運動(生物)(読み)うんどう(英語表記)movement

翻訳|movement

日本大百科全書(ニッポニカ) 「運動(生物)」の意味・わかりやすい解説

運動(生物)
うんどう
movement

生物が体を能動的に動かす働きをいい、生物が普遍的に示す特徴の一つである。運動により個体が全体として位置を変える場合をとくに移動運動といい、おもに動物にみられるものであるが、下等な植物や微生物の一部にもこの運動が認められる。

 バクテリアのなかには、鞭毛(べんもう)とよばれる細い螺旋(らせん)状の突起を何本か備え、これをスクリューのように回転させて水中を泳ぐものがある。また、アメーバ白血球などの細胞は、仮足(かそく)とよばれる突起を出して前進する、いわゆるアメーバ運動を行う。単細胞性の藻類原生動物、水中の小形動物や幼生には繊毛や鞭毛を動かして泳ぐものが多い。精子の運動も鞭毛によるものがほとんどである。これら動植物の繊毛や鞭毛は、バクテリアの鞭毛とは構造が異なり、また、その運動も回転運動ではなく屈曲運動である。繊毛運動は貝類などのえらの表面に水流をおこして呼吸や摂食に役だち、脊椎(せきつい)動物の気管上皮では、粘液を運んで異物の排出を行うなど目だたない場所で重要な機能を営んでいる。

 一方、肉眼で認められるような動物の運動は、ほとんどが筋肉の働きによるものである。筋肉は収縮することはできても能動的に伸びることはできないから、筋肉運動が有効に行われるためには、それぞれの筋肉が関節のある骨格を仲立ちとして他の筋肉と組み合わされ、これと交互に収縮する仕組みが必要である。脊椎動物では内骨格が、節足動物では外骨格がこのような仲立ちとなっている。骨格はまた、てこの原理によって筋収縮を効果的な運動に変換するのに役だっている。内臓壁の筋肉は骨格に付着していないが、臓器内の体液などが一種の骨格の役目を果たし、その内圧を仲立ちとして環状筋縦走筋のように相反する作用をする筋肉が互いに影響を及ぼしあって適切な運動を可能にしている。同様の原理は、ミミズなど骨格のない多くの動物の移動運動にも認められる。筋肉運動は、さらに神経系による制御をも受けているのが普通で、これによって統一のとれた運動が可能となる。

[高橋景一]

運動の生理

生物の運動には細胞レベルの運動もあるし、内臓の運動もあるが、ここでは、身体が変位または移動するような身体運動に限って、生理を説明する。

 身体運動は、形態からみると筋(筋肉)の収縮による関節運動であるが、運動の原動力となるのは筋である。一方、生理的にみた場合には、筋の収縮はその支配神経に依存している。さらに、運動に参加する筋を、一定の目的にかなった運動になるように統御しているのも神経系の役割である。運動を筋収縮としてみるとき、収縮によって筋の出しうる力(筋力)、敏捷(びんしょう)性、および持久性が問題となる。筋力は、筋を構成している個々の筋線維の収縮によって発生する張力の総和であるから、筋の断面積の大きさに比例する。敏捷性は筋収縮の速度に依存するが、共同筋(たとえば関節を屈曲させる筋)の収縮速度と拮抗(きっこう)筋(共同筋に対抗して伸展させる筋)の弛緩(しかん)時期などが複雑に影響する。また、持久性は、筋肉内の収縮に要する物質の量と血液循環によるガス交換と物質代謝に関係している。これらの運動における筋力、敏捷性、および持久性は、いずれも、意欲とか動機づけモチベーション)とよばれる大脳皮質の働きに負うところが大であるが、訓練によっても、その能力を向上させることができる。

 運動を統御する神経系による調節という点からみた場合には、運動の協調性、巧緻(こうち)性などが問題になる。これらは、随意要素と反射要素が巧みに組み合わされて可能となるものであり、練習を通じて発達していく性質のものである。

 身体運動には随意運動と不随意運動の2種類があり、前者は思ったとおりに筋肉が協調的に働いて動作ができる場合であり、後者は、たとえば寒さのために体が自然にがたがた震えたり、膝蓋腱(しつがいけん)反射のように自分の意思とは無関係に運動がおこる場合である。ヒトや高等動物でみられる随意運動の場合には、運動の指令は脳から送り出されているため、一挙手一投足のような簡単にみえる運動でも、多くの筋の運動の指令を脳は順序よく送り出さなければならない。この順序をつくる働きは、運動前野(6野)にあるため、この場所が壊れると、筋は麻痺(まひ)していないのに思いどおりに動作ができなくなる。これを失行症という。これに反して、一次運動野(4野)が壊れると、筋が麻痺して運動がおこらなくなる。

 筋が思ったとおりに協調的に働くためには、筋の収縮の状況を、指令を出す脳へ情報として返してやらなければならない。筋には筋紡錘という感覚器があって、筋の張力の情報を脊髄(せきずい)を通って小脳へ送り込んでいる。小脳には、大脳皮質から運動の指令が送られているので、筋から送られた情報と照合して違いがあると、修正の指令を送って思ったとおりの運動をさせる。このように、随意運動には複雑なフィードバックの仕組みが働いているため、この仕組みに故障、たとえば小脳の病気がおこると、思いどおりに運動ができなくなる。これを運動失調という。

[鳥居鎮夫]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

今日のキーワード

青天の霹靂

《陸游「九月四日鶏未鳴起作」から。晴れ渡った空に突然起こる雷の意》急に起きる変動・大事件。また、突然うけた衝撃。[補説]「晴天の霹靂」と書くのは誤り。[類語]突発的・発作的・反射的・突然・ひょっこり・...

青天の霹靂の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android