赤軍(読み)せきぐん(英語表記)Krasnaya armiya

精選版 日本国語大辞典 「赤軍」の意味・読み・例文・類語

せき‐ぐん【赤軍】

[1] 〘名〙 赤色旗印としている軍隊。ふつう、軍隊の野外演習などで、敵味方(攻撃部隊と防御部隊)の二手に分けた場合の、白軍に対する一方の部隊をいう。
[2] (Krasnaya Armiya) ロシアで、赤衛軍を受け継ぐ義勇軍として、一九一八年編制された軍隊。徴兵制がとられてからは、正規軍としての形を整えていき、一九四六年にソビエト陸軍改称。正しくは「労農赤軍」という。
※ロシアに入る(1924)〈荒畑寒村〉四「赤軍の兵士に会ふと、立ち上がって敬礼する」

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デジタル大辞泉 「赤軍」の意味・読み・例文・類語

せき‐ぐん【赤軍】

ソ連陸軍の旧称。正式には労農赤軍といい、1918年に赤衛軍に代わって組織された。1946年、ソビエト軍と改称。

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改訂新版 世界大百科事典 「赤軍」の意味・わかりやすい解説

赤軍 (せきぐん)
Krasnaya armiya

旧ソ連邦の陸軍の旧称。正式には労農赤軍Raboche-krest'yanskaya krasnaya armiyaという。1918年1月28日付けのソビエト政府の布告にもとづき創設され,46年にソビエト陸軍と改称された。赤軍は十月革命の過程で形成された労働者の武装組織である赤衛隊Krasnaya gvardiyaをうけつぎ,ソビエト権力の擁護,将来の全人民の武装のための準備,ヨーロッパ革命支援を目標に,志願制にもとづいて組織された。赤軍への志願者が本格化するのは,ブレスト・リトフスクにおける交渉(ブレスト・リトフスク条約)の決裂とドイツ軍の侵入に対するソビエト政府の革命防衛の呼びかけの時点であり,大量の志願兵の登録が開始された2月23日は,その後ソビエト陸海軍記念日とされた。1918年3月,トロツキーが軍事人民委員に就任すると,戦闘力強化のため,軍の正規軍化・中央集権化がはかられ,4月には労働者と農民に対して軍事訓練の義務を負わせた。また旧軍将校の登用を行うとともに旧軍将校の反乱防止のため政治コミッサール制を採用,軍の作戦は旧軍将校,政治面はコミッサールという二重指揮系統がとられ,さらに革命後実施されていた指揮官選挙制を任命制に切りかえた。

 内戦外国の干渉戦が本格化した18年夏には勤労者の徴兵制が決められ,労働者の動員が開始された。その結果,4月に15万人の赤軍は9月はじめに55万人,20年末には550万人を数えるにいたり,各地のソビエト権力の確立と防衛に大きな役割を果たした。他方,内戦の終結が近づいた20年3月の第9回共産党大会では,懸案となっていた軍隊と労働現場との相互浸透をはかる民兵制への漸進的移行が決定された。20年末からは復員も急速に行われ,24年には軍は最大時の1/10に縮小された。また24-25年の一連の軍事改革によって,中央機関の縮小がはかられるとともに,コミッサール制の廃止により指揮官単独責任制,地域的民兵制への移行が行われた。その後,第1次五ヵ年計画に始まる工業化の中で,兵器,装備の強化がはかられ,30-39年の間に砲兵は7倍,飛行機6.5倍,戦車は1934-39年で2.5倍になった。

 制度面では,1934年,陸海軍人民委員部がソビエト連邦国防人民委員部改組され,35年には革命で廃止されていた位階制が復活,5名の元帥が誕生した。しかし,1930年代半ば東西両正面で日独の脅威がます中で,ソ連全土をおそった大粛清は,38年のトハチェフスキー元帥の粛清を皮切りに軍首脳部の大部分を一掃することになり,赤軍に大打撃を与えた。41年の独ソ戦開始時,赤軍はおよそ500万人を擁したが,緒戦の敗北は大きく,同年7月のコミッサール制の再導入(1937年復活し,40年廃止されていた)などによって軍の立直しが必要とされた。戦後の46年,国防人民委員部は海軍人民委員部と合同して軍事力省となり,53年国防省に改編された。
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百科事典マイペディア 「赤軍」の意味・わかりやすい解説

赤軍【せきぐん】

正しくは労農赤軍。1918年―1946年の間のソ連陸軍の名称。ロシア革命中に武装労働者からなる赤衛軍の後身として創設され,初め志願兵制だったが間もなく徴兵制となった。
→関連項目オルジョニキーゼジューコフスターリンソビエト連邦トハチェフスキー事件トロツキーマレンコフ

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「赤軍」の意味・わかりやすい解説

赤軍
せきぐん
krasnaya armiya

建国以降第2次世界大戦までのソ連軍の呼称。正式には「労農赤軍」。革命により帝制ロシア軍は解体され,1918年1月 28日の政府布告により志願制の労農赤軍が結成され,2月 23日にドイツ軍を破り士気の高さを示した (この日がその後赤軍デーとなった) 。4月 22日に徴兵制の布告が出され,正規軍としての赤軍が誕生,内戦と外国による干渉戦争に威力を発揮した。指揮官は当初選挙制であったが,実戦の必要上任命制に変えられた。また当初労働者と農民だけが徴集されたため士官が不足し,軍事人民委員 L.トロツキーは旧軍士官を動員するとともに,政治委員を配置し,党の指導権を確保した。内戦終結とともに,20年に 530万の軍が,25年には 56万に縮小され,平時編成の軍制が施行された。 1930年代に入ると,軍内部の共産党員の比重の増加,軍の近代化と機械化,等級制の導入などが実行されたものの 37年の M.トハチェフスキーら8将軍の処刑を含む大量粛清により軍全体が弱体化した。第2次世界大戦とともに赤軍兵力は 1200万近くに膨張したが,47年には約 300万に減少した。 46年にソ連軍と改称。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「赤軍」の意味・わかりやすい解説

赤軍
せきぐん
Красная армия/Krasnaya armiya ロシア語

旧ソ連陸軍の旧称。正式には労農赤軍という。ロシア革命における「赤衛隊」(労働者の武装部隊)を受け継いだもので、1918年1月の布告で創設され、46年にソ連陸軍と改称された。1918年3月、トロツキーの軍事人民委員就任により急速に軍の正規軍化、中央集権化が図られ、内戦のなかで志願兵制から労働者・農民の徴兵制へと移行した。初め帝政軍将校を登用し、これに「政治コミッサール」をつけた二重指揮系統がとられた。赤軍は各地のソビエト政権樹立と防衛に大きな役割を果たし、内戦の勝利をもたらした。内戦後軍の縮小が図られ(500万から150万以下へ)、「コミッサール」の廃止による指揮官単独責任制や地域的民兵制への移行が行われた。制度面では、34年赤軍の指導機関である陸海軍人民委員部は国防人民委員部に改組、35年に革命で廃止された位階制が復活した。スターリンの「大粛清」により38年軍首脳の大部分が粛清され、後の独ソ戦における苦戦を招くに至る。第二次世界大戦後の46年、国防人民委員部は海軍人民委員部と合同、軍事力省となり、53年国防省に改編された。

[藤本和貴夫]

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旺文社世界史事典 三訂版 「赤軍」の解説

赤軍
せきぐん
Krasnaya armiya

1918〜46年までのソ連軍の名称。赤衛軍ともいう
十一月革命中の1918年,トロツキーを指導者とし,義勇軍として労農赤軍が編成されたのに始まる。外国の干渉軍や国内の反革命軍(白軍)と戦い,ソヴィエト政権を守った。1946年ソヴィエト軍と改称。

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山川 世界史小辞典 改訂新版 「赤軍」の解説

赤軍(せきぐん)
Krasnaia armiia

正しくは労農赤軍。1918年より46年までのソ連陸軍の正式名称。革命の過程でつくられた労働者の武装部隊,赤衛軍を受け継いで,18年初め志願制で,夏以後徴兵制で組織された。

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世界大百科事典(旧版)内の赤軍の言及

【ソビエト連邦】より

…農民からの強制的な穀物徴集をめぐって1918夏には左派エス・エル党と武力衝突にいたり,そのままチェコ軍団の反乱,反ボリシェビキ諸軍の行動開始,外国干渉軍の侵入を迎え,恐るべき内戦が始まった(シベリア出兵)。レーニン政権は,共産党一党国家となり,すでに実現していた全工業の国有化や穀物独裁などを基礎に〈戦時共産主義〉の経済をとり,徴兵制で赤軍を建設して,内戦に勝ち抜いた。2年7ヵ月の内戦が終わった21年のロシアは,国土の荒廃に加えて,100万人以上の死者を出す深刻な飢饉に見舞われた。…

※「赤軍」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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