薬物依存症(読み)ヤクブツイソンショウ(英語表記)drug dependence

デジタル大辞泉 「薬物依存症」の意味・読み・例文・類語

やくぶつ‐いそんしょう〔‐イソンシヤウ〕【薬物依存症】

自己の意思で薬物の使用を制御できなくなる精神疾患依存症の一つ。脳内で神経伝達物質が異常に分泌されることにより起こる病気。意志や性格の改善で解決することは困難で、専門的な治療が必要。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「薬物依存症」の意味・わかりやすい解説

薬物依存症
やくぶついぞんしょう
drug dependence

特定の薬物を常用している結果として習慣性、嗜癖(しへき)性を生ずるものを一括して依存性薬物といい、それらによっておこる精神的、身体的変化に伴う障害を薬物依存症とよんでいる。

 薬物依存には、〔1〕薬物の効果を欲求して摂取を抑えきれなくなる強迫的欲求を示す精神依存と、〔2〕薬物を摂取しなければ身体が正常に機能せず、薬物を中断すると離脱(禁断症状)が出現する身体依存、および〔3〕薬物の用量をしだいに増やさないと初めと同じ薬効が得られなくなる耐性を生ずる、といった3徴候がある。

 依存性薬物は、この3徴候の現れ方によって次のような種類に分けられる。〔1〕3徴候とも強度に現れるモルヒネ型(ヘロインコデインペチジンなど)、〔2〕身体依存が強度で精神依存と耐性は中等度であるアルコール・バルビツール酸型(アルコール飲料、バルビツール酸系睡眠薬、抗不安薬など)、〔3〕精神依存だけが強度なコカイン型(コカイン)、〔4〕精神依存と耐性が強度なアンフェタミン型(アンフェタミン、メタンフェタミンなど)、〔5〕軽度の精神依存と耐性を示す大麻(たいま)型(マリファナなど)、〔6〕中等度の耐性と軽度の精神依存を示す幻覚発現型(LSD、メスカリンなど)、〔7〕軽度の精神依存を示す有機溶剤型(トルエンアセトン、四塩化炭素など)などがある。これらのうち、モルヒネ型、コカイン型、大麻型の3種は国際的に麻薬とされており、3種のどれかを含む生薬(しょうやく)も麻薬に含まれる。日本では法律的には大麻とアヘンは麻薬とは別に扱われているが、行政的にはいずれも麻薬と同様に扱われる。

[加藤伸勝 2019年3月20日]

 日本で第二次世界大戦後以降、一貫して問題となっている乱用薬物は覚せい剤であり、刑務所での被収容者において覚せい剤取締法事犯者の割合はもっとも多く占めている。しかし、覚せい剤取締法事犯者の大半が再犯者であることから、再犯防止のために刑事司法制度が役だっていないという批判もなされている。海外の先進国では、薬物問題は犯罪ではなく健康問題として治療や回復支援の対象となっており、犯罪化している国でも刑務所という施設内での処遇ではなく、治療プログラムへの参加を義務づけて社会内で処遇している。日本でも、2016年(平成28)6月より「刑の一部執行猶予制度」が開始され、漸進的に施設内処遇の期間を減らし、社会内処遇(保護観察など)の期間を増やす制度が開始されている。

 しかし2000年以降の日本における薬物乱用の実態をみてみると、乱用薬物の主流は少しずつ違法薬物から取り締まりにくい薬物へと移行している。その一つが、精神科治療で用いているベンゾジアゼピン系の睡眠薬・抗不安薬であり、もう一つが、規制の網の目を巧みにくぐり抜けた、脱法ハーブをはじめとする危険ドラッグである。こうした状況は、供給低減(規制・取締り)に偏向し、需要低減(再乱用防止、依存症の治療・回復支援)を軽視した日本の薬物対策の課題を如実に示しているといえるであろう。

 そのようななかで、日本で薬物依存症からの回復支援を一手に背負ってきたのが、1985年(昭和60)に設立された、薬物依存症の当事者による民間リハビリ施設「ダルク(DARC:Drug Addiction Rehabilitation Center)」である。ダルクは、長期におよぶ入所による共同生活を通じて、薬物を使わない生活習慣を確立することを目ざしており、2018年末時点で国内に80か所の施設が存在している。その一方で、日本には薬物依存症の専門医療機関がきわめて少なく、ダルク以外の選択肢がない状況が長らく続いていた。しかし、アメリカにおける薬物依存症治療プログラムを日本の医療機関の実状にあわせてアレンジした、認知行動療法の手法を活用した薬物依存症集団プログラム(通称「SMARPP(スマープ)」:Serigaya Methamphetamine Relapse Prevention Program)が、2006年以降国内各地の精神科医療機関や精神保険福祉センターに広がりつつある。なお、このSMARPPは、2016年の診療報酬改定で、日本の保険医療の歴史のなかで初めて、薬物依存症に特化した医療技術として診療報酬算定の対象となった。

[松本俊彦 2019年3月20日]

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内科学 第10版 「薬物依存症」の解説

薬物依存症(薬物中毒・依存症)

(4)薬物依存症
 依存性を形成する薬物はWHOにより9つのタイプに分類される(表16-2-9).精神依存と身体依存は連続した状態であり,中枢興奮性作用をもつ覚醒剤,コカイン,幻覚剤は精神依存にとどまり身体依存まで進展しない.一方,中枢抑制作用をもつ麻薬性鎮痛薬,アルコール,バルビツール酸誘導体類は身体依存まで進展する.薬物依存症に常時みられるのは薬物への精神依存と薬物を求める衝動である.薬物摂取による快感や満足感の獲得(正の強化効果・報酬効果)や,不安,苦痛からの解放(負の強化効果)により,薬物探索行動が始まる.この強化効果,報酬効果は脳内ドパミン神経系,特に中脳辺縁系が深く関与している.
 表16-2-9であげた薬物のうち現在臨床で使用可能なものは,麻薬性鎮痛薬,バルビツール酸誘導体類,塩酸コカイン,塩酸メタンフェタミンである.このほか,依存性に留意が必要な医薬品としては,向精神薬(ベンゾジアゼピン類,塩酸メチルフェニデート),中枢性鎮痛薬(塩酸ブプレノルフィン),抗Parkinson病薬(ビペリデン),食欲抑制薬(マジンドール)などがあげられる.これらの薬物は連用後に中止した際,薬物血中濃度が低下し効果が減弱したとき,退薬症候(離脱症状)が発現する恐れがあるため,注意を要する.[福本真理子]
■文献
福本真理子:アセトアミノフェン中毒の治療にノモグラムは有用か.中毒研究,23: 111-115,2010.
上條吉人:臨床中毒学(相馬一亥監修),pp1-38,医学書院,東京,2009.
Kearney TE: Therapeutic Drugs and Antidotes. In : Poisoning & Drug Overdose, 4th ed (Olson KR ed), pp404-509, McGraw-Hill, New York, 2004.

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百科事典マイペディア 「薬物依存症」の意味・わかりやすい解説

薬物依存症【やくぶついぞんしょう】

薬物摂取の経験のあとで,薬物欠乏による不快をさけるために使い続けたいという強迫を伴う行動。身体依存(薬物摂取の中断による症状出現,禁断症状)と,精神依存(快感を得たい,または不快感を回避したいという心理)に大別される。古くより,モルヒネコカイン,アルコール,バルビツール剤(催眠薬),覚醒(かくせい)剤など,医療医薬品の不適切な使用による依存症の発症があったが,近年は,遊蕩(ゆうとう)の目的で乱用する例が世界的規模で増大し,社会問題化している。
→関連項目外傷後ストレス障害買物依存症ギャンブル依存症クラック

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知恵蔵 「薬物依存症」の解説

薬物依存症

日本では、有機溶剤と覚醒剤が薬物乱用の大半を占めている。多くは好奇心による使用が、乱用のきっかけになっている。依存性薬物には、中枢神経系に作用して一時的に爽快感や覚醒感、あるいは緊張感や苦痛の抑制があるので、次第に薬物への欲求が強まり、やめられなくなる。反復使用するうちに効果が減少し(耐性)、使用量を増やさなければならなくなる。一方、使用を中断すると不眠や脱力感など、薬物特有の不快な離脱症状が現れ、この苦痛から逃れるために、繰り返し薬物を摂取することになる。大量に摂取すれば、急性中毒になる。周囲の出来事を曲解し、暴れ、錯乱状態に至ることもある。身体的にも危険な状態になる。乱用を続けると、落ち着きがなく怒りっぽくなったり、意欲を喪失し、無気力な状態になる。薬物依存は独力で治すことは不可能なので、入院などにより断薬し、心身の障害を取り除くことが大切である。各自治体の精神保健福祉センターが窓口となる。

(田中信市 東京国際大学教授 / 2007年)

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