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賢治と光太郎

朝日新聞掲載「キーワード」の解説

賢治と光太郎

光太郎は賢治を広く世に出した一人として知られる。光太郎は賢治から生前に贈呈された詩集「春と修羅」や死後に見つかった「雨ニモマケズ」の詩を高く評価。賢治没後に刊行された「宮沢賢治追悼」に「岩手県花巻の詩人宮沢賢治は稀に見る此のコスモスの所持者であった」という一文を寄せ、文圃堂や筑摩書房から出版された「宮沢賢治全集」のブックデザインを担当した。33年37歳で亡くなった当時の賢治は東北の一地方詩人にすぎず、一方、13歳年上の光太郎は彫刻家、詩人として全国に知られた存在だった。

(2008-09-04 朝日新聞 朝刊 岩手全県 1地方)

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