20世紀日本人名事典 「近藤 基樹」の解説
近藤 基樹
コンドウ モトキ
明治・大正期の海軍造船中将,軍艦設計者,男爵 海軍艦型試験所所長;攻玉社社長。
- 生年
- 元治1年3月11日(1864年)
- 没年
- 昭和5(1930)年3月8日
- 出生地
- 江戸
- 学歴〔年〕
- 工部大学校(現・東大工学部)機械学科〔明治16年〕卒,工部大学校造船学科〔明治17年〕卒
- 学位〔年〕
- 工学博士〔大正4年〕
- 主な受賞名〔年〕
- 帝国学士院賞〔大正2年〕論文「軍艦の設計」
- 経歴
- 明治17年海軍省御用掛となり、主船局に勤務。20年英国のグリニッジ海軍大学校に留学、23年同校造船科を卒業。同年海軍造船大技士(大尉)となり、日清・日露戦争に参加した多数の艦艇の設計を手がけ、日露戦争中に起工した国産初の主力船である巡洋戦艦筑波、戦艦薩摩などは優秀艦として世界の注目を集めた。さらに八八艦隊の主力艦にいたる多くの艦船の設計を主宰、日本海軍と日本の重工業の発展に寄与した。この間、29〜33年、42〜43年造船監督官として英国に出張。41年海軍艦型試験所初代所長となり、軍艦の設計者、造船学者として世界的に知られた。26〜29年東京帝大講師もつとめ、平賀譲など多数の軍艦技術者を養成。大正3年海軍造船中尉に昇進。また明治19年には父の跡を継ぎ攻玉社社長に就任した。昭和4年男爵。
出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報