遺伝性ジストニア

内科学 第10版 「遺伝性ジストニア」の解説

遺伝性ジストニア(錐体外路系の変性疾患)

(7)遺伝性ジストニア
 ジストニア(dystonia)とは中枢神経系の障害に起因し,骨格筋の持続のやや長い収縮で生じる症候で,ジストニア姿勢(dystonic posture)とジストニア運動(dystonic movement)よりなる.前者は異常収縮の結果としての異常姿勢・異常肢位で,後者は異常収縮によるゆっくりとした運動であり,これらはその症例にとって定型的(stereotype)である.また,ジストニアは特定の随意運動時に出現,あるいは著しく増強する場合があり,これを動作性ジストニア(action dystonia)とよぶ.ジストニア姿勢は一時的であっても必ずみられる.ジストニアにより随意運動の遂行がさまざまな程度に妨げられる.
 原因が明らかでない場合を一次性ジストニアとよび,これには遺伝性ジストニアと一次性孤発性ジストニアとが含まれる.原因が特定できるもの,あるいはほかの疾患に伴うものを二次性ジストニアと総称する.ジストニアには明らかな痙縮固縮,拘縮,痙攣による異常姿勢・異常運動は含めない(たとえば錐体路障害によるWernicke-Mannの肢位など).また,本項では,遺伝性ジストニアとしては一連のDYTジストニアのみを指し,ジストニアを主要症候とするほかの遺伝性疾患は含めないこととする(たとえばパントテン酸キナーゼ関連神経変性症(pantothenate kinase associated neurodegeneration:PKAN),旧名Hallervorden-Spatz病など). なお,遺伝性変性性ジストニア(heredodegenerative dystonia),ジストニアプラス(dystonia plus)という用語もある.前者は神経病理学的変化を認める遺伝性ジストニアを指し,後者はジストニアにほかのパーキンソニズムや不随意運動(ミオクローヌスなど)を認めるが神経病理学的異常を示さない遺伝性ジストニアを指す.しかし,これらの用語は使用者により定義が異なり,かつ臨床的には病理学的変化を判断しにくく,内容があいまいになるので本項では使用しない.
 ジストニア運動は,本来,遅い捻転様の動きであるが,これにさまざまな不随意運動(たとえばミオクローヌスや振戦など)が加わりうる.姿勢変化によって生じる筋トーヌスの亢進,および捻転などの異常姿勢はジストニア本来の特徴であり,動作性ジストニアとは,その患者に特有な随意運動のときに限って生じるジストニアを指し,ジストニア姿勢・ジストニア運動の両者が生じうる.これには捻転のない姿勢・肢位の固定も含まれる. 遺伝性ジストニアにはDYTとしては20疾患以上が登録されているが,日本で多いのはDYT1ジストニアと,DYT5ジストニアである.
a.DYT1ジストニア
 常染色体優性遺伝様式を示し,多くは20歳以前に発症する(平均発症年齢は約12歳)一次性全身性ジストニアを代表する疾患である.捻転ジストニア(torsion dystonias),変形性筋ジストニア(dystonia musclorum deformance),Oppenheimジストニアはいずれもほぼ同義である.遺伝子座は第9染色体9q34にあり,遺伝子産物をtorsin Aとよぶ.DYT1ジストニアではDYT1遺伝子でのGAG欠失があり,torsin Aにグルタミン酸が1個不足する.torsin Aはニューロン特異的に発現し脳に広く分布するが,機能についてはいまだ不明な点が多い.浸透率は30%とされる.アシュケナージ系ユダヤ人で頻度が高いが,すべての民族でみられる.
 多くは一側下肢に発症し,全身にジストニアが広がるが,局所性ジストニアにとどまることもある.一般に5~10年で進行し,進行により罹患部位が変形し内反尖足など異常肢位をきたす.身体の各部位にジストニアがみられ,頸部では屈曲,捻転を生じるが,瞬間的な頭部の動きを伴うこともある.上半身では捻転運動,異常姿勢により著明な屈曲をきたす.脊椎側弯症,後弯症,骨盤捻転が生じる.歩行困難から歩行不能になる例もある.上肢発症型では動作特異性ジストニアにとどまることもある.
 知能は正常である.画像所見や検査所見では特に異常を認めない.さまざまな薬物療法が行われているが,有効性には乏しい.近年,脳深部刺激療法(deep brain stimulation:DBS)が行われるようになり,ジストニア運動と姿勢の双方が改善されることが示された.四肢の変形をきたす前にDBSを行うことにより,予後が劇的に改善される.
b.DYT5ジストニア
 常染色体優性遺伝様式を示し,多くは10歳以下で発症する.瀬川病(Segawa disease),日内変動を伴う遺伝性進行性ジストニア(hereditary progressive dystonia with marked diurnal fluctuation:HPD)は同義,ドパ反応性ジストニア(dopa responsive dystonia)はやや広義である.遺伝子座は14q22.1-q22.2で,病因はGTP cyclohydrolase l(GCH1)遺伝子の変異で,多くは点変異である.GCH1の酵素活性低下が生じ,髄液ビオプテリンやネオプテリン濃度の低下がみられる.不完全浸透で,女性優位(4:1またはそれ以上)に発症する.確定診断はGCH1の遺伝子変異の同定によるが,遺伝子変異部位は家系によって異なるため,やや困難なこともある.髄液ビオプテリン,ネオプテリン濃度の低下はDYT5ジストニアに特異性が高い.
 下肢優位の一側優位の姿勢ジストニア(下肢の尖足あるいは内反尖足)が主症状であるが,立位時に腰椎前弯や頸部後屈位,後膝反張を認める.症状には日内変動があり,昼から夕方にかけて症状が悪化し,睡眠によって改善する.これらの症状はレボドパにより著明に改善し,長期にわたり有効で,いわゆる長期レボドパ症候群は示さない.
 成人発症例もあり,年齢とともに日内変動の程度は減少する.体幹の捻転ジストニアは示さない.10歳以降になると姿勢時振戦(8~10 Hzが多い)が出現するが,安静時振戦はない.軽度の固縮を認めるが,伸張反射を繰り返し行うと固縮の程度は変動する.深部腱反射は亢進する.高齢で発症するとパーキンソニズムを呈することもある.知能は正常である.一般的血液生化学検査,画像所見には異常所見はない.鑑別疾患としては常染色体劣性若年発症パーキンソニズム(PARK2パーキンソニズム),痙性対麻痺,Parkinson病,ほかの局所性ジストニアなどがあげられる.
c.遺伝性ジストニアの診断フローチャート
 個々に触れた以外のDYTシリーズに属する疾患の臨床像は多彩である.臨床上の診断フローチャートを示す(図15-6-24).病因遺伝子が明らかとされている疾患は遺伝子診断により確定できる可能性が高いが,遺伝子変異部位はDYT1を除いて多数あり,診断が困難であることも少なくない.臨床像により有用な薬物治療が可能となることもあり,的確な臨床診断により,症状が緩和されることがある.全身性ジストニアについてはまずレボドパを使用すること,発作性ジストニアの場合にはカルバマゼピンやクロナゼパムの投与を試みる.全身性ジストニアの場合にはついで脳深部刺激療法を考慮することも,患者の機能予後について重要である.[長谷川一子]

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

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