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藤舎芦船(初代) とうしゃ ろせん

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

藤舎芦船(初代) とうしゃ-ろせん

1830-1889 幕末-明治時代の歌舞伎囃子(はやし)方。
天保(てんぽう)元年生まれ。能楽観世流の太鼓方から歌舞伎囃子方の5代望月太左衛門の弟子となり,望月太意次郎を名のる。明治初年から藤舎芦船の名で囃子主任として吾妻(あづま)能狂言に参加。また八雲(やくも)琴を改良し,東流(あずまりゅう)二弦琴家元となった。明治22年1月18日死去。60歳。本名は加藤宗三郎。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

藤舎芦船(初代)

没年:明治22.1.18(1889)
生年:天保1(1830)
江戸後期・明治期の歌舞伎囃子方。本名,加藤宗三郎。名は荘三郎,亀太郎とも。もと能楽の観世流太鼓方であったと伝えられるが,5代目望月太左衛門に師事し,江戸末期から望月太意次郎を名乗って歌舞伎に出勤した。明治初年に行われた能楽と歌舞伎の折衷演劇である「吾妻能狂言」には,藤舎芦船の名で囃子主任として参加している。明治前期の9代目市川団十郎や5代目尾上菊五郎らの出囃子の舞台には,もっぱら太鼓打として出演し,同じく能楽の囃子方から転じ「吾妻能狂言」にも出ていた小鼓打の中村寿鶴と共に重きをなした。また東流二弦琴を創始し,初代の家元となった。

(小林責)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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