1942 3-29 中部ルソンでフクバラハップ(フク団、抗日人民軍)結成
1942 4-3 中国共産党が整風運動を起す
1942 8-4 自由タイ運動の地下組織成立
1943 7-7 蒋介石、反共攻勢
1943 8-1 ビルマ独立宣言。国家主席バー・モー
1943 11-22 蒋介石、カイロ会談に出席
1944 8-1 ビルマの反ファシスト組織(AFPFL)結成
1945 5 中国共産党七全大会で毛沢東が「連合政府論」を報告
1945 8-14 中ソ友好同盟条約締結

朝鮮、南北に分裂


1945 8-15 朝鮮、日本の植民地支配から解放される。北部にソ連軍進駐(9-2 南部にアメリカ軍が軍政をしく)
1945 8-17 インドネシア共和国独立宣言
1945 8-30 重慶で毛沢東・蒋介石会談
1945 9-2 ベトナム民主共和国独立宣言
1945 10-12 ラオスで、ラオ・イサラ結成
1946 1-10 中国で、国共停戦協定成立
1946 7-4 フィリピン共和国独立宣言
1946 7-12 中国、国共内戦始まる

インドシナ戦争始まる


1946 12-19 フランス軍、ハノイを攻撃(インドシナ戦争開始)
1947 10-10 中国共産党、土地法大綱公布。地主の土地没収を定める
1948 1-4 ビルマ連邦共和国独立〔→ミャンマー〕
1948 2-1 マラヤ連邦政府独立〔→マレーシア〕
1948 8-13 韓国(大韓民国)創建〔9-9 北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)創建を宣布〕
1948 9-18 インドネシア共産党、マディウンで革命政府樹立〔マディウン事件〕
1949 6-14 南ベトナムにバオ・ダイ政権成立
1949 7-19 ラオス、フランス連合内の独立達成

中華人民共和国成立


1949 10-1 中華人民共和国成立
1949 11-8 カンボジア、フランス連合内の独立達成
1949 12-8 国民政府、台北に移都
1949 12-27 インドネシア連邦共和国成立

朝鮮戦争始まる


1950 6-25 朝鮮戦争始まる
1950 8-15 インドネシアのスカルノ大統領が単一国家としての共和国樹立を宣言
1950 10-25 中国人民義勇軍、朝鮮戦線に出動
1951 7-10 開城で朝鮮休戦会談開く
1951 10-25 板門店で朝鮮休戦会談再会
1951 11-29 タイで軍の無血クーデター
1951 12-1 中国人民解放軍、チベットに進駐
1951 12 中国、三反五反運動開始
1952 1-18 韓国が「李承晩ライン」設定
1952 2-15 第一次日韓会談

カンボジアのシアヌーク、政権掌握


1952 6-15 カンボジア国王シアヌーク、政権掌握
1953 1 中国、第一次五か年計画発足
1953 2-15 中国、「農業生産互助合作に関する決議」採択
1953 7-27 朝鮮戦争休戦協定成立
1953 10-22 ラオス独立
1953 11-9 カンボジア独立
1953 11-20 フランス軍、ディエン・ビエン・フー占領
1954 2-23 フィリピン政府、フクバラハップに総攻撃開始
1954 4-29 周恩来・ネルーが「平和五原則」を提唱
1954 5-7 ホー・チ・ミン軍がディエン・ビエン・フーを占領
1954 7-21 ジュネーブ協定成立。インドシナ戦争休戦実現。南北ベトナムの分割決定

東南アジア条約機構成立


1954 9-8 東南アジア条約機構(SEATO)創設会議、マニラで開催
1954 9-20 第一期全国人民代表大会で中華人民共和国憲法を採択
1954 9-29 ソ連フルシチョフ第一書記ら中国訪問、中ソ会談開く
1954 12-3 アメリカ・国民政府間に相互防衛条約調印
1955 4-18~24 バンドンでアジア・アフリカ会議開催。「平和十原則」を採択
1955 10-11 中国共産党七期六中全会が農業協同化に関する決議。農業集団化が進展する
1955 10-26 南ベトナム国民投票の結果、バオ・ダイ帝廃位。ゴ・ジン・ジエム、共和制宣言、大統領に就任
1956 9-15 中国共産党八全大会開く。第二次五か年計画採択
1956 10-1 周恩来、ソ連の「スターリン批判」を批判
1956 12-21 スマトラで軍部反乱、戒厳令
1956 この年、中国に百花斉放・百家争鳴運動起こる
1956 北朝鮮でチョンリマ運動起こる

マレーシア、マラヤ連邦独立


1957 8-31 マラヤ連邦独立〔マレーシア〕
1957 9-16 タイでサリット元帥のクーデター成功
1957 11-19 ラオス、連合政府樹立
1958 2-15 インドネシア反政府軍、スマトラに革命政府樹立
1958 7-22 ラオス、プーマ連合政府総辞職
1958 7-31 フルシチョフ、中国訪問
1958 8 中国が金門島砲撃、アメリカ艦隊出動で台湾海峡緊迫
1958 9-20 中国人民解放軍、幹部の下放を指示
1958 9-26 ビルマ(ミャンマー)のウー・ヌ首相、ネ・ウィン将軍に暫定政権委託
1958 10-20 タイでサリットの第二次クーデター。憲法停止
1958 この年中国、大躍進路線、人民公社設立を決議
1959 3 ダライ・ラマ、インドに脱出。チベット地方政府解散
1959 4 劉少奇、中国国家主席となる

シンガポール、イギリス連邦内での独立宣言


1959 6-3 シンガポール、イギリス連邦内での独立を宣言
1959 8-2 廬山会議開催。彭徳懐解任され中国共産党内の対立表面化
1959 8-7 中印国境紛争起こる
1959 9-30 フルシチョフ中国訪問、中ソ対立激化
1959 中国、この年より3か年にわたり自然災害発生、大躍進中絶
1960 4-18 韓国四月革命起こる(5-28 李承晩、ハワイに亡命)
1960 7-16 ソ連、中国派遣中の技術者引揚げ、対中国設備供給停止
1960 8-9 ラオスに中立派コン・レのクーデター
1960 8-14 北朝鮮の金日成首相が七か年計画を発表

南ベトナム解放民族戦線結成


1960 12-20 南ベトナム解放民族戦線結成
1961 2-15 ベトナム人民解放軍発足
1961 4 韓国で南北に統一運動盛上る(5-16 軍事クーデターで弾圧)
1961 5-13 ラオス停戦成立
1961 7-3 朴正煕、韓国国家再建最高会議議長となる

ビルマ、革命政府樹立


1962 3-2 ビルマでネ・ウィン、軍部クーデターに成功。革命政府樹立
1962 6-23 ラオス、第二次連合政府発足
1962 10-20 中印国境紛争起こる(~11)
1962 12-26 韓国で第三共和国憲法公布
1962 この年、中ソ論争が公然化(中ロ関係)
1963 5-1 西イリアンの施政権、国連からインドネシアに委譲
1963 5-8 南ベトナムのユエで仏教徒が反政府デモ
1963 5-20 中国、農村における社会主義教育運動展開を決定
1963 7-5~20 中ソ共産党会談モスクワで開催
1963 8-21 南ベトナム全土に戒厳令

マレーシア連邦発足


1963 9-16 マレーシア連邦発足
1963 10-15 朴正煕、韓国大統領に当選
1963 11-2 南ベトナムで、ドン・バン・ミン少将の軍事クーデター。ゴ・ジン・ジエム大統領殺害される。

1964 1-30 南ベトナムでグエン・カーン将軍の無血クーデター
1964 3 韓国内に、日韓基本条約交渉への反対運動広まる
1964 8-2 トンキン湾事件起こる
1964 10-16 中国、最初の原子爆弾実験に成功
1965 2-7 アメリカ機の北ベトナム爆撃開始〔ベトナム戦争〕
1965 5-22 中国人民解放軍の階級廃止
1965 6-11 南ベトナムで、グエン・バン・チュー、グエン・カオ・キ両将軍のクーデター

日韓基本条約締結


1965 6-21 韓国で非常事態宣言。翌日、日韓基本条約調印
1965 8-9 シンガポール共和国、マレーシア連邦から分離、独立
1965 9-30 インドネシアでクーデター〔九・三〇事件〕
1965 11-10 上海の『文匯報』、姚文元の「『海瑞罷官』批判」を掲載。文化大革命の発端
1965 12-30 マルコス、フィリピン大統領に就任
1966 6-3 北京市党委員会改組で彭真失脚
1966 8-3 マレーシア紛争終わる

中国、文化大革命に関する16条を発表


1966 8-8 中国共産党、文化大革命に関する16条を発表
1966 8-18 北京の天安門広場で紅衛兵の100万人集会
1966 10-27 中国、ミサイルによる核実験に成功
1966 この年、中国第三次五か年計画発足
1967 1-6 アメリカ海兵隊、メコン・デルタに上陸、進攻開始
1967 1-25 中国上海で一月革命起こる。人民解放軍、文化大革命に介入を表明
1967 1-31 黒竜江省で最初の革命委員会成立(各省に相次ぐ)
1967 3-12 インドネシア暫定国民協議会がスハルトを大統領代行に任命、スカルノを実質的に解任
1967 4 北京に革命委員会成立
1967 6-26 ラングーンで反中国暴動起こる

東南アジア諸国連合結成


1967 8-8 東南アジア諸国連合(ASEAN)結成
1968 1-23 北朝鮮がアメリカ情報収集艦プエブロ号を捕獲(12-23 釈放)
1968 1-30 南ベトナム解放民族戦線のテト攻勢開始
1968 5-13 アメリカ・北ベトナムのパリ和平会談始まる
1968 9-20 サバ帰属問題につき、マレーシア・フィリピン紛争
1969 1-25 第1回ベトナム和平拡大パリ会談
1969 3-2 ウスリー川の珍宝島で中ソ武力衝突(この年新疆、アムール川でも衝突)
1969 4-1 中国共産党九全大会開会、林彪を毛沢東の後継者と規定
1969 5-13 クアラ・ルンプールでマレー人と中国系民衆の衝突
1969 6-8 南ベトナム臨時革命政府樹立
1969 7-8 アメリカ軍の南ベトナム撤退始まる
1969 7-19 西イリアンのインドネシア帰属決定
1969 9-3 ホー・チ・ミン没(1890―)
1970 3-18 カンボジアでクーデター、シアヌーク元首解任、ロン・ノル将軍が実権掌握
1970 4-24 中国、最初の人工衛星打上げに成功

アメリカ軍、カンボジアに侵攻


1970 4-30 アメリカ軍、カンボジアに侵攻(~6-30)
1970 9-17 拡大パリ会談で南ベトナム臨時革命政府代表、8項目の和平提案
1970 10-13 中国、カナダと外交関係樹立
1971 2-8 アメリカ・南ベトナム軍、ラオスに侵攻(~3-12)
1971 9-13 林彪(1909―)がクーデターに失敗し国外脱出の途中死亡
1971 9-20 板門店で南北赤十字が初会合(朝鮮統一問題)
1971 10-25 国際連合総会が中国の国連参加を決議
1971 11-17 タイで、タノム・キッチカチョーン首相を中心とする軍部がクーデターで全権掌握
1972 1-20 アメリカ軍、ベトナム、ラオス、カンボジア3国国境地帯を爆撃
1972 2-21~28 ニクソン米大統領訪中し、米中共同声明発表(27)
1972 3-30 南ベトナム解放勢力、大攻勢を開始

朝鮮、南北平和統一に関する共同声明発表


1972 7-4 韓国と北朝鮮が、南北平和統一に関する共同声明発表
1972 7 中国、馬王堆漢墓発掘を発表
1972 8-30 ピョンヤンで第1回南北赤十字会談開催
1972 10-17 韓国全土に非常戒厳令宣布

ベトナム和平協定調印


1973 1-27 パリでベトナム和平協定調印
1973 2-21 ラオス和平協定調印
1973 4-12 鄧小平復活、副首相に就任
1973 8-8 金大中事件起こる
1973 8-24 中国共産党十全大会開催。林彪問題を総括。批林批孔運動強まる
1973 10-14 タイの学生と軍隊・警官隊の武力衝突発生。タノム内閣総辞職
1974 1-3 ビルマ(ミャンマー)、国名をビルマ連邦社会主義共和国に改称
1974 3-2 ビルマ、民政移管
1974 4-3 韓国で、「民青学連事件」起こる
1974 8-15 朴正煕銃撃未遂事件
1975 1 中国、四期全国人民代表者大会開催。周恩来首相、「四つの現代化」を提示
1975 4-5 蒋介石没(1887―)
1975 4-17 カンボジア解放勢力、プノンペンを占領。ロン・ノル政権崩壊
1975 4-30 南ベトナムのドン・バン・ミン政権無条件降伏。ベトナム戦争終結
1975 8-23 中国に水滸伝批判起こる
1975 9-15 中国、「農業は大寨に学べ」会議開幕
1975 12-1 フォード米大統領訪中
1975 12-2 ラオス、王制を廃止、人民民主共和国成立

カンボジア、民主カンボジアに改称


1976 1-5 カンボジア、国名を民主カンボジアに改称(-6 シアヌークが元首に)
1976 1-8 中国の周恩来首相死去
1976 3-1 韓国で、金大中らが民主救国宣言発表(-10 金大中ら逮捕される)
1976 4-2 カンボジアで、シアヌーク元首辞任(-13 キュー・サムファンが元首、ポル・ポトが首相に)
1976 4-5 北京、天安門広場に周恩来追悼のために捧げられた花輪を市当局と官憲が撤去したため、怒った民衆が暴動(第一次天安門事件)
1976 4-7 中国新首相・第一副主席に華国鋒。鄧小平副主席は公職解任

ベトナム社会主義共和国成立


1976 7-2 南北ベトナムが統一し、ベトナム社会主義共和国が成立。大統領にトン・ドク・タン、首相にファン・バン・ドン
1976 7-17 インドネシアが東チモール併合を宣言(-25 ポルトガルが承認。東チモール問題)
1976 9-9 中国の毛沢東主席死去
1976 10-7 中国の華国鋒首相が党主席・中央軍事委員会主席に就任
1976 10-12 中国で、江青・王洪文・張春橋・姚文元の「四人組」逮捕
1976 12-23 フィリピン政府とモロ民族解放戦線、和平協定を締結
1976 12-29 韓国、民主救国宣言事件で金大中に懲役5年の判決(-31 金芝河に反共法違反で懲役7年の判決)
1977 2-23 北朝鮮で、金日成主席の息子金正日が後継者に推挙される

東南アジア条約機構解散


1977 6-30 東南アジア条約機構(SEATO)が解散
1977 7-21 中国、鄧小平の党副主席復帰と「四人組」の党除名決定
1977 7-22 カンボジアとタイの軍が国境で衝突
1977 8-4 フィリピンが、東マレーシアのサバの領有権放棄を宣言
1977 8-12 中国共産党大会で、文化大革命の終結を宣言。「四つの現代化」路線決定
1977 10-20 タイでクーデター、サガット国防相が全権掌握
1977 11-25 フィリピン軍事法廷がアキノ元上院議員らに国家転覆罪などで銃殺刑を宣告
1977 12-10 中国共産党中央組織部長に胡耀邦就任
1977 12-31 カンボジア、国境地帯侵略を理由にベトナムと断交
1978 3-5 中国全人代で、四つの現代化・台湾解放を明記した新憲法を採択
1978 3-7 米韓合同演習「チームスピリット78」が開始
1978 4-7 フィリピンで暫定国民議会選挙、マルコス大統領派が大勝
1978 4-12 中国が領有権を主張する尖閣諸島(中国名釣魚島)で、中国漁船108隻が示威行動
1978 4-30 韓国が領海12カイリ実施
1978 7-6 韓国の朴正煕大統領再選

日中平和友好条約調印


1978 8-12 日中平和友好条約調印
1978 8-25 中国軍とベトナム国境警備隊が両国国境で衝突
1978 12-25 ヘン・サムリン議長の「カンボジア救国民族統一戦線」とベトナム軍がカンボジア東部に侵入、ポル・ポト政府軍と激戦
1978 12-27 韓国の金大中、2年10カ月ぶりに釈放。拉致事件の日韓政治決着を批判
1979 1-1 アメリカと中国が国交回復。アメリカは台湾と断交

カンボジア人民共和国樹立


1979 1-7 カンボジアで、救国民族統一戦線軍とベトナム軍がプノンペンを占領、ポル・ポト政権崩壊(-11 ヘン・サムリン政権成立、カンボジア人民共和国樹立。-18 ポル・ポト派は徹底抗戦を表明)
1979 2-17 中国軍がベトナムに侵攻(3-16 撤退)
1979 7-15 中国が広東・福建に4経済特区の設置を決定、対外開放政策開始
1979 8-13 中国、産児制限政策を発表
1979 8-15 カンボジアのヘン・サムリン政権が、ポル・ポト政権下の4年間に300万人が虐殺されたと発表
1979 9-21 国連総会、カンボジア代表をポル・ポト政権とする決議採択

朝鮮、朴正煕大統領射殺さる


1979 10-26 韓国の朴正煕大統領、側近の韓国中央情報部(KCIA)部長に射殺される(12-6 大統領選挙で、崔圭夏を新大統領に選出)
1979 12-8 韓国が政治犯68人釈放、金大中の自宅軟禁も解除
1980 2-29 中国、劉少奇前国家主席の名誉回復。胡耀邦を総書記に選出
1980 3-30 ベトナム大統領トン・ドク・タン死去
1980 4-10 中ソ友好同盟相互援助条約、中国の更新拒否により失効
1980 5-18 韓国、光州市で反政府デモ激化〔-27 軍が制圧、死者多数(光州事件)〕
1980 8-16 韓国の崔圭夏大統領が辞任(-27 新大統領に全斗煥を選出)
1980 9-10 中国の華国鋒首相と鄧小平副首相が辞任、趙紫陽副首相が後任首相に
1980 9-17 韓国軍法会議、金大中に死刑判決
1980 12-14 中国の胡耀邦総書記が文化大革命を全面否定(-22 「人民日報」が、毛沢東は文革で過ちをおかしたと名指しで批判)
1981 1-15 韓国で民正党創設、総裁に全斗煥
1981 1-17 フィリピンのマルコス大統領が戒厳令を解除、政治犯を釈放
1981 1-23 韓国、閣議で金大中を死刑から無期懲役に減刑

中国、四人組裁判有罪判決


1981 1-25 中国、「四人組」裁判で江青らに有罪判決
1981 2-2 訪米中の全斗煥韓国大統領に、アメリカのレーガン大統領が在韓米軍の不撤退を保証
1981 3-10 キュー・サムファン民主カンボジア首相とシアヌークが、反ベトナム統一戦線を結成
1981 6-27 中国で、華国鋒主席が副主席に降格、胡耀邦が主席に
1981 7-4 ベトナム国家評議会議長にチュオ・チン
1981 12-9 中国とインドの国境交渉が19年ぶりに再開
1982 1-6 韓国で夜間外出禁止令解除。独立以来34年ぶり
1982 4-21 韓国軍と北朝鮮軍が非武装地帯で銃撃戦

民主カンボジア連合政府発足


1982 7-11 カンボジアのシアヌーク、キュー・サムファン、ソン・サンの反ベトナム3派による民主カンボジア連合政府発足。大統領にシアヌーク
1982 7-20 韓国の「東亜日報」と中国の「人民日報」が日本の文部省の歴史教科書書き換えを批判。以後、両国政府が訂正を要求(11-24 文部省が検定基準を改正)
1982 9-12 中国、主席制に代わって設けられた総書記に胡耀邦、中央軍事委員会主席に鄧小平を選出
1982 9-15 北朝鮮の金日成主席が訪中
1982 9-27 韓国政府が、日本の歴史教科書に対して39項目の是正資料を提出
1982 12-23 韓国で金大中釈放、韓国居住は許されずアメリカへ
1983 4-4 アメリカが中国女子テニス選手の亡命許可(-7 中国、対米文化・スポーツ交流の停止を発表)
1983 5-5 中国民航機が乗っ取られ韓国に着陸、犯人の中国人6人、台湾への亡命を求めて投降
1983 5-7 タイで、第四次プレム内閣成立
1983 6-18 中国、国家主席に李先念、国家中央軍事委員会主席・党顧問委員会主席に鄧小平
1983 8-15 中国の胡耀邦総書記、1997年7月1日に香港の主権を回復すると言明

フィリピン、アキノ元上院議員暗殺


1983 8-21 フィリピンのマニラ空港で、アメリカから帰国直後のアキノ元上院議員が暗殺される
1983 9-1 大韓航空機が領空を侵犯したとしてソ連空軍機に撃墜され、日本人28人を含む269人全員が死亡
1983 10-9 ビルマのラングーンのアウンサン廟で爆弾が爆発、訪問中の韓国の副首相ら17人、ビルマ人4人死亡。全斗煥大統領は難を逃れる。韓国政府は北朝鮮の陰謀と発表
1983 10-11 中国、国際原子力機関(IAEA)に加盟
1983 11-15 北朝鮮が日本の冷凍船第18富士山丸を拿捕、船長ら5人をスパイ容疑で抑留
1984 2-25 韓国、反体制詩人金芝河ら202人の政治活動規制を解除
1984 4-6 中国政府が大連・青島など14都市の対外開放を決定
1984 4-28 アメリカのレーガン大統領訪中、鄧小平主任と会談。中国の「四つの現代化」に支持表明
1984 5-23 北朝鮮の金日成国家主席、23年ぶりに訪ソ。その後東欧8カ国も歴訪
1984 8-15 30年ぶりに中国とインドが貿易協定に調印

韓国で豪雨


1984 8-31 韓国で豪雨(9-24 北朝鮮が板門店で救援物資の引き渡しを開始)
1984 10-1 中国、国慶節で軍事パレードが25年ぶりに復活
1984 12-7 中国の「人民日報」がマルクス主義の限界を指摘
1984 12-19 北京で中国の趙紫陽首相とイギリスのサッチャー首相が、1997年香港返還の合意文書に調印
1984 12-25 ベトナム軍が、反ベトナムのソン・サン派の拠点ノンサメットを制圧
1985 1-8 カンボジア駐留ベトナム軍が、タイ・カンボジア国境の民主カンボジア連合政府の拠点アンピルを制圧(2-16 ポル・ポト派の拠点マライ山も制圧)
1985 1-18 韓国の反体制政治家グループが新韓民主党を結成(2-12 総選挙で野党第一党に)
1985 3-5 カンボジア駐留ベトナム軍、シアヌーク派の拠点タトムに本格的攻撃を開始
1985 3-6 韓国の全斗煥大統領が、金大中、金泳三らの政治活動規制を解除
1985 3-22 黄海で訓練中の中国海軍の魚雷艇内で、乗組員同士が亡命をめぐって銃撃戦、6人が死亡
1985 4-19 中国の胡耀邦総書記、中国人民解放軍の100万人削減を言明
1985 4-24 中国とインドネシアが18年ぶりに外相会談
1985 5-28 ソウルで、南北朝鮮赤十字会談が12年ぶりに再開(8-22 離散家族の相互訪問に合意。9-21 家族の再会が実現)
1985 9-2 民主カンボジアの最高司令官ポル・ポトが退役、後任にソン・セン
1985 10-11 中国の鄧小平主任、日本の閣僚の靖国神社公式参拝を批判(10-18 中曽根康弘首相、靖国神社の秋の例大祭への参拝見送りを表明)
1985 12-2 フィリピン、アキノ暗殺裁判で全員に無罪の判決

フィリピン、コラソン・アキノ政権成立


1985 12-11 フィリピンの反マルコス陣営が、大統領候補にコラソン・アキノを選出
1986 2-7 フィリピン大統領選(-15 与党の単独採決でマルコス4選を宣言。アメリカのレーガン大統領、フィリピン与党の不正・暴力だと批判)
1986 2-22 フィリピンのエンリレ国防相とラモス参謀総長代行がマルコス退陣を要求して決起(-24 アキノ派が臨時政府樹立。-25 マルコスとアキノ、ともに大統領就任宣誓。-26 マルコス、ハワイへ亡命。アキノ大統領は組閣)
1986 2-25 韓国の全斗煥大統領が、大統領直接選挙制への改憲を1989年に実施すると言明
1986 5-3 中国広州省に台湾の中華航空貨物機が緊急着陸、機長が亡命を希望
1986 6-19 ベトナムの結合体双生児ベトちゃん・ドクちゃんが来日、日赤に入院
1986 7-10 ベトナム共産党のレ・ズアン書記長死去
1986 8-3 マレーシアで総選挙、マハティール政権の与党が圧勝
1986 9-12 フィリピン最高裁、アキノ暗殺事件の裁判のやり直しを決定
1986 9-14 ソウル金浦空港で爆弾テロ、死者5人

ベトナム、ドイ・モイ政策決定


1986 12-17 ベトナム共産党大会、グエン・バン・リン書記長を選出。経済再建・開放政策「ドイ・モイ」を決定
1987 1-1 北京の天安門広場で学生数百人が民主化要求デモ(-16 胡耀邦総書記、混乱の責任を取り辞任。趙紫陽首相が総書記代行に。11-2 趙紫陽、総書記就任)
1987 1-10 中国共産党、方励之ら3人の改革派知識人を除名
1987 1-14 韓国、ソウル大学の学生が警察の取り調べ中の拷問により死亡(5-26 国民に不信広がり、内閣総辞職)
1987 2-2 フィリピン、新憲法の国民投票(-8 圧倒的多数で承認)
1987 6-18 ベトナム、ファン・フン副首相を首相に、ボー・チ・コン副首相を国家評議会議長に選出
1987 7-9 韓国、2335人の政治犯を赦免・復権
1987 7-14 台湾、38年2カ月ぶりに戒厳令解除(10-14 民間人の大陸訪問を解禁)
1987 10-29 韓国、新憲法を公布

ビルマ上空で大韓航空機墜落


1987 11-29 ビルマ上空で大韓航空機が行方不明に(12-15 墜落を確認。爆弾テロの疑いで金賢姫を韓国に移送)
1987 12-16 韓国大統領選、盧泰愚当選
1988 1-13 台湾の蒋経国総統死去。後任に李登輝副総統
1988 1-15 大韓航空機爆破は、北朝鮮の金正日書記の指令によるソウル五輪妨害を狙ったテロと、韓国政府が断定。金賢姫は犯行を認める
1988 2-7 韓国国家安全企画部が、金賢姫の教育係「李恩恵(リウネ)」は1979年頃日本から拉致されたと発表し似顔絵公開
1988 3-14 中国・ベトナム両軍が領有権を争う南沙群島近海で衝突、ベトナム艦船2隻沈没し死者3人・行方不明74人
1988 4-8 中国全人代で国家主席に楊尚昆選出(-9 首相に李鵬を選出)
1988 5-25 韓国、在日韓国人の政治犯徐俊植を17年ぶりに釈放
1988 6-21 ビルマの首都ラングーンでの反政府デモで多数の死傷者(7-25 26年間独裁を続けたネ・ウィン社会計画党議長辞任。8-12 後任のセイン・ルイン議長兼大統領も辞任)

カンボジア駐留ベトナム軍、撤退開始


1988 6-30 カンボジア駐留ベトナム軍が撤退開始
1988 8-19 ビルマの議長兼大統領に初の文民マウン・マウン司法長官が就任
1988 9-18 ビルマで軍部が実権掌握(-21 ソウ・マウン国防相が首相就任)
1988 10-4 ベトナムの結合体双生児ベトちゃん・ドクちゃんの分離手術成功
1989 3-5 中国、チベット自治区のラサで、独立を求めるデモ隊と政府軍が衝突(-8 ラサに戒厳令)
1989 4-15 中国の胡耀邦前総書記死去(-22 胡耀邦の名誉回復を求めて天安門広場に20万人が集まる。5-20 北京に戒厳令)

中国、第二次天安門事件


1989 6-4 市民・学生が占拠していた天安門広場に中国戒厳部隊が出動、戦車・装甲車で制圧、死者数百人(第二次天安門事件)
1989 6-18 ビルマがミャンマー連邦に国名改称
1989 7-1 北朝鮮のピョンヤンで開催された世界青年学生祭典に、韓国の女子学生が参加
1989 7-21 ミャンマーの軍事政権が、反体制活動家アウンサンスーチーを自宅軟禁
1989 9-26 ベトナム軍のカンボジア撤退完了
1989 10-5 ダライ・ラマ14世にノーベル平和賞
1989 11-9 中国の鄧小平党中央軍事委員会主席が辞任、後任に江沢民
1990 2-28 韓国、在日韓国人の政治犯徐勝を19年ぶりに釈放
1990 3-23 モンゴル、一党独裁を放棄

ミャンマーで総選挙、国民民主連盟大勝


1990 5-27 ミャンマーで総選挙、アウンサンスーチーの率いる国民民主連盟(NLD)が大勝
1990 7-3 中国とインドネシアが国交回復文書に調印
1990 9-3 ベトナムのグエン・バン・リン書記長が訪中、江沢民総書記と10年ぶりの首脳会談
1990 9-6 ミャンマーの軍事政権が、選挙で圧勝したNLDの幹部らを逮捕
1990 9-30 韓国とソ連が国交樹立
1990 11-28 シンガポールのリー・クアン・ユー首相退陣、ゴー・チョクトン第一副首相が後任に
1990 12-18 ミャンマーで、反政府ゲリラ勢力、カレン民族同盟、ビルマ民主同盟の3組織が暫定ビルマ連邦国民連合政府の樹立を宣言
1990 12-23 モンゴルが政教分離を宣言
1991 1-30 日本と北朝鮮の国交正常化交渉第1回会談
1991 4-30 台湾が憲法の大陸政権敵視条項を廃止し、内戦状態に終止符
1991 6-9 フィリピン、ルソン島のピナツボ火山大噴火
1991 6-27 ベトナム共産党大会、新書記長にド・ムオイを選出、ドイ・モイ政策を鮮明化

朝鮮、国連に南北同時加盟


1991 7-8 北朝鮮が国連加盟を申請(8-5 韓国が国連加盟を申請。9-17 南北同時加盟)
1991 7-17 フィリピンのクラーク基地返還にアメリカが合意
1991 10-14 ミャンマーのアウンサンスーチーにノーベル平和賞
1991 10-23 カンボジア和平文書調印(11-14 シアヌークが13年ぶりに帰国)
1991 11-12 インドネシアの東チモールで、国軍が葬列に発砲、死者115人
1991 12-6 韓国の元従軍慰安婦が日本政府に補償を求めて提訴(従軍慰安婦問題)
1991 12-13 韓国と北朝鮮が不可侵・交流同意書に署名
1991 12-24 北朝鮮、金正日が人民軍最高司令官に
1992 1-7 韓国、米韓合同演習の中止を発表
1992 1-29 ベトナムとアメリカの国交正常化交渉開始
1992 2-29 モンゴル人民党大会、社会主義を放棄する新綱領を採択

国連カンボジア暫定統治機構発足


1992 3-15 国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)発足。代表、明石康
1992 5-24 タイのスチンダ首相、辞任表明
1992 6-17 モンゴル駐留旧ソ連軍の撤退完了
1992 6-22 フィリピン大統領選でラモス当選
1992 8-24 中国と韓国が国交樹立
1992 12-18 韓国大統領選で金泳三が当選(93 2-25 就任。32年ぶりの文民政権)
1993 3-10 インドネシアのスハルト大統領、6選
1993 3-12 北朝鮮、核不拡散条約から脱退を表明
1993 3-27 中国、江沢民が国家主席に
1993 4-2 フィリピンの元従軍慰安婦18人が集団提訴
1993 4-9 北朝鮮、金正日書記を国防委員会委員長に選出
1993 5-10 中国、40年ぶりに食糧配給制度を廃止
1993 5-23 UNTAC主導のカンボジア選挙、投票開始(6-3 開票終了)
1993 6-11 北朝鮮、能登半島沖で中距離弾道ミサイルの試射に成功と発表
1993 8-29 シンガポール大統領選、オン・チョアン前副首相が当選

カンボジア、君主制復活


1993 9-24 カンボジア、新憲法を公布、23年ぶりに君主制復活。国王にシアヌーク
1994 2-3 アメリカ、対ベトナム経済制裁の全面解除を発表
1994 2-14 ミャンマーのアウンサンスーチーが米国議員と自宅で面会。国内で民主化のために闘い続けると表明
1994 3-3 韓国と北朝鮮が板門店で実務協議開催(-19 決裂)
1994 5-26 アメリカ、中国の最恵国待遇を更新
1994 6-13 北朝鮮がIAEAからの即時脱退を宣言(-16 アメリカのカーター元大統領が北朝鮮を訪問、金日成主席と会談。6-22 アメリカのクリントン大統領、北朝鮮が核開発の凍結に同意したと発表)
1994 7-8 北朝鮮の金日成主席死去
1994 8-18 アジアオリンピック評議会が、台湾の李登輝総統を広島アジア大会に招待。中国は反対表明(8-19 李登輝総統、出席を断念)
1994 10-21 韓国のソウルで、漢江にかかる聖水大橋が崩壊、自動車数十台転落、死者32人
1994 10-31 中国の李鵬首相が、中国首相初の韓国訪問

朝鮮、朝鮮半島エネルギー開発機構発足


1995 3-9 日本・韓国・アメリカが朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)の設立協定に調印
1995 5-15 中国、地下核実験を実施したと発表
1995 6-29 韓国のソウルでデパートが突然崩壊、死傷者・行方不明者1000人以上
1995 7-10 ミャンマーの軍事政権が民主化運動指導者アウンサンスーチーを解放
1995 8-5 ベトナムとアメリカが国交樹立文書に調印
1995 8-24 中国がアメリカ国籍の人権活動家ハリー・ウーを国外追放
1995 11-16 韓国の盧泰愚前大統領、収賄の疑いで逮捕される
1995 12-3 韓国の全斗煥元大統領、反乱首謀罪で逮捕される
1996 2-8 韓国政府が竹島(韓国名独島)に埠頭建設を開始

台湾、直接選挙で李登輝総統圧勝


1996 3-23 台湾で初めて直接選挙による総統選挙、李登輝総統が圧勝
1996 4-25 ロシアのエリツィン大統領が訪中、江沢民国家主席と会談
1996 4-29 モンゴルの草原で火災、8万平方km、人口の16%にあたる36万人が被災
1996 8-8 カンボジアで、3000人のポル・ポト派が投降
1996 8-26 韓国、ソウル地裁が全斗煥元大統領に死刑、盧泰愚前大統領に懲役22年6月の判決(12-16 ソウル高裁、全被告を無期懲役、盧被告を懲役17年に減刑判決)
1996 9-2 フィリピン政府とモロ民族解放戦線が和平合意書に正式調印
1996 9-18 北朝鮮の潜水艦が韓国海岸で座礁、乗り組んでいたスパイ11人が自殺。韓国当局が13人射殺、1人逮捕
1996 10-11 東チモールのベロ司教と東チモール民族抵抗評議会のホルタ代表にノーベル平和賞
1997 2-12 北朝鮮の黄長燁(ファンジャンヨプ)労働党中央委員会書記が、中国の韓国大使館に亡命申請(4-20 韓国入り)
1997 2-19 中国の最高実力者鄧小平死去
1997 4-17 韓国で、79年の粛軍クーデターと80年の光州事件の責任を問われた全斗煥元大統領に無期懲役、盧泰愚前大統領に懲役17年が確定(12-22 両被告を特赦で釈放)
1997 5-26 尖閣諸島(中国名釣魚島)の領有権問題で、香港・台湾の活動家が同諸島近海で洋上抗議行動

中国、香港返還


1997 7-1 香港がイギリスから中国に返還
1997 7-5 カンボジアで、フン・セン第二首相派の部隊がラナリット第一首相派の部隊を攻撃、7日までに首都制圧
1997 8-7 カンボジア第一首相にフオト外相が就任
1997 10-8 北朝鮮で金正日書記が朝鮮労働党総書記に
1997 12-18 韓国大統領選挙、金大中当選(1998.2-25就任)
1998 1-7 インドネシア・ルピアが1ドル=8000ルピアを割り込むなど、アジア各国の通貨・株式市場急落
1998 2-16 中華航空機が台北国際空港で着陸に失敗、炎上。乗客乗員196人全員死亡
1998 2-27 カンボジア政府とラナリット派が停戦発表
1998 3-10 インドネシア、スハルト大統領の7選を無投票で決定
1998 3-17 中国全国人民代表大会、新首相に朱鎔基副首相を選出
1998 4-11 韓国と北朝鮮が北京で3年9カ月ぶりの直接会談(-18 決裂)
1998 4-15 カンボジアのポル・ポト死亡

インドネシア、スハルト大統領辞任


1998 5-5 インドネシアで、ガソリン・電気などの大幅値上げを発表したスハルト政権に抗議する暴動が各地で勃発。5-15までに死者約500人に
1998 5-21 インドネシアのスハルト大統領辞任、32年の独裁に幕。後任にハビビ副大統領就任
1998 6-22 北朝鮮の潜水艇が韓国領海で魚網にかかる(-26 艇内から自殺したと見られる9人の遺体発見)
1998 6-25 アメリカのクリントン大統領、89年の天安門事件後初の訪中
1998 6-30 フィリピンの新大統領にエストラダ前副大統領が就任
1998 北朝鮮、冷害。95、96年豪雨、97年台風による高潮被害、干魃(かんばつ)などの影響で食糧難。以後多少の好転はあるが食糧難続く
1999 10 インドネシア、大統領選挙でワヒドが就任
1999 10 国連東チモール暫定統治機構(UNTAET)が設置される

韓国の金大中大統領が北朝鮮を訪問


2000 6 韓国の金大中大統領が北朝鮮を訪問、金正日総書記と会談
2000 9 ミャンマーのアウンサンスーチー、行動制限措置を受ける(2002年5月解除)
2001 1 フィリピン、エストラダ大統領が辞任。副大統領アロヨが大統領就任
2001 7 インドネシア、ワヒド大統領が不正資金疑惑などにより罷免。副大統領メガワティが大統領に就任

東チモールが独立


2002 5 東チモールが独立。初代大統領はグスマン
2002 9 小泉純一郎首相と金正日総書記による日朝首脳会談
2002 10-12 インドネシア、バリ島クタ地区のディスコが爆弾の爆発により炎上、警察は爆弾テロと断定
2002 11 中国広東省、重症急性呼吸器症候群(SARS)の発生を確認(2003年シンガポール、香港などで流行)
2002 12-19 韓国大統領選挙、盧武鉉当選(2003.2-25就任)
2002 12-31 中国上海市、世界初の実用リニアモーターカー開通式典、試運転開始

中国、全国人民代表大会、国家主席に胡錦濤、首相に温家宝を選出


2003 3 中国、全国人民代表大会、国家主席に胡錦濤、首相に温家宝を選出
2003 5-30 ミャンマーの軍事政権がアウンサンスーチーを拘束
2003 8-5 インドネシア、ジャカルタのホテルで爆発事件。警察はテロ事件として捜査
2003 10-15 中国、国内初の有人宇宙船「神舟5号」打ち上げに成功(~16帰還)
2003 10-31 マレーシアのマハティール首相、辞任
2004 5-22 小泉純一郎首相が北朝鮮を訪問、金正日総書記との会談により拉致被害者の家族8人のうち5人が帰国(7-18 残りの3人が帰国・来日)
2004 8-10 シンガポールのリー・クアン・ユー首相辞任、長男のリー・シェン・ロンが財務相兼任で首相に就任
2004 9-19 中国、江沢民が党中央軍事委員会主席を退任、胡錦濤が就任
2004 10-7 カンボジアの国王シアヌーク退位宣言(10-29 子息のシハモニが即位)
2004 10-20 インドネシア、ユドヨノ大統領就任

スマトラ島沖地震・津波で甚大な被害


2004 12-26 インドネシアなどのインド洋沿岸各国がスマトラ島沖地震・津波で甚大な被害
2005 2-14 北朝鮮、核兵器保有を宣言
2005 3-1 台湾の台北市に世界最高層ビル「TAIPEI 101」がオープン
2005 3-15 中国、胡錦濤が国家中央軍事委員会主席に就任、これにより党・国家・軍の三権を掌握
2005 4 北京、上海などで大規模な反日デモ・暴動発生
2005 7-21 中国、人民元切上げ、管理フロート制導入
2005 9-12 香港ディズニーランド開園
2005 12-12 マレーシアで初の東アジア首脳会議開催
2006 5-27 インドネシアでジャワ島中部地震発生。ジャワ島ジョクジャカルタ南南西25キロメートルでマグニチュード(Mw)6.3の地震が発生し、ジョクジャカルタ特別州および中部ジャワ州において、5000人を超える死者、4万人近い負傷者、42万人を超える避難者等の被害が出た
2006 9-19~10-9 タイでクーデター発生。一族の金権体質や強権的手法で批判が高まっていたタクシン政権に対する軍部によるクーデターであり、主導者のソンティ陸軍司令官は首都バンコクを制圧後、プミポン国王に忠誠を誓い、国王から民主主義統治改革評議会議長に任命された。その後スラユット暫定首相の暫定内閣が発足
2006 10-9 北朝鮮、地下核実験実施を発表
2006 10-10 ミャンマーの首都がヤンゴンからネピドーに移る
2007 1-1 韓国の潘基文(ばんきぶん/バンキムン)が第8代国連事務総長に就任
2007 1-5 台湾高速鉄道(台湾新幹線)営業運転開始
2007 5-20 東チモールの第2代大統領にノーベル平和賞受賞者のホルタが就任
2007 9 ミャンマーの最大都市ヤンゴンで僧侶らが中心となり反政府デモが続くが、武力鎮圧され、死傷者多数。国連特別顧問ガンバリ事務総長ミャンマーを訪問、軍事政権幹部と会談、自宅軟禁中の民主化運動指導者アウンサンスーチーと面会
2008 5-12 中国で四川大地震発生。マグニチュード(Mw)8.0で死者は約6万9000人
2008 8-8~8-24 第29回夏季オリンピック北京大会が開催。アジアで開催される夏季大会は東京、ソウルに続き3回目
2009 5-23 韓国の前大統領盧武鉉(ノムヒョン)が自殺
2009 10-1 中国が建国60年を迎えた
2010 6-30 フィリピンの第15代大統領にベニグノ・アキノが就任
2010 11 ミャンマーで自宅軟禁されていた民主化運動指導者アウンサンスーチーが解放された
2011 3-30 ミャンマーでテイン・セイン大統領率いる新政府が発足し、1988年以降同国を統治してきた国家平和開発評議会(SPDC)から政権が委譲された
2011 10 タイ全土で大規模な水害が発生
2011 12-17 北朝鮮の金正日(きんしょうにち/キムジョンイル)総書記が死去。三男の金正恩(きんしょうおん/キムジョンウン)が後継者となった

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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不起訴不当

検察審査会が議決する審査結果の一つ。検察官が公訴を提起しない処分(不起訴処分)を不当と認める場合、審査員の過半数をもって議決する。検察官は議決を参考にして再度捜査し、処分を決定する。→起訴相当 →不起...

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