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聖護院宮覚助法親王 しょうごいんのみやかくじょほうしんのう

美術人名辞典の解説

聖護院宮覚助法親王

後嵯峨天皇皇子。5歳で聖護院に入り、13歳で出家し、のち潅頂を受ける。園城寺長吏・聖護院門跡となり、宮門跡として初めて大峰入峰を果たし、伝法潅頂大阿闍梨となった。一品に除せられ、天王寺別当・熊野検校などを歴任した。和歌を能くし、二条派歌壇の後援者で、「覚助法親王家五十首」を主催した。『続拾遺集』以下の勅撰集に九十首の歌を収めている。建武3年(1336)薨去、87才。

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