近・現代アフリカ史(年表)(読み)きんげんだいあふりかしねんぴょう

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

近・現代アフリカ史(年表)
きんげんだいあふりかしねんぴょう

19世紀始めスワジランド成立
1804~1808フルベ人、ウスマン・ダン・フォディオのジハードがハウサ、ボルヌを倒し、フラニ王国を建設
1806ケープがイギリス植民地となる
1807イギリスで奴隷貿易禁止令
1810ブーア人がコーサ人を北へ押し返す
1814イギリス、ケープ植民地を領有
1818シャカがズールー王国を建設
1821エジプトがハルトゥームを建設
1822アメリカ植民協会がリベリアに解放奴隷を送る
1824アシャンティ王国がファンティ・イギリス連合に勝利
1828セイド・サイードがザンジバルを拠点にスルタン国を築く
1830フランス、アルジェ占領
1834ケープ植民地で奴隷制禁止
1837セイド・サイードがモンバサを支配
1838ブーア人がズールー人を破り、ナタール共和国形成
1840アブラヤシのプランテーションが海岸地帯に拡大
1842~1843イギリスとブーア人の戦争、イギリスがナタールを併合
1844イギリスがファンティ人と保護条約締結
1846カネムのボルヌ帝国滅びる
1847リベリア共和国独立(最初の黒人共和国)
1848ハジ・ウマルのジハードによりトゥクロール帝国建設
1851イギリスがラゴスに領事館設置
1852ブーア人がトランスバール共和国形成
1854ブーア人がオレンジ自由国形成
1855エチオピア皇帝テオドロス2世即位
1857フランスがダカール獲得
1862イギリス領ラゴス成立
1867オレンジ自由国でダイヤモンド鉱発見
1867~1868イギリス軍がエチオピアに侵攻
1870サモリ・トゥーレのジハードはじまる
1874イギリスがアシャンティ王国の王都クマシを占領。エジプトが北ソマリア占領
1877イギリスがトランスバールを併合
1879ズールー戦争、南アフリカのズールー人国家をイギリスが占領
1879~1882アラービーの反乱。エジプトの陸相アラービー・パシャが「エジプト人のためのエジプト」を掲げ主導するが、イギリスによって鎮圧される。以後、エジプトはイギリスの保護下に入る
1880~1881第一次ブーア戦争
1883~1885メリナ王国とフランスの戦争
1884ドイツがトーゴ、カメルーンを植民地化。トランスバール共和国で金鉱発見
1885ベルリン会議(1878)でヨーロッパ列強がアフリカ分割の原則を定める。以後植民地化が加速。ベルギー、コンゴ独立国をつくり国王の私領とする
1886ウィットウォーターズランドで金鉱発見
1887イタリアがソマリランド(ソマリア)を保護領とする
1888イギリスのセシル・ローズがンデベレ王ローベングラから鉱業採掘権を得る。フランス、ジブチ領有、フランスの横断政策の東岸到達地
1889セシル・ローズがイギリス南アフリカ会社を設立、ローデシアを領土とする
1890セシル・ローズ、植民地首相(~1896)となり、カイロとケープタウンを結ぶイギリスの縦断政策を担う。フランスがトゥクロール帝国の王都セグーを占拠
1891ギニアで仏軍がサモリ帝国の中心部を攻撃、1892年に第一帝国が崩壊
1892南部アフリカのケープ・タウン~ヨハネスバーグ間鉄道開通、年末までにプレトリアまで延長
1893ラービフの征服運動がチャドにひろがる
1894ダオメー王国がフランスに滅ぼされる
1895フランス領西アフリカ植民地設立。イギリスが東アフリカ保護領を宣言
1896第一次エチオピア戦争
1897マダガスカルでフランスがメリナ王朝を廃絶し王政に終止符
1898サモリ帝国がフランス軍により倒される。ファショダ事件(イギリスとフランスによる帝国主義の衝突)
1899ブーア戦争(南ア戦争)。ソマリアで領土の奪還と民族の統一を掲げた統一運動、約20年間続く
1900イギリスの北ナイジェリア保護領成立
1901イギリスがアシャンティ王国をゴールド・コースト(黄金海岸)植民地(現、ガーナ)に併合
1902イギリス東アフリカ保護領(現、ケニア)で王領地(王冠植民地)条例の公布
1903イギリスがソコト、カノを占拠して、ナイジェリアの植民地化を終了
1904南西アフリカの諸族が土地収用をめぐってドイツと衝突
1905~1907ドイツ領タンザニアでマジマジの乱
1906ホワイト・ハイランド(イギリス領ケニアの白人占有農牧地)の創設
1907クローマー卿がエジプト総領事を辞任し仏軍をモロッコに派兵
1908フランス領コートジボワールで住民の抵抗が続く
1910イギリス領南アフリカ連邦が成立(ケープ、トランスバール、オレンジ自由国州、ナタールの4州)
1911南アフリカ連邦で鉱山・労働法
1912ワダイ王国がフランス軍により滅亡。南アフリカ原住民民族会議結成(アフリカ民族会議=ANCの前身)
1913南アフリカで原住民土地法
1914イギリス、南・北ナイジェリアを統一して領有、エジプトを保護国とする
1915リベリアの国内統一ほぼ終了
1916ドハラをイギリスに、トーゴをフランス信託統治領に。ニジェールでトゥアレグ人が反乱
1917カメルーン、ドイツ人プロテスタント伝道団が仏領カメルーンから追放され、かわってパリ伝道教会が活動を開始
1918ケニア、コーヒー作付登録条例により、事実上アフリカ人のコーヒー栽培を禁止
1919南アフリカ、初のアフリカ人による全国的規模の商工業労働組合の結成
1920イギリス東アフリカ保護領がケニア植民地となる
1921ルワンダ・ウルンジがベルギー委任統治領となる
1922国際連盟、イギリスのパレスチナ委任統治と「ユダヤ人の民族的郷土」設立を承認
1924イギリス領植民地ローデシア、北ローデシア成立
1925ケニアでキクユ中央協会創設。モロッコ、フランス・スペイン軍がアジディールを失う
1926アルジェリア、「北アフリカの星」がパリで結成
1927南アフリカ連邦で原住民行政法、背徳法
1928ブルギバが「チュニジア人の声」を発刊、政治活動開始
1929イギリス領(現、タンザニア)でアフリカ人アソシエーション(AA)結成
1930南アフリカ連邦で暴徒集会法
1931ベンゲラ鉄道完成
1932チュニジア、ブルギバ派が「アクシオン」紙発刊
1933アルジェリア、「北アフリカの星」が独立を綱領に掲げる
1934モロッコ、国民行動連合がモロッコ改革案発表
1935北ローデシア(現、ザンビア)、産銅地帯で、初のアフリカ人のストライキと暴動発生
1936イタリア軍がアディス・アベバ占領
1937南アフリカ、原住民法を修正し、アフリカ人の都市滞在を14日間に限定
1938エジプト王が議会を解散、選挙で自由立憲党・サード党の反ワフド連合が勝利
1939南アフリカ連邦がドイツに宣戦
1940パレスチナでユダヤ人がゼネスト
1941ハイレ・セラシエがスーダンからエチオピアに侵攻
1942アルジェリア、人種差別法実施
1943F・アッバースがアルジェリア人民宣言
1944ウフェボワニがコートジボワールの独立運動の指導者となる
1945「イスラエルの声」放送、パレスチナへのユダヤ移民の呼びかけ
1946南アフリカ連邦でアフリカ人鉱山労働組合ストライキ
1947エンクルマがイギリスから戻りガーナの独立運動を指導
1948アルジェリア、アフマド・ベンベラら、秘密組織「特別機関」を結成し武装闘争を準備
1949南アフリカ連邦のダーバンでズールー人とインド人の暴動。南アフリカ連邦、人種間通婚禁止法
1950南アフリカ連邦で人種別集団地域法、人口登録法、改正背徳法
1951リビア独立。ポルトガルの植民地が海外州となる
1952エリトリアがエチオピアと連邦を結ぶ
1953エジプト・イギリス協定、スーダンの自治を認める
1954アルジェリア、「統一と行動の革命委員会」結成、民族解放戦線(FLN)のもとで武装闘争を開始(~1962)
1955第1回アジア・アフリカ会議開催(バンドン)、平和十原則を採択。植民地主義反対と平和共存を訴える
1956スーダン独立。モロッコ独立。アンゴラ解放人民戦線を結成
1957アジア・アフリカ諸国民会議開催(カイロ)。ガーナ独立(英連邦、1960年完全独立)
1958ギニア独立。第1回全アフリカ人民会議開催(ガーナ)
1959ケニア政府がホワイト・ハイランドに関する人権制限条項を撤廃。南アフリカ連邦で人種隔離のバントゥー・ホームランド政策
1960「アフリカの年」、この年、ナイジェリア、カメルーン、コンゴ人民共和国、ソマリア、セネガルなど17か国が独立。植民地解放宣言(国際連合総会にて決議)。南アフリカでアフリカ民族会議(ANC)非合法化
1961カメルーン北部をナイジェリアに、南部をカメルーンに併合。南アフリカ共和国独立、イギリス連邦を脱退、旧オランダ系白人(アフリカーナー)はアパルトヘイト政策を推進。ベオグラードで非同盟諸国会議
1962アルジェリア独立。モザンビーク解放戦線結成。エチオピア、エリトリアを併合
1963アフリカ統一機構(OAU)発足、32か国が結成
1964ケニアが共和国となりケニヤッタ大統領就任(~1978)。ザンビア独立
1965ガンビア独立。コンゴでクーデター、モブツ大統領となる。ローデシア白人政府独立(ローデシア問題)
1966ガーナ大統領エンクルマ失脚。ナイジェリア紛争。ボツワナ独立
1967ニジェールでウラン鉱山発見。ナイジェリア、イボ人の分離独立要求でビアフラ戦争(ナイジェリア戦争、~1970)、難民、飢餓の大量発生
1968モーリシャス、スワジランド(現、エスワティニ)、赤道ギニア独立
1969スーダンでヌメイリ軍事政権成立
1970ビアフラ共和国倒れる。ウガンダ等で外国企業国営化
1971ウガンダでクーデター、アミン大統領就任
1972ブルンジでフツ人の反乱
1973ルワンダでハビャリマナ軍事政権成立。ギニア・ビサウ独立
1974ザンビアの二大製銅会社が国有化。エチオピアで軍部クーデター、社会主義路線をとるが、内戦続く
1975カーボベルデ独立。モザンビーク、コモロ、アンゴラ独立。その後もモザンビークはローデシアの干渉を受け、アンゴラも内紛が続く
1976ブルンジでパガザ政権成立。南アフリカ共和国でソウェト(黒人居住区)蜂起
1977エチオピアでメンギスツ議長が政権把握。ジブチ独立。国際連合、南アフリカ共和国への武器輸出禁止を決議
1978グクーニがチャドの政権を握る。エチオピア・ソマリア紛争
1979中央アフリカ共和国のボカサ政権倒れる
1980ローデシアの白人政権倒れ、国名変更しジンバブエ独立
1981サヘル地域の乾燥、荒廃すすむ
1982チャドのグクーニ政権倒れる
1983スーダン南部の3分割決定、南部でスーダン人民解放軍・解放運動の活動開始
1984南アフリカ共和国で人種別三院制発足。アフリカ24か国に飢饉広がる
1985南アフリカ共和国で非常事態(緊急事態)宣言、弾圧を強化
1986アルジェリア、国民投票で国民憲章を改定し、社会主義路線の放棄
1987ブルンジでクーデター、ブヨヤが国家元首に。南アフリカ共和国で、鉱山労働者、非合法ゼネスト
1988アンゴラ・キューバ・南アフリカ3か国がアンゴラ和平協定を締結、ナミビア独立ほぼ決定。日本、南アフリカへの経済制裁に対し消極的なため、国連より名指し批判
1989アラブ・マグレブ連合発足
1990南アフリカ共和国でアフリカ民族会議(ANC)合法化。ネルソン・マンデラ釈放、ブッシュ米大統領と会談。ナミビア独立
1991南アフリカ・デクラーク大統領アパルトヘイト根幹法撤廃表明。ソマリアでクーデター、アイディード将軍、モハメド暫定大統領と会談。エチオピア、社会主義政権崩壊
1992国連安保理、ソマリアへPKO(平和維持活動)派遣を決議。モザンビークで内戦終結、平和協定調印
1993国連モザンビーク活動(ONUMOZ)開始。第二次国連ソマリア活動(ONUMOZ2)発足。ソマリア派遣の米軍一部撤退。エリトリア、エチオピアを離れ独立
1994ルワンダ、ブルンジ両国大統領搭乗機撃墜され両大統領死亡。ルワンダ愛国戦線(RPF)首都キガリ制圧、新政府樹立宣言
1995ナイジェリア軍事政権が環境保護・人権活動家の著名な作家ケン・サロウィワや他8人を殺人罪で処刑、国際社会から非難受ける
1996ブルンジ、ツチ人主体の軍事クーデターでブヨヤ元大統領が首班に就くが、国連やアメリカが交通路閉鎖の制裁を発動
1997ブルンジのツチ人(少数派)のブヨヤ政権がフツ人(多数派)を強制キャンプへ収容する強制移住を政策、難民35万が発生
19988月、コンゴ民主共和国で内戦再発
19995月、ナイジェリアでオバサンジョが同国3人目の民選大統領に就任。16年ぶりに軍政から民政に移行
20006月、エチオピアとエリトリアの国境紛争で停戦成立
20018月、南アフリカで国連主催の世界人種差別撤廃会議開催
2002アフリカ統一機構(OAU)が発展・改組しアフリカ連合(AU)となる
20038月、和平協定が調印され、リベリアの内戦終結。12月、リビアが大量破壊兵器開発計画の完全廃棄を表明
20043月、イギリスのブレア首相がリビアを訪問し、最高指導者カダフィ大佐と会談、両国の「歴史的和解」となる
20051月、スーダン政府とスーダン人民解放運動の間で南北包括和平合意が成立、20年以上続いた南北内戦終結、7月に統一暫定政府樹立。11月、リベリア内戦後初の大統領選挙でサーリーフが当選、アフリカ初の女性大統領誕生
20064月、チャド、国内の反政府武装勢力を支援しているとし、スーダンとの断交を表明
20075月、アメリカ下院議員が、スーダン西部のダルフールで虐殺を続ける勢力への支援の停止を求め、中国国家主席の胡錦濤宛に書簡を送付。7月、国連安全保障理事会で、ダルフール地方の平和維持活動(PKO)のため国連とアフリカ連合(AU)の合同部隊UNAMIDを派遣する決議を全会一致で採択。11月、ソマリアの首都モガディシオで、暫定政府を支援するエチオピア軍と、イスラム法廷会議の残存勢力の戦闘が激化し、ソマリア人道危機拡大
20087月、スーダン西部のダルフールで続く紛争に関する「戦争犯罪および人道に対する罪」で、国際刑事裁判所がスーダン大統領バシルの逮捕状を請求
20092月、リビアの最高指導者カダフィ大佐がアフリカ連合(AU)議長に選出され、7月には主要国首脳会議に参加。7月、ナイジェリア北部でイスラム武装勢力のボコ・ハラムと治安部隊の大規模衝突が発生
20106月~7月、南アフリカでアフリカ大陸初のサッカー・ワールドカップが開催。7月、ウガンダの首都カンパラで連続爆破テロが発生。12月、チュニジア中南部で起きた貧困・雇用対策を求める抗議デモを機に、各地でデモが発生
20111月、チュニジアで2010年12月から続く反政府デモや暴動が拡大するなか、大統領ベンアリが国外脱出。1月、エジプト全土で大統領退陣や経済改革を求める大規模デモが発生、2月に大統領ムバラクが辞任。7月、スーダンから南部スーダンが分離独立し、南スーダン共和国誕生

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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