遺産分割(読み)イサンブンカツ

デジタル大辞泉 「遺産分割」の意味・読み・例文・類語

いさん‐ぶんかつ〔ヰサン‐〕【遺産分割】

複数相続人の間で遺産を分配すること。現物分割換価分割代償分割共有分割などの方法がある。
[補説]相続開始後、遺産は各共同相続人共有となり、これを単独の所有とするためには分割手続きを行う必要がある。

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改訂新版 世界大百科事典 「遺産分割」の意味・わかりやすい解説

遺産分割 (いさんぶんかつ)

相続人が数人いる場合に,これら相続人間に遺産を分配することをいう。相続人が数人いる場合には,相続開始後,相続財産はその共有に属することになり(民法898条),各相続人の単独の所有にするためには,その手続をとる必要がある。この場合,一つ一つの相続財産について個々的に単独所有に移す手続をとることは通常の場合適当でない。たとえば,医師が死亡し,相続財産が,病院,診療器具,預貯金,株券などから構成されているとする。かかる場合には,医業を承継する相続人には病院,診療器具を,他の相続人にはその他の財産を分配するのが合理的である。そのためには,全相続財産について一括して配分を定めることが望ましい。これが遺産分割である。しかし,農業経営者が死亡した場合のように,経営体が法人形態をとらず,かつ経営資産(農地)以外にさしたる相続財産が存しないときは,遺産分割は,かかる資産の細分化をまねき,相続人(あととり)がその経営を承継することを困難ならしめるおそれがある。このことは,とくに農家相続について問題となっている。

(1)遺言による分割の指定 第1には被相続人の意思で決まる。すなわち,遺言で各共同相続人の取得する財産を指定することもできるし,第三者に指定することを委託することもできる(908条)。

(2)協議による遺産分割 遺言で指定した方法がないときには,遺産分割は,相続人全員の協議(合意)によって行われる。1人でも除外して行われると協議は無効である。相続財産の配分の比率は,各相続人の相続分の割合であるが,合意によって行われるので,自由に決められる。相続分より少なく配分を受けた者は,事実上の相続放棄をしたとか,多く配分を受けた者に対して贈与がなされているとか解されている。したがって,相続人の1人が遺産の全部または大部分を取得するといった遺産分割も可能である。なお,次に述べる審判による遺産分割では民法に定める分割基準(906条)が重要な意味をもっているが,協議による分割はこれにも拘束されない。しかし,これに従うのが望ましい。

(3)審判による分割 協議が調わなかったり,協議をすることができないときは,各相続人は家庭裁判所に分割を請求することができ(907条2項),家庭裁判所は審判で遺産を分割する(家事審判法9条1項乙類10号)。もっとも,通常はその前に家事調停(17条本文)にかけ,調停による分割を試みるが,これは家庭裁判所における家事審判官調停委員の斡旋する協議分割である。しかし,審判は民法その他の法律に従って行われ,それゆえに均分相続の理念と遺産細分化回避の社会経済的要請の対立が表面化することが多く,これをいかに解決するかが審判による遺産分割の大きな課題となっている。

(a)分割の基準 民法906条は,遺産に属する物または権利の種類および性質,各相続人の年齢,職業,心身の状態および生活の状況その他いっさいの事情を考慮してこれをすると定め,遺産と相続人の実情に応じた遺産の分配をなすべきこととしている。たとえば,農地は農業経営を承継する者に分割すべきであり,非農業者の相続人に分配することは特別な事情のないかぎり分割基準違反となり,かかる分割審判には即時抗告が許される(家事審判法14条,家事審判規則111条)。なお,1980年の相続法改正にあたり,相続人の〈心身の状態〉〈生活の状況〉が分割基準の考慮事情に加えられた。これは,とくに身体障害者等のために特別な配慮をすべきことを明記したものである。

(b)分割の割合 分割は各自の相続分の割合(〈相続〉の項目中[相続分]および[寄与分]を参照)に従ってなされる。しかし,このことと分割基準の遵守は往々にして矛盾する。たとえば,身体障害者の生活保障のためには,相続分の分配だけでは不十分であるといった場合であり,ことに農地相続ではこの矛盾が顕著にあらわれる。そこで,家庭裁判所は分割基準を守るために相続分の変更をなしうるとする趣旨が民法906条に含まれていると解する見解もあるが,一般的にはこれを否定している。また1980年の906条改正もこの点の改正を含むものではなかった。

(c)農家相続と遺産分割 すでにふれたように,農家相続には,農地の細分化を遺産分割に際していかに回避するかという困難な問題が存する。ヨーロッパ諸国では,農家相続について民法典中に詳細な特別規定を置いたり(フランス民法832条以下,スイス民法616条以下),特別立法(ドイツの農林業用土地取引法14条,農場一子相続法)をすることにより特別な配慮をし,農業経営に必要な資産はその承継者に一体として相続せしめ,他の相続人に対しては,農業資産相続人がこれに相続分相当の清算金を与えるということとしている。しかも注目すべきは,清算金の過度の負担から保護するために,農地の評価を収益価額ですることとしている点である(スイス民法617条2項,ドイツ民法2049条1項)。日本では,農家相続についての特別法,特別規定は存しない。ただ,相続人の1人または数人に債務を負担させる方法による遺産分割が許されている(家事審判規則109条)ことから,家庭裁判所は,承継者に農地を集中し,彼に他の相続人に対し相続分相当の金銭支払債務を負担させるという形で農地の細分化を避けようとしている。また,その債務支払のための資金を農林漁業金融公庫等が低利で貸し付けるという政策がとられている(自作農維持資金融通法2条1項)。しかし,農地の分割を避けるためには,債務負担の重荷から解放することが必要であり,さらに進んで,農地を収益価額で評価するといった立法政策がとられる必要がある。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「遺産分割」の意味・わかりやすい解説

遺産分割
いさんぶんかつ

遺産を各共同相続人の具体的な相続分に応じて分配すること。相続人が2人以上いる共同相続の場合、遺産は、相続開始と同時に相続分に応じて各人に帰属することになるが、これをすぐに相続人の間で分けることは実際には不可能であるから、共有(あるいは含有)の形にしておき、あとで各相続人にどのように分配するかを具体的に決めることになる。その方法は、被相続人が遺言(いごん)で自ら指定し、または指定を第三者に委託することができるが(民法908条)、とくに遺言がなければ、相続人同士の協議のうえで決める。協議が調わないときは家庭裁判所に分割の請求をすることになる(同法907条)。ただし、被相続人の遺言、共同相続人の特約、家庭裁判所の審判により、期間を定めて、分割を禁止することができる(同法907条3項、908条)。

 分割にあたっては、遺産が一体としてもつ経済的価値をなるべく損なわず、同時に各相続人にこれを適正に配分するという二つの要求をうまく調和させることが要求される。このためには、遺産に属する物や権利の種類・性質、各相続人の職業、その他いっさいの事情を考慮に入れなければならないとされている(同法906条)。したがって、個々の財産をそれぞれ実際に分割する必要はなく、評価額のうえで相続分に応じた分け方をすればよい。

 ところで、共同相続人のなかに、被相続人から、遺贈や生前贈与を受けた者(特別受益者)がいる場合に、その者がさらに遺産分割によって法定相続分の遺産を受け取ると不公平が生じる。それゆえ、このような場合には、その特別受益分を相続財産に加算して遺産分割を行うこととなる(同法903条1項)。これを、特別受益の持戻しという。ただし、被相続人が遺言などで、持戻し免除の意思表示を行っていた場合には、それに従い、持戻しは行わなくてもよい(同法903条3項)。そこで、2018年(平成30)の相続法改正では、配偶者を保護するために、次のような方策を講じた。すなわち、婚姻期間が20年以上の夫婦の一方である被相続人が、他方配偶者に対し、その居住用建物またはその敷地を遺贈または贈与した場合には、持戻しの免除の意思表示があったものと推定し(同法903条4項)、遺産分割において、当該居住用不動産の価額を特別受益として扱わずに計算をすることができることにした。このほか、相続された預貯金債権について、生活費や葬儀費用の支払い、相続債務の弁済などの資金需要に対応できるよう、遺産分割前にも払戻しが受けられる制度が創設された(同法909条の2)。また、共同相続人の一人が遺産分割前に遺産に属する財産を処分した場合にも、共同相続人全員の同意により、当該処分された財産を遺産分割の対象に含めることができることとし(同法906条の2)、計算上生じる不公平が是正されている。

[高橋康之・野澤正充 2019年7月19日]

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百科事典マイペディア 「遺産分割」の意味・わかりやすい解説

遺産分割【いさんぶんかつ】

共同相続の場合に,相続人の間で,その相続分の割合に従って,だれがどの財産をとるかを定めること(民法906条以下)。共同相続人はだれでも分割の請求ができる。分割方法は被相続人の遺言があればそれに従い,なければ共同相続人の協議による。協議がととのわなければ家庭裁判所にその決定を請求することができる。分割は,遺産に属する物または権利の種類および性質,各相続人の職業その他一切の事情を考慮して行う。現物分割でも,金銭になおして分割してもよい。→相続遺留分
→関連項目遡及効

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知恵蔵 「遺産分割」の解説

遺産分割

相続人が数人いて共同して相続財産を相続することを、共同相続という。共同相続人は遺産全部につき相続分に応じて権利義務を共有する。この共同相続の状態から、各相続人に遺産を分割することが遺産分割。遺産の分割は、共同相続人間で協議を行うが、まとまらない場合は家庭裁判所に申し立てて決める。家庭裁判所では、調停が申し立てられると、裁判官1人、調停委員2人からなる調停委員会で、分割協議が成立するよう共同相続人間の意見の調整を図る。調停手続きで合意が成立しない場合は審判手続きに移行する。審判は裁判所が分割方法を決定するもので、初めから調停申し立てをせず、審判を求めることもできる。共同相続人の中に行方不明などで分割協議のできない者がいる場合も審判を申し立てる。家庭裁判所は相続人、遺産の範囲、法律関係等を審理判断したうえ、特別受益、寄与分がある時はこれらを計算に組み入れた処理をし、分割の審判をする。

(吉岡寛 弁護士 / 2007年)

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「遺産分割」の意味・わかりやすい解説

遺産分割
いさんぶんかつ

共同相続の対象となった相続財産を相続分に応じて分割し,各相続人の単独財産に決定する手続をいう。分割方法は,遺言,相続人の協議,家庭裁判所の決定の順で定められる (民法 907,908) 。通常の共有物分割と異なり,必ずしも現物分割を原則とするわけではなく,遺産に属する物または権利の種類および性質,各相続人の年齢,職業,心身の状態および生活の状態などを考慮して分割する (906条) 。また,遡及効が認められて被相続人から直接承継したものとみなされる (宣言主義) 。ただしその遡及効は,分割までに生じた第三者の権利を害することができないものとされる (909条) 。

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世界大百科事典(旧版)内の遺産分割の言及

【相続】より

…共同相続関係では,被相続人の死亡によってただちに相続財産のすべてについて,相続人全員(放棄者を除く)の共有が観念的に成立することとなる。この特殊な共有関係を解消して各相続人が単独の所有権者となる手続を遺産分割という。遺産分割の効果は相続開始時にさかのぼる。…

※「遺産分割」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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