鈴鹿市(読み)スズカシ

デジタル大辞泉 「鈴鹿市」の意味・読み・例文・類語

すずか‐し【鈴鹿市】

鈴鹿

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

日本歴史地名大系 「鈴鹿市」の解説

鈴鹿市
すずかし

面積:一九五・八九平方キロ

県中央部よりやや北寄りに位置し、西は鈴鹿山脈で滋賀県と境し、東は伊勢湾岸に至る。北は内部うつべ川で四日市市と三重郡くす町、南は亀山市と安芸あげ河芸かわげ町に接する。市域西北部は鈴鹿郡の一部、中央部は旧河曲かわわ郡、南部は旧奄芸あんげ郡の一部からなっている。鈴鹿川は支流安楽あんらく川を合せ、市の中央部を北東に流れる。左岸一帯は扇状台地が多く、下流右岸は広大な沖積平野が展開する。北西部の台地は内部川および安楽川の支流御幣おんべ川よりの用水のほか、北勢地方独特の地下用水「マンボ」によって灌漑される。鈴鹿川下流右岸一帯は主として同川からの用水が早くより利用され、広範囲に古代条里制が施行された。これは市南部のなかノ川下流域も同様で、これらの地域の開発の古さを物語っている。両河川に挟まれる台地の北縁は主として溜池灌漑により、新田集落も多い。市域西部は鈴鹿国定公園に指定されている。

〔原始〕

遺跡ははなはだ多い。先土器時代のナイフ形石器は、稲生いのう町付近台地から鈴鹿川北岸の丘陵にわたって発見され、縄文時代早期にかけての有舌尖頭器も鈴鹿山麓一帯から採集されている。縄文時代遺跡としては、御幣川右岸の東庄内ひがししようない遺跡があり、国府こう北一色きたいつしき遺跡では中期住居跡のほか、晩期の甕棺墓四基が発見されている。また南部の郡山こおりやま遺跡群中の追谷おいたには前期よりの遺跡で、豊富な石器と剥片は石器工房跡を思わせるものがある。弥生時代遺跡として最大のものは、鈴鹿川下流域の上箕田かみみだ遺跡で、弥生全期にわたる土器・木製品・炭化米などを出し、次いで神戸かんべ地域周辺から鈴鹿川北岸の丘陵地帯にわたってこの時代の遺跡は多い。古墳数の多いことも県内屈指である。鈴鹿川中流右岸の国府町付近には、史跡王塚おうづかをはじめ西ノ野にしのの五号、愛宕山あたごやま古墳などの前後期にわたる壮大な前方後円墳のほか、保子里ほこり一号墳は黄金耳飾を出すなど有力豪族の存在と、ひいては律令時代伊勢国府設置の条件が推測される。下流左岸には群集墳も多いが、石薬師いしやくし町の白鳥しらとり塚は円墳としては県下最大で、日本武尊墓の伝承もある。中ノ川流域では、三角縁神獣鏡を出した秋永あきなが赤郷あかご塚があり、国鉄伊勢線敷設に際し発掘された経塚きようづか前方後円墳とともに前期のものとされる。さらに南方の茶臼ちやうす山、郡山町南西の大野おおの古墳群などは群集墳の性格をもつ。また古代より中世にかけての大集落跡としての郡山遺跡群がある。さらに安芸あげ河芸かわげ町にかけての付近一帯は、須恵器窯跡が多数分布し、古代窯業の中心であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「鈴鹿市」の意味・わかりやすい解説

鈴鹿〔市〕
すずか

三重県北部,鈴鹿山脈東斜面から伊勢湾岸にかけて広がる市。1942年 2町 12村が合併,市制施行し,市名を古代からの郡名よりとる。1954年合川村,天名村,栄村の 3村,1957年三鈴村の一部,1967年鈴峰村をそれぞれ編入。市街地北部の国府 (こう) は伊勢国府と国分寺が置かれたところ。中心市街地の神戸 (かんべ) は,室町時代から江戸時代まで神戸氏の城下町庄野石薬師東海道の宿場町として栄えた。1937年,鈴鹿海軍航空隊が白子に置かれ,続いて周辺に第2海軍航空廠鈴鹿支廠その他の軍施設が集中し軍都となった。第2次世界大戦後,軍跡地への工業導入が進められ,繊維,自動車,電機,電線,化学などの大工場が立地し,四日市市に次ぐ工業都市となった。白子はほかに伝統の伊勢型紙と墨の生産で知られる。中部の加佐登には日本武尊の墓といわれる白鳥古墳がある。南部の丘陵地にある鈴鹿サーキットは国際規模のモータースポーツの開催地として有名。寺家には白子不断ザクラ,地子に金生水 (かなしょうず) 沼沢植物群落 (ともに国指定天然記念物) がある。国分町の伊勢国分寺跡,国府町の王塚古墳は国指定史跡。海岸部は伊勢の海県立自然公園に属する。中央部を JR関西本線,国道1号線,湾岸部を近畿日本鉄道名古屋線,伊勢街道 (国道23号線) ,伊勢鉄道が通る。山麓部に東名阪自動車道が通じ,周辺にはゴルフ場が多い。面積 194.46km2。人口 19万5670(2020)。

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