野沢 喜左衛門(2代目)(読み)ノザワ キザエモン

20世紀日本人名事典の解説

野沢 喜左衛門(2代目)
ノザワ キザエモン

大正・昭和期の義太夫節三味線方



生年
明治24(1891)年6月27日

没年
昭和51(1976)年5月9日

出生地
兵庫県神戸市

本名
加藤 善一

別名
前名=野沢 勝平

経歴
8歳で3代目野沢勝市(1代目喜左衛門)に入門し、明治33年野沢勝平を名のる。のち、2代目鶴沢寛次郎の預り弟子となる。昭和11年8代目竹本綱太夫らと新義座を結成。解散後、文楽座に復帰、17年2代目喜左衛門を襲名。37年人間国宝。著書に「野沢の面影」がある。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

新撰 芸能人物事典 明治~平成の解説

野沢 喜左衛門(2代目)
ノザワ キザエモン


職業
義太夫節三味線方(文楽)

専門
人形浄瑠璃,三味線

肩書
重要無形文化財保持者(人形浄瑠璃文楽・三味線)〔昭和37年〕,日本芸術院会員〔昭和46年〕

本名
加藤 善一(カトウ ゼンイチ)

別名
前名=野沢 勝平

生年月日
明治24年 6月27日

出生地
兵庫県 神戸市

経歴
明治33年8歳で3代目野沢勝市(のちの初代喜左衛門)に入門し、野沢勝平を名乗る。37年2代目鶴沢寛次郎の預り弟子となる。39年御霊文楽座へ入座。大正12年7代目竹本八十太夫(のちの6代目竹本住太夫)の相三味線となる。昭和11年8代目竹本綱太夫らと新義座を結成。解散後、文楽座に復帰、17年2代目喜左衛門を襲名。29年3代目豊竹つばめ太夫(のちの4代目竹本越路太夫)の相三味線に。艶のある端正な音色と純文楽系の格調高い芸で知られ、37年人間国宝、46年日本芸術院会員。作曲にも才能を発揮し、木下順二原作の「瓜子姫とあまんじゃく」は初の口語浄瑠璃として成功を収めた。著書に「野沢の面影」がある。

受賞
芸術選奨〔昭和30年〕,日本芸術院賞(第24回 昭42年度)〔昭和43年〕 勲三等瑞宝章〔昭和48年〕 毎日演劇賞(第9回 昭31年度),芸術祭賞〔昭和33年〕「ほむら」(作曲),NHK放送文化賞〔昭和43年〕,芸能功労者表彰〔昭和50年〕

没年月日
昭和51年 5月9日 (1976年)

家族
養子=野沢 喜左衛門(3代目)

伝記
死をどう生きたか―私の心に残る人びと 日野原 重明 著(発行元 中央公論新社 ’02発行)

出典 日外アソシエーツ「新撰 芸能人物事典 明治~平成」(2010年刊)新撰 芸能人物事典 明治~平成について 情報

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