鈴木浦八(読み)すずき・うらはち

朝日日本歴史人物事典 「鈴木浦八」の解説

鈴木浦八

没年:大正7.10.30(1918)
生年嘉永5.12.1(1853.1.10)
わが国の耕地整理前身のひとつ「畦畔改良」(静岡方式)の普及,大成者。鈴木兵右衛門の長男として遠江国磐田郡富岡村加茂西(静岡県磐田市)に生まれる。明治20(1887)年居村加茂西の「畦畔改良」を集落単位として実施した。同23年,第3回内国勧業博覧会に加茂西の畦畔改良成績を出品し,褒賞状を贈られた。これを機に諸方から招かれ,指導に当たり,その範囲は静岡県内46カ村をはじめ,岐阜,高知,千葉,宮城,山形の各県におよんだ。<参考文献>須々田黎吉「〈畦畔改良〉〈田区改正〉時代から耕地整理法成立まで」(『明治農書全集』11巻)

(須々田黎吉)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「鈴木浦八」の解説

鈴木浦八 すずき-うらはち

1853*-1918 明治-大正時代の農事指導者。
嘉永(かえい)5年12月1日生まれ。遠江(とおとうみ)(静岡県)豊田郡加茂西村の大庄屋。のち戸長,静岡県会議員となる。天竜川治水つくし,明治20年(1887)から畦畔(けいはん)改良(静岡方式)とよばれる耕地整理事業を推進した。大正7年10月30日死去。67歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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