荼枳尼天(読み)ダキニテン

デジタル大辞泉 「荼枳尼天」の意味・読み・例文・類語

だきに‐てん【荼枳尼天/吒枳尼天/荼吉尼天】

《〈梵〉Ḍākinīの音写仏教鬼神で、密教では、胎蔵界曼陀羅まんだら外院にあって、大黒天に所属する夜叉やしゃ神。自在の通力をもって6か月前に人の死を知り、その心臓を食うといわれる。日本では狐の精とされ、稲荷いなり信仰と混同されている。

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改訂新版 世界大百科事典 「荼枳尼天」の意味・わかりやすい解説

荼枳尼天 (だきにてん)

大母神カーリー使婢たる鬼霊。サンスクリットダーキニーḌākinīといい,荼枳尼,拏吉尼などと音写される。吒祇尼,吒枳尼などとも書かれる。幻力(マーヤー)を有し,夜間尸林(しりん)(墓所)に集会し,肉を食い飲酒し,奏楽乱舞し,性的放縦を伴う狂宴を現出する。人を害する鬼女として恐れられるが,手段を講じてなだめれば非常な恩恵をもたらす。タントラ仏教では彼女ら(〈母〉たち,現実には,特殊な魔術的能力を有するとされる低賤カーストの女性たち)のグループ(荼枳尼網)を,世界の究極的実在としての女性原理であり,悟りを生む知恵でもある〈般若波羅蜜〉とみなし,それと性的に瑜伽ヨーガ,合一)することによって即身成仏の実現を期する。
執筆者: 自在の通力を有する夜叉鬼である荼枳尼天の修法は,日本では諸願成就外法として鎌倉時代ころから行われていたらしい。《平治物語》には〈陁天の法〉の名がみえ,《平家物語》は,左大将を望む藤原成親が,賀茂上社の洞に聖(ひじり)をこもらせ100日間荼枳尼の外法を行わせようとした話を記している。14世紀後期成立の《太平記》にも,細川清氏が〈外法成就の志一上人〉を招き,荼枳尼天におのれの野心成就と政敵呪詛を祈ったことがみえる。近世になると荼枳尼天の修法は,ことに修験道の秘法として知られるようになった。その一方で荼枳尼天は,在来の狐神信仰と習合し,一種福神としても民間に広まった。13世紀中ごろ成立の《古今著聞集》によると,藤原忠実が荼枳尼天の法を修させた際,夢に現れた美女の髪をつかみ,目が覚めてみれば狐の尾であった。この狐尾は諸願成就の霊験あらたかで福神として祭られた。京都上京区に今も残る福大明神町の名はこの社に由来するという。もともと荼枳尼天は狐と関係ないが,荼枳尼天を狐精とする《吒枳尼陀利王経》が偽撰され,近世の荼枳尼天曼荼羅では,狐に乗った天女の姿で描かれるようになった。こうした福神化の過程で,荼枳尼天は同じ福神の宇賀神や弁才天と同一視され,さらには稲荷神と同体とも説かれるようになった。荼枳尼天を祭る豊川稲荷(愛知県豊川市)は有名である。
執筆者:


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日本大百科全書(ニッポニカ) 「荼枳尼天」の意味・わかりやすい解説

荼枳尼天
だきにてん

死者の肉を食う夜叉(やしゃ)(鬼神)の類。サンスクリット語ダーキニーDākinīの音写。荼吉尼、陀祇尼とも写す。大黒天の眷属(けんぞく)。そのもつ力により6か月前から人の死を予知し、臨終を待ってその肉を食うという。密教の胎蔵現図曼荼羅(たいぞうげんずまんだら)の外院(げいん)南辺に位置する。『大日経疏(だいにちきょうしょ)』巻10、『普通真言蔵品(しんごんぞうぼん)』第四に説かれる。人体中の黄(おう)(心肝)を食すると、すべてを意のままに成就(じょうじゅ)することができるとされている。なお、日本では稲荷(いなり)神の本地仏とされ、愛知県の豊川稲荷(妙厳(みょうごん)寺)に祀(まつ)られている。

[小野塚幾澄]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「荼枳尼天」の意味・わかりやすい解説

荼枳尼天
だきにてん
Ḍākinī

夜叉または羅刹 (→ラークシャサ ) の一種。人の死ぬ6ヵ月前にそれを通力によって察知して,その人の心臓を取って食べるといわれる。密教では,胎蔵界曼荼羅外金剛部院に配され,その法を修すれば通力が得られるという。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「荼枳尼天」の解説

荼枳尼天 だきにてん

仏法の守護神。
元来はインドの魔女でサンスクリットではダーキニー。荼吉尼,陀祇尼と音写される。密教では人血骨肉をくらう像でえがかれる。民間信仰では福神の宇賀神,弁才天,稲荷神とも同一視され,愛知県豊川市の豊川稲荷が有名。

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世界大百科事典(旧版)内の荼枳尼天の言及

【キツネ(狐)】より

…【柳 宗玄】
[日本]
 キツネはノウサギやノネズミの天敵として農民にとっては有益な獣であるが,世間的には人間をたぶらかす性悪の獣という印象が広まっている。これはキツネが農耕神としての稲荷の仮の姿,または使者であり,霊獣であるという信仰が衰微していき,他方,知識人の間では中国伝来の,キツネが女に化けて人をだますという〈金毛九尾狐〉などの話が広まり,さらに仏教系の神である荼枳尼天(だきにてん)などの信仰が加わって,その霊力がしだいに妖怪的な内容をもつとイメージされるようになった結果であり,中世以来の変化の現れといえる。それ以前には,文献上でも《日本霊異記》に記された狐直(きつねのあたい)のように,霊あるキツネが人の妻となって強力な子孫を残したという伝承が恥ずるところなく旧家のあかしとして語られた。…

※「荼枳尼天」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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