農書(農業に関する書物)(読み)のうしょ

日本大百科全書(ニッポニカ) の解説

農書(農業に関する書物)
のうしょ

農業とくに農業技術に関する書をいうが、農民の生活全般にわたる内容のものもある。「農書」という場合に、日本の江戸時代に著されたものに限るという説があるが、人類が農耕を行うようになって以来その技術は伝承され、それに関する書物は古代ギリシアや中国で早くから生まれており、そうした点からも、広く解されるべきであろう。

[福島要一]

ヨーロッパ

ヨーロッパの農書についていえば、当然その農法の発展に伴って展開する。中世以前は、ギリシア、ローマゲルマンの経験・技術が伝えられ、畑作連作であり、収穫が減れば他に移動するといった原始的な農法であった。中世に至って、いわゆる三圃(さんぽ)農法が広く行われるようになり、やがて休閑地肥料作物がつくられるようになる。17世紀に入ってイギリスでは耕地での牧草栽培が始まるが、この時期にイギリスのウェストンRichard Weston(1591―1652)、マーカムGervase Markham(1568?―1637)らの論説が現れ、これにほぼ1世紀遅れてフランスにデュアメル・デュ・モンソーHenri-Louis Duhamel du Monceau(1700―1782)、ドイツにシューバルトJohann Christian Schubart(1734―1787)の説が現れる。18世紀に入ってイギリスで根菜飼料の栽培が始まり、農業生産力が向上し、農村が変化していくが、この時期にA・ヤング、アンダーソンJames Anderson(1739―1808)、マーシャルWilliam Marshall(1745―1818)らがイギリス農業にかかわって農書を著し、その後ドイツにテーア、チューネンらが出て新しい考え方を主張する。そして彼らに続いてリービヒ化学肥料についての研究を発表するなどし、近代的な農学が成立、発展するのである。

[福島要一]

中国

中国の農書の起源は古く、戦国時代、諸子百家の間に「農家(のうか)」があり、彼らによって神農の名を冠した著作が生まれ、また前漢の氾勝之(はんしょうし)は「区田法」を論じている。農書の完本としての最古のものは北魏(ほくぎ)の賈思勰(かしきょう)による『斉民要術(せいみんようじゅつ)』である。6世紀なかばにつくられたものといわれる。さらに下っては宋(そう)代の陳旉(ちんふ)の『農書』(1149、補訂1153)がある。元代の官選書である『農桑輯要(しゅうよう)』には、それまでの諸農書から材料が集められている。次の集大成は王楨(おうてい)の『農書』(1313)である。ほぼ同じころ魯(ろ)明善の『農桑衣食撮要』が出た。明(みん)代には徐光啓の『農政全書』(1639)があり、これは日本の農書にも大きな影響を与えた。そのほか、『宝坻(ほうち)勧農書』(1590ころ)、『沈氏農書』(1640ころ)、『補農書』(1658)、『梭山(さざん)農譜』(1677)、『農桑経』(1704)などが著され、清(しん)代に入って『欽定(きんてい)授時通考』(1747)が出た。なお第二次世界大戦後、中国でも農書の研究が進み、研究書として王毓瑚の『中国農学書録』(1957)が出された。

[福島要一]

日本

日本の農書として最初にあげられるのは『清良記(せいりょうき)』である。これは戦国の武将土居清良の一代にわたる事績、あるいは領主の問いに答える答申の形でつくられたものであるが、成立の時期は1600年代なかばまでであろうとされる。やや遅れて『百姓伝記』がある。さらに『会津農書』『耕稼春秋』などがつくられたが、これらの著者はすべて兵農分離以前は武家の一族であった者で、のちに農業経営者となった者である。ちなみに『清良記』の著者は領主土居家の一族であり、『会津農書』は被官佐瀬与次右衛門(よじえもん)、『耕稼春秋』は一向一揆(いっき)の侍大将土屋大学の子孫で「十村(とむら)」(大庄屋(おおじょうや))の土屋又三郎によってつくられた。『百姓伝記』の著者は不明であるが、やはり武士から農民になった者と考えられる。これらと異なるのが、江戸中期、学者の宮崎安貞(やすさだ)の手になる『農業全書』であり、その後、大蔵永常(おおくらながつね)が現れ、多くの著作を著した。大蔵永常のあとには佐藤信淵(のぶひろ)の『本草六部耕稼法』があるが、これはむしろ農政学、経世学の書とされる。

 以上のような農業指導書のほかに、「往来物」に属するものが1700年代なかばから現れた。習字用・読本用として編まれた往来物の出現は古いが、やがて『田舎(でんしゃ)往来』(1758)あるいは『農業往来』(1763)などが現れ、1766年(明和3)に『百姓往来』が出てこれが評判をとり、のちに続編もつくられた(1803)。

 江戸時代末期になると、農民の観察による優れた農書が現れる。木下清左衛門の『家業伝』(1843)、田村仁左衛門吉茂の『農業口伝』(1852)などが注目に値する。なお幕末から明治にかけて蘭学(らんがく)の影響を受けた河野剛の『農家備要』(1871)などが現れた。

 日本での農書の研究は第二次世界大戦後盛んになり、近年その気運は強くなった。とくに日本の農書の復刻、現代語訳本が刊行され、一般の人も農書の原典に触れることができるようになった点は大きく、農書研究の入門書的出版物も少なくない。

[福島要一]

『『日本農書全集』全35巻(1977~1983・農山漁村文化協会)』『古島敏雄編著『農書の時代』(1980・農山漁村文化協会)』


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