銀座(銀貨鋳造所)(読み)ぎんざ

日本大百科全書(ニッポニカ) 「銀座(銀貨鋳造所)」の意味・わかりやすい解説

銀座(銀貨鋳造所)
ぎんざ

江戸幕府銀貨鋳造所。徳川家康は1598年(慶長3)伏見(ふしみ)に銀貨鋳造所を設け、堺(さかい)の南鐐座(なんりょうざ)の銀吹人湯浅作兵衛常是(ゆあささくべえじょうぜ)(のちに大黒(だいこく)と改姓)を招いて銀貨を鋳造させた。ついで幕府は、1601年大津の代官末吉勘兵衛利方(すえよしかんべえとしかた)を登用して銀座の長官となし、銀貨の品位を改定して丁銀(ちょうぎん)、小玉銀(こだまぎん)(小粒銀、豆板銀)をつくらせた。その後、駿府(すんぷ)、京都(伏見より移転)、大坂、江戸(駿府より移転)、長崎などに設けられたが、1800年(寛政12)に銀座座人の不正事件が起こり、銀座は蠣殻(かきがら)町(東京都中央区日本橋人形町2丁目)に移転し、江戸1か所に統合された。現在、中央区銀座2丁目に「銀座発祥の地」という記念碑が立てられているが、これは、駿府の銀座が江戸に移された1612年(慶長17)に開設された江戸銀座の所在地に近い所にある。

 銀座は金座とは違って、幕府直轄の貨幣鋳造所ではなく、幕府から銀貨の鋳造を許可された御用達(ごようたし)商人による請負事業的な性格をもっていた。銀座の組織は座人十数名からなり、そのなかから1~2名の年寄が選任され、鋳造業務を統轄した。銀座では諸国灰吹銀(はいふきぎん)を買い入れて丁銀・小玉銀をつくる自営業方式と、幕府から預った灰吹銀で銀貨をつくる御用達方式との二つの経営方法があった。1869年(明治2)造幣局設置により廃止となった。

[作道洋太郎]


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