行・往(読み)いく

精選版 日本国語大辞典 「行・往」の意味・読み・例文・類語

い・く【行・往】

〘自カ五(四)〙
[一]
① 今いる所から向こうのほうへ進み動く。
(イ) 元の場所から離れるように進み動く。でかける。立ち去る。
※万葉(8C後)一四・三四九六「橘の古婆(こば)の放髪(はなり)が思ふなむ心うつくしいで吾(あれ)は伊可(イカ)な」
※源氏(1001‐14頃)夕顔「などて乗り添ひていかざりつらん」
(ロ) 目的の場所に向かって進む。おもむく。
※万葉(8C後)二〇・四三七四「あめつちの神を祈りてさつ矢貫(ぬ)き筑紫の島をさして伊久(イク)われは」
※大鏡(12C前)五「道隆は豊楽院、道兼は仁寿殿の塗籠、道長は大極殿へいけ」
(ハ) 先方に到達する。遠くに届く。
※人情本・春色辰巳園(1833‐35)後「こりャあ此方(こっち)の文の行(イカ)ねへ中(うち)に出た文で」
② いったん近くに進んで来て、向こうへ離れ去る。
(イ) 通り過ぎる。
※蜻蛉(974頃)中「ゆきかふ舟ども、帆をひきあげつついく」
(ロ) ある場所を通る。
日葡辞書(1603‐04)「カチヂヲ iqu(イク)
(ハ) (年月が)過ぎ去る。また、「としがいく」「としはがいく」の形で、ある年齢に達する。成長する。
※浄瑠璃・卯月の紅葉(1706頃)中「年はいかねど男を持てば大人役」
③ (「逝」とも書く) 死ぬ。逝去する。
蓼喰ふ虫(1928‐29)〈谷崎潤一郎〉一二「いつぽっくりと行ってしまふかも知れないのである」
④ (嫁、婿、養子などになって)他家へ移る。
※人情本・春色梅児誉美(1832‐33)初「養子に行(イカ)しった御宅(おうち)はまあどふした訳で急に身代がたたなくなったので」
⑤ 愉快になる。満足する。納得する。
※土左(935頃)承平五年二月五日「ぬさには御心のいかねば、みふねもゆかぬなり」
⑥ (損、得、満足、納得など)ある結果が生じる。
※虎明本狂言・薬水(室町末‐近世初)「そなたようがてんのいくようにおしやれ」
物事を行なう。また、生活を維持する。
歌舞伎・韓人漢文手管始(唐人殺し)(1789)一「頭(かしら)、一つ拳(けん)いきませふか」
※浮雲(1887‐89)〈二葉亭四迷〉一「是からはどうして往(イ)く積(つもり)だ」
⑧ 物事が行なわれる。事が運ぶ。
※玉塵抄(1563)一七「晉の国の乱のいかうずをみて、図を以て吾がふる里え帰た心か」
坊っちゃん(1906)〈夏目漱石〉三「学校はそれでいいのだが下宿の方はさうはいかなかった」
⑨ 物事を相当な程度やることができる。
和訓栞(1777‐1862)「いく〈略〉可成事をいくといひ」
⑩ ある基準、目標などに達する。「売り上げが目標まで行く」「視聴率が三〇パーセントいった」
性交の快感が絶頂に達する。
[二] 補助動詞として用いられる。動詞の連用形に助詞「て(で)」を添えた形に付いて、動作、作用の継続、進行を表わす。
※浮雲(1887‐89)〈二葉亭四迷〉三「自然は己(おの)が為(す)べき事をさっさっとして行(イ)って」
[補注]和歌では「生く」を掛けて用いることがある。
[語誌]「いく」「ゆく」は合わせ用いられる。「万葉集」では「いく」の仮名書き七例すべてが字余り句なので、上代ではその使用に何らかの音韻観念の違いがあったようだが、使用度については室町を過ぎる頃まで「いく」が劣勢だった。「いく」はアシユクの約言イユクの中略ともいわれ〔碩鼠漫筆〕、「ゆく」より新しい俗な形であったかともいわれるが明らかではない。逆に「ゆく」の古形という説〔万葉集辞典=折口信夫〕もある。

ゆき【行・往】

〘名〙 (動詞「ゆく(行)」の連用形の名詞化)
① ある場所から離れるように進み動くこと。また、旅に出ること。旅行。
古事記(712)下・歌謡「君が由岐(ユキ)(け)長くなりぬ 山たづの 迎へを行かむ 待つには待たじ」
② 目的地に向かって進むこと。また、その時やその途中の道。いき。
※たけくらべ(1895‐96)〈樋口一葉〉六「願ひは何ぞ行(ユ)きも帰りも首うなだれて畦道づたひ帰り来る」
③ 往復切符で、往路に用いる乗車券。いき。
※日本橋(1914)〈泉鏡花〉三三「あの往復切符〈略〉其の往(ユキ)か復(かへり)か」
④ 地名のあとに付けて、そこが乗り物の進む目的地であることを示す。
※おとづれ(1897)〈国木田独歩〉下「午後四時五十五分発横浜行(ユキ)の列車に」

い・きる【行・往】

〘自カ上一〙 (カ行五(四)段活用動詞「いく(行)」の連用形がカ行上一段活用に再活用した語) =いく(行)
※洒落本・風流裸人形(1779か)上「ゆふべせん九へいきたか」
[語誌](1)一般に四段・ナ変・カ変・サ変動詞の連用形を語基として上一段に再活用させる口語動詞の一つで、語基となる動詞の意味に丁寧さの加わった美化語。これは江戸前期に京大坂の遊里語として生まれ、上方の女性語として一般化していった。
(2)「お‐いきる(行)」のような形は連用形再活用上一段動詞にかなり高い敬意の加わった尊敬語。「祇園町の方へ往(オユキ)たゆへ」〔洒落本・老楼志‐上〕は「おゆきる(行)」の例。これは江戸後期、文政のころ、京都の遊里祇園あたりに発生した言い方か。→「ゆく(行)」の語誌

出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報

今日のキーワード

焦土作戦

敵対的買収に対する防衛策のひとつ。買収対象となった企業が、重要な資産や事業部門を手放し、買収者にとっての成果を事前に減じ、魅力を失わせる方法である。侵入してきた外敵に武器や食料を与えないように、事前に...

焦土作戦の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android