荒・粗(読み)あらい

精選版 日本国語大辞典 「荒・粗」の意味・読み・例文・類語

あら・い【荒・粗】

〘形口〙 あら・し 〘形ク〙 整った、あるいは整えられた状態になく、調和のとれた理想的状態になっていない。緻密(ちみつ)でない。
[一] (荒)
① 物事の勢いが強くはげしいさまにいう。
(イ) 風や波などの自然現象や、呼吸、物音などがはげしい。猛烈である。
書紀(720)推古一七年四月(岩崎本訓)「忽に暴(アラキ)風に逢ひて海の中に漂(ただよ)ふ」
※走れメロス(1940)〈太宰治〉「ぜいぜい荒い呼吸をしながら峠をのぼり」
(ロ) 心、言葉遣いなど、心理状態や性格がおだやかでない。態度・行動・動作があらあらしい。乱暴である。
※書紀(720)雄略九年三月(前田本訓)「狼(おほかみ)の子の野心(アラキこころ)ありて、飽(あ)いては飛(さ)り、飢ゑては附(つ)く」
※大鏡(12C前)二「あらく仰せられんもさすがにいとほしくて」
(ハ) やり方が適度でない。処理のしかたがひどい。「人使いが荒い」
※滑稽本・浮世風呂(1809‐13)三「孔方(おあし)の遣ひ方が荒(アラ)うございます」
(ニ) 程度がはなはだしい。
洒落本・真女意題(1781)「ムムあらくいい汁だ」
(ホ) 労力がいる。力を使う必要がある。
落語西京土産(1892)〈三代目三遊亭円遊〉「余り楽を為過(しすぎ)ました処から荒い仕事は出来ません」
② 荒れはてている。ととのえられないままになっている。また、道などがけわしい。
万葉(8C後)一五・三六八八「やまとをも 遠くさかりて いはがねの 安良伎(アラキ)島根に やどりする君」
[二] (粗)
織物、編み物、縞模様などの目が大きい。
※白氏文集天永四年点(1113)四「疏(アラク)織り短く裁(た)ちて、疋の数に充(あ)つ」
※多情多恨(1896)〈尾崎紅葉〉前「白茶地に疎(アラ)い飛形のシォールを着た」
② 粒などが大きい。まばらである。また、そのためにざらざらしている。なめらかでない。
※書紀(720)大化二年三月(北野本訓)「庶民(おほむたから)(し)なむ時には地に収埋めよ。其の帷帳等には麁(アラキ)布を用ゐるべし」
※日本読本(1887)〈新保磐次〉四「諸君茶碗徳利の底を見しならん。〈略〉これを撫づれば粗きを覚ゆ」
③ 表現、つくり方などがおおざっぱである。洗練、精製されていない。粗末である。
※大唐三蔵玄奘法師表啓平安初期点(850頃)「此の蕪(アラキ)(ことば)を截(す)てて其の実録を採(と)らむ」
※中華若木詩抄(1520頃)上「時によりて詩があらいと云ことあり」
④ (ウナギ蒲焼で)身が大きめである。
※歌舞伎・音聞浅間幻燈画(1888)四幕「宮下の藤屋へでもいって、荒(アレ)え所を焼かして来てくれ」
あら‐げ
〘形動〙
あら‐さ
〘名〙

あら【荒・粗】

[1] 〘語素〙 主として名詞の上について、これと熟合する。
① 勢いのはげしいさまを表わす。
(イ) 勇ましい。たけだけしい。また、乱暴な。粗暴な。「荒馬」「荒武者」など。
※書紀(720)神功摂政前九月「荒魂。此をば阿邏瀰多摩(アラみたま)と云ふ」
※大鏡(12C前)二「荒三位(あらざんみ)道雅の君」
(ロ) 荒っぽい。激しい。「荒波」「荒海」「荒行」「荒療治」など。
※万葉(8C後)一三・三二八〇「さ夜ふけて荒風(あらし)の吹けば立ち待てる我が衣手に降る雪は凍(こほ)り渡りぬ」
※保元(1220頃か)上「為朝が申す様以ての外の荒儀なり。年の若きが致す所か」
② 出来具合が精密でないさまをいう。
(イ) 人手の加わっていない、自然のままの。「あらたま」「あらかね」など。
※万葉(8C後)一四・三四四七「草陰の阿努(あの)な行かむと墾(は)りし道阿努は行かずて阿良(アラ)草立ちぬ」
※浄瑠璃・源平布引滝(1749)二「荒木を切て投出したり」
(ロ) 十分に精練されていないさま。粗製の。雑な。細かでない。すきまの多い。「荒妙(あらたえ)」「荒炭」「荒垣」「荒薦(あらこも)」など。
(ハ) ととのっていないさま。荒れはてたさま。
※書紀(720)皇極四年正月(岩崎本訓)「板蓋宮の墟(アラところ)と為らむ兆なり」
(ニ) おおよその。大体の。あらまし。「あら削り」「あら筋」「あらづもり」「あら塗り」「あら彫り」など。
[2] 〘名〙 よい部分を大体取ってしまった残りをいう。
① 米などのぬか。もみぬか。あらぬか。
※観智院本名義抄(1241)「糠 ヌカ アラ」
② 魚鳥獣などの肉を料理に使って、あとに残った肉のついている骨や頭や臓物。粗骨(あらぼね)
※俳諧・江戸新八百韻(1756)「琴箱やまどろむ橋にかかるらん〈龍眠〉 麁(アラ)のすましを望む有明〈米仲〉」
※最暗黒之東京(1893)〈松原岩五郎〉二二「鰯、鯖、鮪等の敗肉(アラ)は皆一所に掃溜めて」
③ 粗製のもの。雑なもの。
※梅津政景日記‐慶長一七年(1612)三月二九日「山田村御米五十六表之内、あら御座候米之由」
④ 欠点。おちど。特に人の小さな欠点。
※政談(1727頃)三「親類・知人にも折々は出合ふて、話をも聞、下のあらも是に依て知り」
※黴(1911)〈徳田秋声〉五七「是迄に触れて来た女の非点(アラ)ばかりを捜して行った」
[語誌](一)は、動詞「あらく〔下二〕」「あらす〔四〕」「あらびる〔上一〕」「あらぶ〔上二〕」、形容詞「あらし」「あらけなし」などを派生し、「あらわ(は)」「あらあら」「あらまし」などをつくり、動詞と熟合して「あらだつ」などともなる。なお、上代では、「いそ(磯)」や「うみ(海)」と熟合する時は、「ありそ」「あるみ」の形となる。動詞の「ある(荒)〔下二〕」と同根の動詞「ある(生)」には、下二段活用で生まれる意、四段活用で産む意を表わすことがあり、それとも深い関係があろう。したがって、「あら(現)」、「あら(新)」は、ともに②(イ)の意を含んで連続しており、「あらわる」「あらわす」などの語とも共通の要素があると考えられる。

あら・し【荒・粗】

〘形ク〙 ⇒あらい(荒)

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